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第9話 一緒のお風呂が、昔みたいに平気じゃありません。

「うーん……この本でもありません……」


「……くすっ。ひひっ」


 ――次の休日。私たちは大魔法図書館へ足を運んでいました。


「えーっと、このジャンルの文献は……」


「ふふっ。なにこれ面白すぎ――」


 ぺしんっ!

 私はリサの頭をはたいた。


「いったっ! なにすんのよレノンっ!」


「貴女こそなにしてるんですか! さっきから漫画ばかり読み漁って!!」


「だってこれ見てよっ、昔のやつだけどかなり面白くて……」


「違うでしょもう! 私たちは魔法石生成の参考になる本を探しに来たんです! 遊びに来たわけではありませんっ!」


 ……まあ、ちょっと気にならなくもないですが。


「ええ〜っ」


「楽しそうなのは結構ですが、今はそれどころじゃないんですよっ!」


 そう、あの七十点からなにが足りないのか、答えを探しに来たわけですが……。


「わかってるわよ……でも、文字ばっかの本なんてつまんない〜」


 リサは不貞腐れてそっぽを向く。


「いいからっ! 貴女も探してきてください!!」


「……へいへーい」


 リサはトボトボと別の本棚へ。


 私も探さないと……絶対になにかヒントがあるはずです。


 絶対に――



◇



「……あ、ありませんでした」


「なかったわねっ」


 大魔法図書館を出て、帰り道を歩く私たち。


 ――正確に言えば、資料自体はありました。

 ですがどの本にも『魔力を均等に流すこと』『互いの心を重ねること』『心の奥が同じ方向を向いていること』とあるだけ。

 授業で教わった内容と変わりません。

 肝心の『同じ方向』がなにを指すのかは、どの本を読んでも曖昧だったのです。


「その『同じ方向』ってなんなのですか……もう少し具体的に書いてくれてもいいじゃないですか……はぁ……」


 すると隣のリサが――


「まあ、また探せばいいのよっ! それに訓練重ねればアタシたちなら大丈夫! ほらそのデカい胸張りなさいっ!」


 ばしんっ! と私の背中を叩いた。


「……それもそうですね。できることからやっていきましょうかっ」


「そうそう! なんとかなるって思えばなんとかなるもんよ――」


 その時――


 ……ざぁぁぁああーーーーーーー!!!!!!


「きゃあぁ!? 雨!?」


「うわっ!? めちゃくちゃ降ってきたぁ!?!」


「リサっ! とりあえず屋根のあるところへ!!」


 二人で近くの軒下へ駆け込んだ。


「もーっ! ツイてなさすぎでしょ! 天気予報で雨なんか言ってなかったじゃないっ!!」


「確かに不運ですね……リサ、まだ病み上がりなのですから体を冷やしたら――」


 と、リサに視線を向ける。

 濡れた金髪はいつもより艶やかで、制服も透けてしまって下着が――


「……ちょっと、なに固まってんのよ?」


「――いえっ!? な、なんでもないですよ!?」


「なにキョドッてんの? 変なレノンっ」


 リサは濡れたスカートの裾をつまんで絞る。


「でも流石に体冷えちゃうわねっ。どうしよっ」


 ふと、雨の向こうに宿屋の看板が見えた。


「リサっ、近くに宿屋があります。そこで温まりませんか?」


「賛成っ、シャワーでも浴びたい気分だしねっ」


 私たちは宿屋へ駆け込み、雨が上がるまで部屋を借りた。


 案内された部屋に入ると、幸いお風呂も付いていた。


「とりあえず濡れたお洋服は早く脱いでしまわない……とっ」


 下着までびちゃびちゃですねこれ。


「お風呂の順番どうする? じゃんけん?」


「えっ? 別に二人で入ればいいでしょう? 一人が出るのを待ってたら風邪ひいちゃいますよ」


「はーいっ、二人で――はぁ!? ここ大浴場じゃないのよ!? 狭すぎるわよ!」


「別に二人なら詰めればいけますよ。昔はお互いの家でよく入っていたでしょ?」


「そういうことじゃない! だって、めちゃくちゃ距離近く、なっちゃうじゃない」


 なぜかリサがもじもじする。


「え〜っ? リサさぁん、もしかしてこの歳でお風呂緊張しちゃうんですかぁ〜? もしかしてぇ恥ずかしいんですか〜?」


「ムカッ!! そんなことないわよ!!! いーじゃない入ってやろうじゃないのよっ!!」


 そして――


「……」


「……」


 かぽーん。


 二人で向かい合って浴槽に浸かる。


「……やっぱ狭いわよっレノン! お尻につま先当たってる……」


「し、しょうがないでしょう! 我慢してください!」


 自分から煽った手前、先に出るわけにもいきません。


 でも互いに裸でこの距離では、どうしたってリサの……む、胸とか――


「……なによ。自分からふっかけたくせに、なにジロジロ見てんのよっ……えっち」


「じ、ジロジロなんてそんなっ!」


「あーあっこわいこわいっ、幼馴染の体をえっちな目で見るレノンさんこわーいっ」


 リサが浴槽の中で腰を浮かせる。

 よかった……先に出てくれるんですね――


「見れないようにしてやるっ、えいっ」


「ちょっ、ええっ!?」


 ところがリサは、私に背中を預けて座ってきた!?


