第14話 合鍵があるのに、どうして部屋の前で待つんですか?
「うー……寒っ。寮の廊下も冷えますね……」
季節はもう冬。
卒業も近いこの時期は授業も自由出席で、今日は学びたい科目だけを受けてきました。
そうして寮の自室へ向かっていると――
「……ずびっ」
マフラーを巻いたリサが、部屋の前で待っていた。
急いで私は駆け寄る。
「ちょっと、なにしてるんですかリサ? 合鍵でも無くしたのですか?」
「……あるわよ」
ずずっと鼻を鳴らしながら、リサは制服のポケットから鍵を取り出す。
「……? ではなんで中に入らないのですか? 廊下は暖房もなくて寒いでしょうに……」
私は、冷え切って白くなったリサの手を握る。
「……いいじゃない。一緒に入りたい気分だったのよ」
「ですがねぇ……まあいいです。ほら、ストーブつけますから早く入りなさいっ!」
私は扉を開け、リサの手を引く。
どうしちゃったんですかね? この子は。
◇
「ふぅ……この季節はこれに限ります……温かい……」
「……そうねっ」
さっそく二人で薪ストーブにあたる。
寮の設備が良すぎて、卒業生たちが出ていくのを惜しむ声も、今ならよくわかります。
「さて、お部屋もだいぶ温まってきましたし……そろそろ今日も魔法石生成をやっていきますかねっ」
私はストーブから離れ、上着をハンガーラックへかける。
「さっ、リサも上着を……」
と振り向くが、リサはストーブの前に居座り続けていた。
「リサっ? そろそろよろしいのでは?」
「……」
「リサってば!」
「あ、えっ、うんっ。わかった……よ」
そう言ってリサは私に上着を渡す。
どこか上の空みたいですね?
そのあと私のベッドへ、ぺたんと座り込むリサ。
――さすがに、見ていられませんね。
「……リサ。ちょっと待っててください」
私はリサの上着もラックへかけ、台所へ向かう。
「はい、お待たせしました」
そしてベッド前のテーブルへ、以前買ったお揃いのマグカップに注いだホットミルクを持ってきた。
「あ……ありがとっ」
小さく呟く声。
リサの隣へ、私は腰を下ろす。
「今日は特に寒いですからねっ。まずはこれで体の中も温めましょう。ねっ?」
そう言って私はピンク色のマグカップを持ち上げる。
「……そうしましょ」
続いてリサも黄色のマグカップを持ち上げて、二人で口を付ける。
すると突然、リサがぽすっと私の肩に頭を預けた。
「……リサ?」
「……ごくっごくっ」
返事はなく、ただミルクを飲み続けていた。
そうして私も、自分のミルクを飲み干した。
「ふぅ、ごちそうさま」
「ごちそう……さま」
二人そろって、テーブルにマグカップをコトンと置いた。
「さて、そろそろ始めましょうかねっ。リサ、手を――」
「ねぇ、レノン」
リサは言葉を被せてきた。
「なんですか?」
「……べ、別に今日やらなくてもいいんじゃない……かな。時間はまだあるし……」
「なに言ってるんですか! 卒業まで、そう時間は残っていないんですよ! それに、クラスメイトの中には、すでに完成した魔法石を受理してもらった方もいるんです! うかうかしていられませんっ!」
「……そ、そうなんだけど。うぅ……」
おかしい。
普段の強気なリサらしくありません。
一体なにが――
「……ははーんっ。さてはリサ、成功できるかわからなくてビビってるんですか??」
「び、ビビってなんかないわよ!!」
聞き慣れた大声に、少し安心する。
でもそんな態度とは裏腹に、スカートの裾を握るリサの手は震えていた。
……そうですよね。貴女ってかなりナイーブでしたね。
なら少し、安心させてあげないと――
「大丈夫ですよ、リサっ」
優しく微笑みながら、リサをぎゅっと抱きしめた。
「な、なによそれ……」
「そのままの意味です。私たち、ここまでなんだかんだやってこれたじゃないですかっ」
リサの匂いに、抱きしめる力が少し強くなる。
