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第16話 一緒にいたいなら、理由なんていらないじゃないですか。


「百点……合格……ですね」


 私はその結果に頭がついていかない。

 いつ? どうやってリサと心が重なったというのですか?


 それに……さっき言い合った言葉が、まだ胸の奥に刺さっている。

 私だって、あんなことを言いたかったわけじゃありません。


 ――でも今さら、なにを言えばいいのですか。


「……終わっちゃ……った」


 リサは呆然と、魔法石を見つめていた。


「な、なにはともあれ……これで終わりましたよ、リサ――」


 ぽろっ、ぽろっ。

 彼女の瞳から、大粒の涙がこぼれ落ちる。


「……はっ? リ、リサっ?」


 な、なぜ涙を?

 卒業が決まって、張り詰めていたものが切れてしまったのでしょうか。


「もう……これ、やらなくて……いいんだよね……?」


「そ、そうですよ! 今までご苦労様でしたよ、リサ!」


「もう……毎日レノンの部屋にも……来なくていい……の?」


「はいっ! もう訓練も終わりです! 卒業までは自由に遊べ――」


「やだっ……」


 リサは両手で目元を押さえる。


「なんでっ……終わっちゃうのっ……」


そして――


「うわぁぁああああああああああああああああああっ!!!」


 リサは目を閉じ、顔をくしゃくしゃにする。


「ど、どうしたんですリサっ!? なんでそんなっ」


「これが終わらなきゃ……まだレノンといられたのに……っ!! 終わっちゃったら……もう……近くにいる理由が……ないもんっ!!」


 ……えっ?


「なのに……なんで完成しちゃったの!? アタシ……レノンとこれからもずっと一緒にいたいって、それしか考えてなかったのにっ!! なんでっ……いやだよぉ……終わってほしくないよぉ……!!! う、うわぁああああああああっ!!!」


 ――ああ。


『心を重ねるとは、ただ同じ気分になることではありません。大切なのは、心の奥が同じ方向を向いていることです』


 そういうこと……だったんですね。


 魔法石の生成を渋ったことも、高得点で喜ばなかったことも、『今日はもういい』と言ったことも……全部。


 それにリサは、私と……同じことを考えていた――


 私はリサをぎゅっと抱きしめる。


「へっ……レノンっ……?」


「っ………」


 私を見つめる瞳が、とても愛おしい。


「なによっ、そんな……やさしくしない……で……うぅっ!!!」


 リサは私の制服を乱暴に掴み、さらに泣きじゃくる。

 そんな彼女の頭を抱き寄せて、優しく撫でる。


「……なら、一緒にいればいいじゃないですか」


「……えっ? レノッ……なんで……泣いてる、の?」


 そう言われて初めて、自分の頬にも涙が流れていることに気づく。


 でも、それを拭いはしない。

 今は、貴女の涙を止めたいから。


「さっきは……ごめんなさい。もう会わないなんて、本心なんかじゃありません」


 ――やっと、言える。


「理由なんて……いらないじゃないですか。一緒にいたいなら……いればいいじゃないですか……」


「でっ……でも、アタ、アタシは……レノンのことが――」


「私も、好きなんです。リサのことが……大好きなんです」


「っ……!!」


「私も……リサと同じことを考えてました。私だけが一緒にいたいと思っていたらどうしようって……。だから私も、怖くてたまらなかったんです……」


 もう、隠してなんていられません。


「最初は……また昔みたいに仲良くなれただけで嬉しかった。でもっ……だからこそ気づいてしまった。リサの笑顔も、温もりも、心も、誰にも渡したくない……離れてほしくないっ! だって……もう、貴女なしの未来なんて……考えられないんですものっ」


「……ホントに……アタシでいいの……?」


 リサの肩が震える。


「口悪いし、すぐに引っ叩くし……後悔……しない?」


 そして不安そうに眉を寄せた。

 後悔なんて、するわけないでしょう。


 リサ。貴女の良いところなんて、昔から知っています。


 私が困っていればすぐ駆けつけてくれて、『大丈夫』って笑ってくれる。

 やんちゃなところばかりだけど、そんな貴女に私は何度も救われてきた。


 だから私も、貴女に恥じないよう……お勉強も魔法も頑張ってきたんです。


 それなのに、魔法学校に入学してからの貴女はそっけなくて……話もしてくれなくなった。


 とても寂しくて、悲しかった。


 だからこそ、卒業試験のペアに選ばれた時……運命だと思ったんです。

 これを逃したら、もう二度とリサと繋がれない。ここしかないって。


 まさか、こんなに好きになるなんて……思いませんでしたけどね。


「……私だって、貴女に恥じないように、勉強も魔法も頑張ってきたんですよ」


 そう言って、私はリサの涙を親指で拭う。


「私が愛してしまった人の悪口なんて、許しませんよっ?」


「あ……ああ、愛してる!? ば、ばばバカじゃないの!? 急にすっ飛ばしすぎよっ!! あ、アタシだって……その。レノンのこと……す、好きだけど……」


「……あれぇ? お風邪を引いた時は『だいすきよっ』と言ってくれたんですがねぇ?? お忘れですかぁ??」


「へっ……〜〜っ!!! あ、ああ、あの時はそのっ……弱ってたし……普段言わないこと言っちゃったというか……その……っ!!」


おやおや? 涙で腫れた目元より、頬の方が真っ赤になってきましたよ?