「え、えーっと、リサっ?」


「ふふっ、なによっアタシたち昔はよくこうして入っていたのよ? もしかしてレノン恥ずかしいのぉ〜?♪」


 顔を見なくてもわかります。

 絶対、ムカつく笑顔をしています。


「恥ずかしいわけないでしょう! それに貴女こそ恥ずかしいのではなくて!?」


「アタシはもう平気だもーんっ」


 すると、リサはずるずると身体を沈めて――


 ぽよんっ。


「きゃぁ!?」


「わぁ。レノンの胸、すっごい弾むわね」


 リサは胸元で、頭を弾ませた。


 ぽよんっ、ぽよんっ。


「デカくなっててうらやま――腹立つなって思ったけどっ。あははっ! たのしっ♪」


 この子、完全に調子に乗っていますね……!


「ちょっ! んんっ。リサっ、人の胸でっ……あっ、遊ばないでくださいっ!!」


「なぁーにー? 聞こえなーいっ!」


 胸元がリサの髪にくすぐられて……こ、こそばゆい!!


 こ、こうなったら……!


「あ、貴女の方は、昔からつつましいお胸ですことっ!!」


 仕返しに、後ろからリサの胸を鷲掴みにした。


「んあっ!?♡」


「ばっ!?!?」


 私は慌てて手を離した。


「……レ〜ノ〜ン?」


「だ、だって貴女が私の胸で遊ぶからっ!! というか、なにえっちな声出してるんですか!?」


「そんな不意打ちされりゃ、声ぐらい出るわよっ!!」


 直後、顔面にお湯をバシャっとかけられた。


「ぶはっ!? り、リサ〜!!」


「……へへっ!」


 リサの無邪気な横顔。

 もう、見慣れていると思ってたのに。


 ドクン、ドクン、ドクンっ――

 ……この音、リサに聞こえてないですよね?


「もう……まあ、これでお互い様ね……って」


 リサが振り返る。


「……アンタ、顔真っ赤よ? 大丈夫?」


「す、少しのぼせてしまった……だけですよっ」


「そ? でもアタシはもうちょっとだけ〜」


 リサはまだ、背中を預けたままだった。


 本当に……なんなんですか。もう。



◇



「……ふう」


 長風呂を終え、バスタオル姿で鏡の前に立ち、風の魔法で髪を乾かしていた。


「ふぃ〜、さっぱりさっぱり〜。あっ、レノン! アタシもやってー!」


 リサは頭をタオルで拭きながら、私の前に割り込んできた。


「それぐらい、自分でやってくださいよ」


「ついでだし、いーじゃん! 早く早くっ!」


「……全くもう」


 仕方なくリサにも風を送ると、金髪がさらさらと舞い始めた。


「んーっ。風が気持ちいい……」


 鏡越しに、リサが気持ちよさそうに目を細める。


「貴女は人に髪を乾かされるのが本当に好きなんですね」


 備え付けのくしで、彼女の金髪をとかしていく。


 同じシャンプーのせいで、リサから私と同じ匂いがする。

 それだけなのに、妙に落ち着きません。


「ん? 別に好きじゃないわよっ。知らんやつに頭触られるのイヤだし」


「……え?」


「……レノンだから、まかせてもいいかなーって。そんな感じ」


「そ、そう……なんですね……」


 昔からリサの寝癖を直したり、お風呂ではこうして髪をとかしていました。


 していることは変わらない。


 なのに――


「んっ? レノン? そっぽ向いてどうしたの?」


「……なんでも、ありません」


 私はもう、あの頃と同じ目ではリサを見ていない。


 宿の人に服を乾かしてもらい、宿を出る頃には――


「さっきまでの雨はなんだったのってくらい晴れ渡ってるわね……」


「ま、また降られないうちに今日はさっさと帰りましょう!」


 私は急ぎ足で歩き出そうとした。


「まーちなさいっ!」


 ぱしっ!


「へっ?」


 振り向くと、リサが私の手を握って離さなかった。


「にひひっ。帰りましょ! レノンっ!」


 リサは私の手を引いて歩き出す。


「え、ええっ……」


 こんな自然に、貴女から手を繋いでくれるなんて。

 もう、あの頃の私たちに戻れたはず。


 なのに――


「あーゆーお風呂もたまには面白いわねっ! また来ようよっ!」


 どうしてこれで十分だとは思えないのでしょう。


「……ええ、貴女が望むなら」


 繋いだ手を、少しだけ強く握る。


 ……ああ。


 ――私は、昔に戻りたいわけじゃないのですね。





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