第13話 卒業したら、この腕枕も終わりなんですか?
「卒業後進路確認票……ですか」
――放課後の自室。
机の上に置いた紙と睨めっこをしていました。
「これを受け取ると、卒業が近づいているのを実感しますね……」
そっと、その紙に指を添える。
まあ、その前に魔法石を完成させないと……そもそも卒業できないんですがね。
そんなセンチメンタルになっている私をよそに――
「……この服可愛いっ。ねえ、レノン見てよっ。次のシーズンに発売の服だって! 今度買いに行こうよ!」
リサは相変わらず私のベッドを占拠して、ファッション雑誌を読み耽っていました。
「はぁ……能天気め」
「なにー? なにか言った!?」
「なんでもないですっ。それより今日配られたこれっ、しっかり書いてくださいよ?」
そう言ってリサに紙を見せつける。
「あー、大丈夫よ。バッグに入ってるわよっ……と」
リサはベッドからぴょんと降りる。
そのまま、椅子に座る私を後ろから抱きしめてきた。
またこの子はそうやって……!
「アンタはやっぱり大魔法学院に進学して勉強すんのっ?」
するとリサは、横からひょこっと顔を出して私の顔を覗き込む。
「そうですよ。卒業後も、もっと高度な魔法学を研究したいと思ってます」
「さっすが優等生。レノンに向いてると思うわっ。よしよしっ」
後ろにいられるとやりたい放題されますね……。まあ黙っておきましょう。
「それはどうもっ。そういうリサは、予定通り就職ですよね?」
「まあねーっ。細かい魔法は苦手だけど、アタシの得意を活かせそうな仕事もちゃんと決まったし……ってレノンっ? 人にあーだこーだ言ってるのに自分は書いてないじゃない!」
「ひっ!?」
ふとリサの口が耳元に寄る。
リサは紙を指差してなにかを言っていますが――
んっ……! 声が近すぎて、内容が入ってきません!
「リサっ! 耳元で喋らないでください!」
「ん? なんでよ?」
「だから私、耳弱いんですっ! 前にも言ったでしょう!」
いつぞやのクッキーを作った時だ。
あの時はびっくりして、火加減を間違ったのですから本当にやめて欲しい……。
「……あー、そうだったわねっ」
「そうですっ。わかったならさっさと離れて――」
「ふー……っ」
「ひゃぁあっ!♡」
リサが突然、耳に息を吹きかける。
その生温かさとこそばゆさに、声を我慢できなかった。
「あははっ!! 『ひゃぁあっ!』だってー!! 面白っ……ひひっ!!」
リサは離れてお腹を押さえて笑っていた。
「っ〜〜!! わ、わかったでしょう! だからもうやめなさいっ!」
「うーん? そうねぇ……??」
またリサは、するっと私の首に腕を回す。
「ちょ、待ってください。私の言うことを聞きなさ――」
「ふぅぅー……」
「ひゃぁぁああっ!!♡」
ゾクゾクっと、縮み上がりそうな刺激が走る。
今度はしつこいぐらいに吹きかけてきた。
「はーっはっははっ! おっかしいっ!! お腹痛いっ!! にひひっ!!」
またリサは離れてお腹を押さえながら私の机をバシバシ叩いていた。
……あーそうですか。そういうことしますか。
「ねぇ、リサぁ?」
私は椅子からゆらりと立ち上がり、リサの前へ出る。
「はーっ……な、なによっ? ふふっ」
「……私が貴女の弱点知らないとでも?」
「へっ?」
そして少しだけ、脇腹をくすぐる――
「えっ? ひゃはははっ!!」
するとリサは力が抜けて、ペタンと女の子座りで床へ崩れる。
「どうです? やっぱり変わってないでしょ? 貴女、昔からよく笑い泣かされてましたもんね? 私にっ」
私は手をわきわきさせながら、リサを見下ろす。
「まっ、待って!! ふー……っ、はぁ……」
そして――
「逃げろっ!!」
ダッ! と私の脇を抜け出そうとしましたので……。
「甘いっ!!」
すかさず手を広げて逃げるリサを捕まえる。
そのまま、ベッドへ押し倒した。
「……勝負アリですね、リサ?」
「まっ、待ってレノン! もうしない! しないからぁ。くすぐりだけは――」
「……おしおきですっ」
そうして馬乗りの状態で、リサの両脇を勢いよくこちょこちょし始めた。
「やっ、あはははーっ!!! ま、むりっ!! むっ、ひひひははーっ!?!」
間抜けな声を出してリサはのたうち回る。
この子はそろそろ学習ってものをしないのでしょうか?
