第11話 クッキーをかじるたび、幼馴染の唇が近づきます。
今日は休日。特に予定もなく、部屋でのんびりしようと思っていた。
「よいしょ、よいしょ……」
だが私は、チョコが入ったクッキー生地をせっせとちぎり、クッキングシートを敷いた天板に並べていました。
先日の実習で気づいてしまった、この嫉妬心……。
あれからどうにも頭がモヤモヤしている。
だから今日は、昔からの趣味であるお菓子作りに没頭して気分転換することにした。
「オーブンに入れて……あとは、えいっ」
魔法で薪に優しく火をつける。
「さて、焼き上がるのを待つ間に後片付けを――」
その時、廊下からだっだっだっ、と勢いの良い足音が聞こえる。
「誰でしょう? なにをそんなお急ぎで……」
するとその足音は私の部屋の前に止まる。
ガチャリ、ばたんっ!!
「レノンっ! あーっ、やっぱりクッキー焼いてる!!」
「……ええっ?」
遠慮もなく入ってきたのは、合鍵を使ったリサだった。
「なーんかクッキーの匂いするなーって思って来てみたらドンピシャだったわ! ひひっ」
リサはさっそく私のベッドを占拠して、片付けをする私を眺めていた。
「全く、ワンちゃんですか貴女は……」
そんな彼女を横目に、私はオーブンの火加減を見る。
少しでも間違えば真っ黒焦げですからね。
「ねぇー、まだぁ?」
「わぁっ!?」
火加減に集中していると、いつの間にかリサが後ろから腰に手を回し、私をゆさゆさと揺らしていた。
な、なんのつもりなんですかこの子は……!?
「わぁっ、てなにびっくりしてんの?」
「そりゃいきなり近づかれたらびっくりします! それに耳元で喋らないでください! 私、耳弱いんですよ!」
「……ふーんっ?」
全く、なんでこんな人に心を乱されなきゃいけないのです――
「……早くしてよぉっ」
突然耳元で甘く囁かれた。
「うわーーっ!?!?」
肩が思い切りビクンっ、と跳ね上がる。
「あははっ!! めっちゃびくって……ふふっ、なによ『うわーっ!』って……ひひっ!!」
「あ……貴女ねぇ……!!」
完全に遊ばれている。
でもよかった。この体勢なら顔は見られません。
こんな真っ赤な顔を見られたら、イタズラが加速してしまうでしょう。
「もう! 余ったチョコでも食べて大人しくしててくださいっ!!」
私は余ったチョコを摘んで、後ろへ差し出す。
「ん、ラッキー♪ ぱくっ!」
「へ?」
気がつけば、チョコと一緒に指先まで咥えられていた。
「な、な、なんで食べ……」
思わず、肩越しにリサを振り返る。
「レノンが食べていいって言ったのよ? ……って、なによその顔」
「いえ……そんなことは、おほ、おほほほっ」
食べていいとは言いましたが!! 指まで食べろとは言っていないでしょう!!
私はその指先から目を離せなくなる。
まだ、あの柔らかな感触が残っている気がした。
「っ……」
自分でもなにをしているのかわかりませんが……その指を自分の唇に近づけて――
「レノン!!! なんかオーブン焦げ臭くないっ!?」
「は、はいっ!?」
その叫び声で我に返り、口元に近づけた指を慌てて離す。
って……クッキー!? 焦げてますって!?
「わーっ!! ちょ、リサ一旦離れて! クッキー取り出すのでっ!!」
即座にミトンをはめて、オーブンから取り出す。
結果は――
◇
「やっ……てしまいましたわ……」
「レノンがクッキー焦がすなんて珍しいっ! あははっ!」
キッチンテーブルには少し焦げたクッキー。
普段なら絶対にこんな失敗しないのに……!
「まあ人間そういう日もあるわよっ!」
そんなぺかーっと笑われましてもねぇ!
原因はほとんど貴女なんですよ! ……とは言えませんけど。
「……ふう。失敗したものは仕方ありませんっ。作り直しますのでしばらく待ってて――」
「えー? 大丈夫よこれくらいっ! いただきまーすっ」
そう言ってリサはクッキーを頬張って、サクサクっと小気味いい音を立てる。
「あ、ちょっ!」
「うん! ウマイっ! アンタの作るお菓子は昔から最高よね〜♪」
「……昔から、そんなこと思ってたんですか?」
「え? そりゃそうよっ。何年レノンのお菓子食べてきたと思ってるわけ?」
「そう……ですよね……」
……ずっと、私のお菓子をそんなふうに思ってくれていたんですね。
それだけなのに、胸の奥がくすぐったい。
「……もぐもぐ」
誤魔化すように、私もクッキーを一枚頬張った。
「……ねえ、レノン?」
「なんですか? もぐもぐ」
「アンタ今日、変じゃない? 具合でも悪い?」
「そんなことないですよ。健康そのものです」
「……じゃあなんでずっと耳真っ赤なの?」
「えっ、はっ!? いやそんなっ」
思わず耳たぶに触れる。確かに熱い……って、自分から認めるような真似をしてどうするんですか!?