私まで安心できるこの温もりで、少しでも貴女の不安を晴らしてあげたい。
「『二人ならもっと前に進める』って、貴女が言ってくれたんですよ? もし今日失敗しても、また二人でいくらだってやり直せばいいんですっ」
「……二人で……」
「リサっ。私だっていつ成功するかわからないものに挑むのは怖いです。卒業もかかってますしね。でも最近は、不思議と自信があるんですよ」
「……なんで、そう思うの?」
「当たり前じゃないですか。リサっ、貴女が隣にいるからですよ」
「……アタシ、が?」
ここまで一緒にいるのですから、少しぐらい気づいてくれてもいいのに。
……鈍感さんなのですね。
私はリサの肩を掴んで、顔を合わせる。
「リサでなければ、こんなに楽しい学校生活を送ることも、ここまで試験の訓練を続けることもできませんでした。本当に感謝しています。だから……最後のもう一踏ん張りを、一緒にしてくださいなっ」
「……ふ、ふん。しょうがないわね……いいわよっ」
少しだけ、いつものリサが戻った気がした。
「でも――」
するとリサは、私に深く抱きついてきた。
「もうちょっとだけ……このままにさせて……」
「……ええ。良いですよ」
まだ少し緊張はしているよう。
それを少しでも紛らわせられるように、私はリサの頭を優しく撫でた。
――そして、準備も整い魔法石生成に取りかかった。
「ではっ……」
「……うんっ」
流れるように指を絡める。
もう、目を合わせなくても魔力を調整できる。
呼吸のリズムまで、手に取るようにわかる。
そして、心まで重なり合っている――そんな気がした。
「っ……!」
「んっ……」
テーブルに敷いた魔法陣に、バチバチと音を立てながら石が形を成していく。
そして――
「これは……っ」
「できちゃった……の?」
リサが恐る恐る石を手に取る。
これは、まさに……!
「やったのではないですかリサっ!? 今までで一番の輝きです! 形も申し分ない美しさ!! これなら合格間違いないです!! さっそく鑑定用の魔法陣を……と!」
私はリサの手から、生成された魔法石を受け取る。
「あっ……」
「さぁ、心の準備はいいですか!!」
私はさっそく鑑定用魔法陣に石を乗せ、魔力を注いで起動する。
そして鑑定結果は……!
――九十五点。合格まで……あと五点!
「んんー! 惜しいですっ!! でもリサっ! あとちょっとです! もしかしたら次やればいけるかもしれませんよっ!!」
「わ、わかった! わかったから落ち着きなさいレノンっ……。ちょっと疲れちゃったから……休憩してから……ね?」
確かにリサの表情は明るくはなかった。
疲れも出てしまっているのでしょう。
「わかりましたっ。これで魔法石生成が終わればどこか遊びにでも行きましょうねっ!」
「っ! うん……行けたら嬉しいわねっ」
「行けますよ! さぁどこ行きましょうかねー!」
「……」
こうした目標に近づいている時というのは本当に楽しいです。
そして十分に休憩を挟みながら、生成を繰り返しました。
――九十三点。
――九十六点。
「おやっ、過去最高得点!」
ところが次は……九十一点。
「……あらら?」
どれも九十点は超えている。
なのに、その先へどうしても届かない……。
「……レノンっ」
「だ、大丈夫ですよリサっ! 九十六点まで出たんです! あと少し噛み合えば必ず完成します! ねっ?」
「……うんっ」
なんとか落ち込むまいと、リサに笑顔を向ける。
……大丈夫、私たち二人なら前に進めるんですから……!
けれど、次の日も、その次の日も。
生成される魔法石は、合格点には届かない。
――なぜです。
あと少し。
たったそれだけではないですか。
なのに、その「少し」がどうしても埋まらない。
――そして気づけば、卒業までに残された時間だけが、刻一刻と減っていました。
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