第6話 先生は、私の知らないリサを知っていました。
放課後、リサと一緒に私の部屋に行くことが、すっかり日常になっていたある日のこと。
「へ、へくちっ!! ……あれっ?」
「どうしたんです、リサ? 風邪でもひきましたか? なんとかは風邪をひかないって言うのに――」
「うぉらぁ!!」
ぶんっ!!
「うわあぶなっ!?」
勢いよく音を立てるリサの回し蹴りをなんとか避けた。
「ふんっ! なんともないわよっ。そんなことよりさっさと行くわよっ!!」
リサはそう言ってそそくさと教室を出ようとした。
「お待ちなさい。本当に風邪でしたらどうするんですか? こっち向いてください」
「え? いや気にしすぎだって――ひゃぁっ!?」
振り返ったリサの前髪を上げて、そのおでこに私のおでこを合わせた。
「ん……少し熱っぽいような気もしますね」
「なっ、は、て、手でいいでしょ!? なんでそんなにくっつくの!?」
するとリサは、ばっ! と後退りをした。
「なに今更照れてるんですか? 子供の時はずっとこうしてましたよ?」
「それは、そうなんだけど……今は違う……っていうか……」
なぜか縮こまるリサ。まあいいです、今のうちに。
「とりあえず保健室で診てもらいますよ。なにもなければそれでいいんですからっ」
少し強引にリサの手を引っ張った。
「あっ、ちょ、勝手にっ!!」
そうは言いつつも、リサは反発せずにテクテクと付いてくる。
そして歩くこと数分。
「失礼します。先生いらっしゃいますか?」
保健室の扉を開け、声をかける。
すると。
「はぁーい。おやおやフルージェさんではないですか。優等生のお噂は聞いてますよっ」
白衣を着た、おばあさまの先生が現れた。
「そんな滅相もありません。それより、私の友人が風邪気味らしくて診ていただきたいのですが……」
「ええ、構いませんよ。お友達は……まぁっ!」
すると先生は、私の後ろに隠れたリサを見るや大きな声を出した。
「リサちゃん! いらっしゃいっ!!」
リサちゃん? 先生は随分と親しげだった。
「……ども」
ですがリサは、難しい顔をしていました。
◇
「んー……確かに風邪のひき始めのようねぇ」
保健室の中へ案内された私たち。
リサは先生の診察を受けていた。
「大丈夫だってのっ、先生は大袈裟なのよ!」
「大丈夫って言う子ほど、無茶をしちゃうものよっ。リサちゃん」
二人のやりとりを見て、私は驚いた。
リサのぶっきらぼうな返事にも、先生は少しも動じない。
まるで、いつものやりとりみたいでした。
「とりあえずご飯をちゃんと食べて、ゆっくり眠ることねっ。あと……酷くなるようなら、これをお飲みっ」
すると先生は棚から小瓶に入った魔法薬を取り出した。
「うぇ……い、いらない! アタシ薬苦手だし……」
「あらあらそう? なら、フルージェさん。よければ貴女が持っていてくださる? リサちゃんの近くにいるみたいだしねぇ」
「は、はいっ。お預かりしますね」
私は慌ててその魔法薬を受け取り、ポッケにしまった。
「いやぁ、それにしても嬉しくなっちゃうわ。リサちゃん、もしかしてフルージェさんと仲直りできたのかしら?」
「っ……!?」
するとリサの顔がこわばる。
「仲直り……とは?」
思わず私も口にしてしまう。
そもそも、仲違いをした覚えはありません。
入学してから気がつけば、リサが隣にいなくて……。
「あら? リサちゃん、お話ししてなかったの? 入学したての頃に――」
「先生!! 余計なこと言わないで!!!」
リサは机をバァン! と叩いて立ち上がった。
「リサ……ちゃんっ」
先生は目を丸くして、固まってしまった。
「こらリサっ!! 先生になんて態度をとるんですか!! 謝ってください!!」
「あ、レノっ……っ!! もういい!!!」
するとリサは、扉をがらっと開けて駆け出してしまった。
「あっ! 待ちな――」
「ちょっと、余計なこと言っちゃったわね」
急いで追いかけようとした時、先生の呟きが私の足を止めた。
「余計なこと、とは……? それに先生は、仲直りとも言ってましたよね? なにかリサのことを知っているのでしょうか……?」
あそこまで聞いてしまえば、気にならないわけがない。
卒業までの心残りでもあった、リサと疎遠になった理由に近づけるかもしれないんだ。
「あの子、貴女にはまだ話せていないのね。……私が先走ってしまったわ。ただ、怒っているだけだとは思わないであげてほしいの」
先生は紅茶を注いだティーカップを二つ、部屋の奥から持ってきて机に置いた。
「実はね、リサちゃんは保健室の常連だったのよ。入学したては特にね」
先生は紅茶を飲み、ゆっくりと話し始める。
「いつも暗い顔をしてて、なにか思い詰めていてね。さすがに気になって聞いてみたのだけれども、『うるさいっ! 関係ないでしょ!』って調子だったの」
「あはは……リサらしいというか……」
「でもね、ある日いつも以上にひどく落ち込んでいてね。その時、少しだけ話してくれたの。自分のことが嫌いだって。それに、大切な親友のことでずっと苦しんでるって」
……は?
「しん、ゆう……?」
「ええ。貴女が連れてきてくれたから、あの時の親友なのかと思ったの。仲直りできたのならって、つい嬉しくなってしまってね……」
先生は、リサが出ていった扉へ目を向ける。
リサは……自分が嫌い……?
私のことで、そんなに苦しんでいたのですか。
さっきも、ただ怒っているだけだと思っていました。
……私は、なにを聞かれたくなかったのかも知らずに、謝れと言ってしまったんですね。
「先生……リサは、他になにか言っていませんでしたか? 私、なにも知らなくて……!!」
思わず身を乗り出した私の口元に、先生は人差し指を立てる。
「そこから先は、私が答えるべきではないわ。リサちゃん本人から、聞いてあげて」
先生は、私の手を優しく包む。
「先生……」
包まれた手の温かさに、少しだけ気持ちが落ち着いた。
「……わかりました。そうしてみますっ」
ぐいっ、と紅茶を飲み干した私は保健室を後にしようとする。
「フルージェさん……いや、レノンちゃん」
「はいっ、先生?」
「貴女が思うほど、あの子は強くはないの。リサちゃんも一人の女の子なのよっ。また来てねっ」
先生は手を振り、私を見送る。
「……はいっ、ぜひまた。失礼しますっ!」
こうして保健室を後にし、廊下を歩きながら考える。
「聞きたいことは山ほどあります……ですが、今日は問い詰めないでおきましょう」
リサも行ってしまいましたし、今日の訓練はお休みですね。
明日はリサの好きなお菓子でも用意して、ゆっくり話を聞いてみようじゃないですか。
◇
――次の日、朝のホームルームにて。
「おはようございます。初めに、今日はフォーティシアさんが風邪でお休みです。皆も体調不良には気をつけるように」
担任の先生は、教卓の前でそう言った。
するとクラスメイトたちも「あのフォーティシアさんが?」「初めてじゃない?」などとざわついた。
「……はぁ」
それを自分の席で聞いていた私は――
「……本当、タイミングがよろしいことで……」
窓から今日の曇り空を眺めていた。
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