「レ、レノっ!! はひひっ!!? おね、おねが、はははっ!! ゆる、許し、ひはっ!!」
ふふっ、なにを言っているのかわかりませんね。
でも……そろそろ許してあげましょうか。
「……はいっ。いい加減懲りてくださいね?」
「はっ……はひぃ……はぁ…んぁ……っ」
リサは息を切らして、気づけば髪もぐしゃぐしゃになっていた。
それに笑いすぎて目元も潤んで、顔も真っ赤で……。
「はぁ……んぇ……なぁに?」
可愛いですね、と心で呟きながら乱れたリサの髪を、指先でそっと整える。
「なんでもないですよ。……隣、失礼しますね」
馬乗りをやめて、リサの隣へ横になる。
そのまま彼女の腕へ勝手に頭を乗せた。
「ふぇ……な、なんだか随分大胆じゃない……?」
「別に? リサは嫌ですか?」
「……勝手にすればっ?」
不本意そうな言葉とは裏腹に、私の頭が落ちないようにほんの少し腕を曲げてくれた。
「はいはいっ」
リサとこうしている時間が、私は好きだ。
でも――いつまでこうしていられるのでしょうね。
卒業、という現実からは目を背けられないのですから。
「……こうしてリサとおバカなことをして、毎日一緒に笑っていられるのも……卒業までなんですよね」
「っ……」
溢れてしまった言葉に、リサは眉をぴくりと動かす。
そしてしばらくの間があって――
「……まあ、そうなるわね」
私から顔をそらして、そう呟いた。
――なんでこっちを向いてくれないのですか。
そう、言いそうになってしまった。
『まあ、そうなるわね』って、そんなこと言う子でした?
別に会えばいいじゃない! ぐらい言ってくれても、いいじゃないですか。
私は、リサの顔に手を伸ばそうとする。
……でも、怖くてできない。
私がリサを好きなのは、もうわかっています。
でも――今、気づいたことはそれだけじゃない。
一度離れてしまった私たちが、今では毎日のように一緒にいて、くだらないことで笑いあっている。
卒業したら、今までみたいにはいられなくなるかもしれない。
――嫌。
そんなの、嫌です。
明日も、明後日も。
卒業した後だって……。
私はリサと一緒にいたい。
「……っ」
ですが、リサはどう思っているのでしょうか。
『だいすき……よっ……』
あの時の言葉を、信じたい。
でも――好きだということと、卒業したあとも一緒にいたいということは、同じなのでしょうか。
リサも、私と同じ未来を望んでいるのでしょうか。
……聞けるわけありません。
もし、リサがそこまで望んでいなかったら――
そう考えるだけで、恐ろしくなる。
「……そろそろ、用紙に記入しないとですね」
私はベッドからゆっくり起き上がる。
「……ぁっ。レノっ……」
「リサも早く書いてしまいなさい? 後回しはダメですよ」
「……うんっ」
顔を合わせづらくて、そのまま机へ向かう。
椅子に腰かけ、羽ペンにインクをつけてさらさらと進路を綴る。
進む道なら、もう決まっている。
ただ……その先もリサと一緒にいられるのかだけは、わかりません。
「……あっ」
私としたことが……。
いや、提出には問題ないでしょう。
書き込んだ文字が、少しだけ歪んでしまいました。
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