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第7話 強気な幼馴染が、看病中にこぼした本音。


「――であるからして、複合魔法の合成方程式を……」


 担当教師が黒板へ次々と板書をする。

 ですが――


「……はぁ」


 私はノートになに一つ書いていなかった。

 そして、制服のポッケから魔法薬の小瓶を取り出しては眺めてばかり。


「……もう、今日ぐらいいいでしょう」


 午前中の授業を終えた私は、担任へ早退の許可を貰いに行った。


 そうして一度自室へ戻り、必要そうなものをバッグへ放り込む。

 向かう先は――



◇



「リサ? 私です。レノンです」


 彼女の自室の扉をノックする。

 ですが返事はないようです。寝ているのかしら。


「……おやっ」


 ドアノブに触れると、施錠されていないのか開いてしまった。

 親しき仲にもなんとやら、とは言いますが最悪の想定も考えられますし……。


「リサ? 入りますからね? 失礼しますよ」


 私は中へ入っていった。


「……なんとまあ」


 部屋は実に荒れていた。

 服は脱ぎっぱなし。お菓子のゴミはほっぽりっぱなし。それになぜか教科書や魔導書まで床に散らばってて……。


「ん……だれぇ……」


 するとベッドから、いつもより覇気のない声がする。

 ……どうやら起こしてしまったようですね。


 私はうるさくならないよう、ゆっくりとベッドに近づく。


「おはようございますっ、リサ」


「……けほっ、なんで……アンタがいんのよ……不法侵入……」


「鍵がちゃんと閉まっていなかったんです。それに友達が困っているんですから、来るに決まってますよ」


「とも……だち……」


 リサの声はふにゃふにゃで、目もとろんとしている。

 顔も真っ赤にして、汗だくだ。


「ふ……ん、大したことないし。アンタに移しても悪いんだから……早く出ていきなさ……けほっ、けほっ!!」


 ……こんなの大丈夫なわけありませんね。


「リサ、食事はなにか取れていますか?」


「……むり、食欲……ない」


 でしょうね。それにこの体調では準備も難しいでしょうし。


「わかりました。では、お台所借りますよ」


「……そこまで、しなくていいわよ……けほっ。それくらい自分で……」


 と、立ちあがろうとするリサの肩を優しく押さえる。


「病人は黙って寝ていてください。ね?」


「……はいっ」


 リサは大人しくベッドに横になってくれました。

 さて、私もさくっとご用意しますよっと。


 そして、数分後。


「お待たせしました。少し起き上がれますか?」


 リサの元へ、トレーに乗せた生姜と卵のスープを持ってきた。

 風邪の時には、これが一番です。


「ん……よこしなさいよっ」


 体を起こしたリサは、私からトレーごと受け取ろうとする。

 ですが、手元もふらついててとても渡せません。


「そんなんじゃこぼしてやけどしてしまいます。ベッド失礼しますよっ」


 リサのベッドに腰をかける。


「ちょっ……勝手に……」


「はい、お口を開けてください。あーん」


 有無を言わさずに私はスプーンでスープをすくい、リサに近づける。


「……あー……んっ」


 リサは反発することなく、スプーンを口に咥える。

 いつもこんな素直なら、可愛らしいんですけどね。


 その後も次々と口を開けるリサ。

 あっという間に完食してくださいました。


「……おいし、かった。もう大丈夫だから、いきなさい、よ……」


「まだです。その汗だくなパジャマは着替えないと余計に酷くなりますから」


 私は、準備しておいたリサの着替えとタオルを手に取る。


「……本当、世話を焼くのが好きね……昔っから……」


「それほどでもっ。着替えは、どうされます?」


「……じぶんでやる。上だけ……やって」


「はい。では失礼しますね」


 リサのパジャマのボタンを外してゆっくり脱がせる。


「次はこちらに背中を向けてください」


 ゆっくりとこちらへ向けられる、雪のように白い背中。

 肌を刺激しないよう、タオルで汗を拭っていく。

 首、腕、肩。最後にもう一度こちらを向いてもらい、前側も。


「……んっ」


「くすぐったかったですか? もう少しで終わるので、我慢してくださいねっ」


「……うん」


 恥ずかしいでしょうに、リサは文句も言わず終わるのを待っていた。

 そして、パジャマの上を着せて……っと。


「……はい。一度タオルや上着を持っていくので、下の方はお願いしますね」


 頷くリサを見届け、洗濯物をかごに入れて脱衣所へ。

 戻った頃には、着替えも終わっていました。


「さて……これで一通り終わりましたね」


「……うん」


 改めて、リサのベッドに腰をかける。

 リサも楽になったのか、顔色も少し戻って汗も少しずつ引いていた。


「……」


「……」


 もし……話ができれば、とは思っていましたが無理はさせられませんね。

 今日は大人しく帰って――


「先生から話、聞いたんでしょ」


「……ええ、少しだけ」


「あのお節介め……けほっ」


「でも……先生はこうおっしゃってました。『リサちゃん本人から、聞いてあげて』と」


「……っ」


 リサは私から目を逸らす。


「ねえリサ。昨日のお話……貴女から聞かせてはもらえませんか……?」


「……もう、終わったことだから」


 そう言って、リサは寝返りを打とうとした。


「……私にとっては、終わってないんですっ」


 私はつい、リサの手を掴んでしまった。

 病人に無茶を強いるのはダメだとわかってる。

 でも、これを逃したら……いけない気がしたんです。