「……リサ、私も全部バラしたのです。ぜひ貴女の口から……気持ちを聞きたいです」


 リサの手を取って、まっすぐ見つめる。

 もう、隠す必要はない。


「そそ、そんな見つめないでっ!! 言う! 言うからぁっ!!」


リサは一度、大きく息を吸って――


「ア、アタシも……だ、だだ……大好きっ」


「……ぁ」


 ずっと欲しかった答えが、ようやくもらえた。

 その嬉しさが、瞳から溢れ出てくる。


「レ、レノン!? ちょっ……すごい泣いて……」


「あ、当たり前じゃないですか……人生で一番……嬉しいんですから……っ」


「……バカっ。バカレノンっ!! そんなんで人生一番とか言うなっ!! これからもっと、もーっと嬉しく楽しくさせてやるわよっ!!」


「……ふふっ。期待してますよ、リサっ」


 しばらく二人で笑い合う。

 ――なら、もう一つだけ……。


「でしたら……リサ」


「な、なによっ?」


「これからは……こ、恋人ってことでいいんですよね……?」


「……んなこと今更聞くなっ。ばかっ」


 リサは私の胸に頭を押し付ける。


「……ありがとう、リサっ」


 こんな日が来るなんて、思わなかった。


 私はリサの顔をそっと上に向け、その頬に手を添える。

 もう少しだけ、わがまま言っても良いでしょうか。


「……リサっ」


「へっ。なに、そんな熱っぽく見つめて――」


「キスしたいですっ」


「へぇ、キスね! そりゃ良いわね――はぁ!?」


 私はもう片方の手も添え、両手でリサの頬を包む。


「ちょっ!! 恋人になった途端に!? アンタやっぱりえっちなのよっ!! 欲望丸出しすぎっ!!」


「リサは……私とするのは、嫌ですか?」


「〜〜〜っ!! ほんっっっっと意地悪っ!! んっ!!!」


 そう言ってリサは目をぎゅっと瞑る。

 ……確かに、答えがわかっているのに聞くのは意地悪でしたね。


「……リサ」


 ゆっくりと、リサへ顔を近づける。

 閉じたまぶたが小刻みに震えて、緊張しているのが丸わかりです。

 可愛くて仕方ない。


 この顔も全部、私のもの。もう誰にも譲りません。


「――愛してます。世界中の誰よりも」


 リサの柔らかい唇に、そっと唇を重ねる。


「んっ……」


 その瞬間、私は思わず声を漏らす。

 今まで食べたどのお菓子よりも甘くて、頭が蕩けてしまいそうだった。


 そして名残惜しく、ゆっくりと唇を離す。


「――ぷはっ……」


「――ぷはっ!!! はぁはぁ……!! 長い!!」


「……初キスの感想がそれですか?」


「だって長いんだもん!! 窒息するわよっ!! それに……べろチューまでしちゃうの……かと」


「えっ、べろチューしていいんですか? もう私、我慢なんてしませんよ?」


 私はベッドの上で、さらにリサとの距離を詰める。


「ちょっ、待ってレノン。なんでじりじり近寄ってくるの!」


「リサ、『べろチューまで』なんて言われて……私がじっとしていられるとお思いで?」


「ふぇ……!? ほ、ホントに……しちゃうの!?」


 私はリサの手を取り、いつものように指を絡める。


「――あっ」


 するとリサもぎゅっと握り返し、小さく頷いた。


 ――もう、手を繋ぐのに理由はいらない。

 ただ好きだから、それだけで十分だ。


「……リサっ」


 私はもう一度、リサへ顔を近づける。


「あっ、レノっ……」


 リサは口をぱくぱくさせ、目をぐるぐるさせる。


「〜〜〜〜〜っ!!!! えっ……えっ!!!!」


 ついには耳まで真っ赤になり、頭から煙が出ているように見える。

 あれ、このパターンって――


「――レノンのえっちーーーーっ!!!」


「ふぐわぁーーーーっ!!!!」


 リサの渾身の照れ隠しビンタが……私の頬を打ち抜いた。


「……あっ!?! ごめっ、レノンっ!!!」


 直後にリサの謝罪が聞こえてきたが、私の体はすでに宙を舞っていた。


 ぐるぐる回る視界の中で、ふと思う。

 私たちは、きっとこれからもこうやって生きていくんだな……と。


 そのままベッドから床へ落ちる。

 私は転がったまま、テーブルの魔法石へ目を向けた。


「……ありがとうございますっ」


 私とリサがもう一度向き合うきっかけをくれた、本当の意味での魔法の石です。

 まるで私たちを祝福するように、きらりと輝いた。


「……ふふっ」


 ヒリヒリ痛む頬を押さえながら、それでも笑みがこぼれた。



◇



 ――そして、そう遠くはない未来。


「レノンっ! アタシの靴下どこにしまったのよっ!!」


 奥の部屋から聞こえてくる、すっかり聞き慣れた声。


「二段目の引き出しですっ! ちゃんと探してから言ってくださいよ!?」


「えーっ!? 前は違うところだったもん! ……あった!!」


 そんな騒がしい朝。

 テーブルには、ピンクと黄色のお揃いのマグカップが並んでいた。




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