「……離して」


「……ごめんなさい」


 私は静かに手を離す。冷たく突き放された気がして、心がきゅっとなった。


「……アンタはいっつもそう。誰にでも優しくて、勉強も魔法も……なんでもできて、完璧だったよね」


「……えっ?」


「それに比べてアタシは……喧嘩っぱやいし、勉強も、細かい魔法も得意じゃない。言いたいことだって……ちゃんと伝えられない……」


「……リサ?」


「そんなアタシが隣にいたら……レノンまで変な目で見られちゃうって……考えちゃったの」


 変な目って……なにを勝手に……。


「それに、アンタだってアタシが幼馴染だから一緒にいてくれたんだよ。じゃなかったら……こんなアタシの側にいるわけ、ないもの」


「……ちょっと待ってください。なにを言って――」


「アタシのせいで、レノンに迷惑かけたくないのっ!! ――げほっ、げほっ!!」


「リサっ、少し落ち着いて……」


 そう言って、リサの頭に触れようとした時。


「さわんないでっ!!!」


 思い切り、手を弾かれた。


「……っ」


「そうやって優しくしないでっ! アタシはアンタの隣にふさわしくないからっ!!」


 リサの睨みつける眼差しが、私を捉えて離さなかった。


「入学しても……クラスメイトからはびびられて……うまく話もできない。でもレノンは笑ってクラスに馴染んで……それを見て思ったわっ。ああ、これでよかったんだって。これで……これで……っ」


 やがて、かけ布団を掴むリサの手が震え出す。


「……でも、ほんとは……」


 リサの瞳に溜まっていく涙。


「ほんとは……離れるなんて、嫌だった……!」


 それは次々と頬を伝って――


「クラスでも……廊下でも……アンタを見るたびに、また昔みたいに……お喋りしたかったっ。でも……自分から離れたのに……今さら戻るなんて、都合良すぎじゃない……そんなことできなくて……」


 彼女の本心と共に、流れ落ちていく。


「ねえレノン……アタシ……ずっと……っ、げほっ!! ぅぅっ……!!!」


「リサっ! もういいですからっ、落ち着いて……!」


 ――そうだ。


「リサっ、先生から預かったお薬です。これを……」


 私はポッケから魔法薬を取り出す。


「……にがいから、やだ……けほっ……」


「こんな時まで、子供みたいなことを……」


 ――もう、仕方ありません。


「嫌だったらごめんなさいっ。よいしょっ……」


 そう言って私は、リサの背中に腕を回してゆっくりと抱き起こした。


「ふぇ……なに……」


「大丈夫ですから、ゆっくり飲んでください」


 リサはしばらく俯いていましたが、小さく頷いた。

 私は魔法薬のフタを開けて、リサの口元へ運ぶ。


「……ごくっ、ごくっ」


 苦そうな顔をしていましたが、なんとか飲み切ってくれました。


「はい。いい子ですねっ」


 私はそのまま、腕の中のリサの頭を優しく撫でた。


「……子供扱い……いや」


「子供みたいなこと言うからですっ」


 子供扱いは嫌だと言いつつも、リサはどこか気持ちよさそうだ。

 咳も落ち着いてきましたね。


「……リサ」


 ――思いの丈をぶつけてやりましょう。


「……なに」


「私、怒っているんですよ」


「……へ?」


「ふさわしくないだの、迷惑になるだのって……なんで勝手に貴女が決めるんですか。それに幼馴染だから一緒にいてくれただけなんて……私に対して失礼極まりなくないですか?」


「うぅ……」


「だから……一度しか言いません。こっちを向いてください」


 リサは泣き腫らした真っ赤な目を、こちらに向ける。


「私だって、とても寂しかったです。入学してから何度も、どうしてこうなってしまったのかって考えていたんですからっ」


「……うん」


「それに、幼馴染だから仕方なく一緒にいたわけじゃありません。貴女の良いところに、とても感謝しているんですよ?」


「アタシの……良いところ?」


「この前だって、落ち込んだ私をあの丘へ連れていってくれたでしょう? 自分では気づかないかもしれませんが、そうした気遣いができる貴女に助けられているんですよ」


「……うんっ」


「いじっぱりで、喧嘩っぱやくて、素直になれないところもありますけど……そんな貴女が大切だから、私は隣にいたんです。そこの所、忘れないでください」


「っ……レノンっ……!」


 リサは肩を震わせる。


「ごめん……なさいっ……! うぅ……!」


「……次からは、勝手に決めないでくださいねっ」


 私は彼女を、ぎゅっ……と胸に抱きしめた。


 リサのすすり泣く声が、すぐそばで聞こえる。

 腕の中では、まだ肩が震えていた。


 離れていた時間を取り戻すように、抱きしめる腕に少しずつ力が入る。


 ――これで、全て元に戻れましたね。


「……さて、少し眠ってください。起きるまでは、ここにいますからっ」


 ベッドに横になったリサに、布団を優しくかける。


「……わかった」


 不機嫌そうな返事。でも今なら、本当に嫌がっているわけじゃないとわかる。

 それが少し嬉しくて、彼女の頭を撫でる。


「……ありがとう、レノン」


 その時――


「だいすき……よっ……」


「……はっ?」


「……くぅ……くぅ……」


 気づいた時にはもう、目を瞑って寝息を立てていた。

 その言葉を問いただしたかったが、それは叶わないだろう。


 それより……顔が火照って汗が止まらない。

 ドクン、ドクンと心臓の鼓動も速くなっていく。


「な……なんですか、これ……」


 ――私まで、風邪をもらってしまったのでしょうか……?





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