「さ、さっきまでオーブンで火の魔法を使ってたのでまだ熱いのでしょう! 心配ご無用ですっ! おほほっ……」
とりあえずクッキーをお皿に載せ、そそくさとベッド手前のテーブルへ移動した。
リサに近づきすぎるとなにを勘ぐられるかわかりませんからね……。
「……ふーん?」
そしてリサも後をついてくる。
「さぁ、不本意な出来ですがこれでティータイムとしましょう」
ベッドにゆっくり腰をかける。とりあえず落ち着ければこっちの――
「はーいよっ」
リサも続いて腰をかける……のですが。
「あ、あの……近くないですか?」
「隣だもの、そりゃ近くなるでしょ?」
「いやそうですけど……」
確かに隣ですが、膝と膝がくっつくほど近づきますか普通? 限度があるでしょう??
「……レノンさ、アタシにドキドキしてるでしょ?」
「は、はぁ!? なんで貴女なんかにドキドキしなきゃいけないんですか!」
「なんかにってそれはそれで失礼ね……。でもその反応……図星みたいねっ、ふふっ」
しまった。リサはおもちゃを見つけた子供のように、ニヤニヤしている。
「ねーえ、レノン?」
「な、なんです?」
リサはクッキーを一枚口に咥える。
「ほひっ」
そして口元を指差す。
「……え? どうしろと?」
「ただの幼馴染になんてドキドキしないんでしょ? なーらっ、これ食べられるでしょ?」
……つまり、リサが咥えてるクッキーを食べてみせろと?
そんな至近距離で? 下手したら唇が触れてしまうのに!?
「ば、ばかなのですか貴女は!? できるわけないでしょう!! 恥ずかしくないのですか!?」
「なーんで恥ずかしがるの? アタシたち、幼馴染でしょ? えーなにっ。レノンさんもしかしてぇ……」
するとリサは似合わないぶりっ子ポーズで頬に指を当てて――
「アタシのこと、意識しちゃってるっ? ひひっ」
――プツンっ、と私の中で『なにか』が切れる。
人の気も知らないで……貴女って人は。
私はそのままリサの肩を押し、ベッドへ倒す。
「きゃっ!?」
彼女の綺麗なまつ毛まで数えられそうな距離だった。
「ちょっ、レノン!? 近い近いっ!! それにな、なんか目が怖いんですけど……!?」
「貴女が食べろと言ったんですよ? だからお望み通り食べて差し上げますよ」
私はクッキーの反対側を咥え、まず一口かじる。
「ほ、本気っ!?!?」
「本気です」
続いてもう一口。するとリサの口元に、粉がこぼれ落ちていく。
「〜〜〜〜!?!」
さっきまで余裕たっぷりだったリサの顔が、みるみるうちに赤く染まっていく。
散々私を煽ったこと、後悔させてあげます。
また一口。
もう残っているのは、リサの唇のすぐ手前だけ。
「れ、レノン!? もうほとんど残ってないって!!」
「……まだありますよ」
私はさらに顔を寄せる。
「まっ、ちょっ、そこまでいったら、ちゅ、ちゅーしちゃうじゃない!?」
リサの息がこそばゆい。
「……嫌ですか?」
「っ……!」
けれどリサは逃げなかった。
返事の代わりに、ぎゅっと目を閉じる。
その仕草に、今度は私の心臓が大きく跳ねた。
「……黙って食べられなさい」
そして、唇のすぐ手前に残った最後のひとかけに歯を立てた。
――サクっ。クッキーが割れる。
幸い唇までは触れなかったが、これでリサも調子には乗らないでしょう――
「……あれっ」
「はぁ、はぁ……?」
眼前には目を潤ませて頬を赤らめるリサ。
……あれ、私なにをして……。
「えっ、えっちーーーーーーーーーー!!!!!」
「ぐわっ!!!」
リサの張り手が頬に飛んできた。
「なんで本当に食べるの!? 信じらんないっ!!」
「はぁ!? あ、貴女が食べろと煽ったのでしょう!? なんで人のせいにしているのです!」
「だ、だって本気で来るなんて……普通思わないでしょ!! も、もう少しで……ち、ち、ちゅーしそうだったのよ!?」
「ちゅーって、貴女本当に子供ですね!! なら最初から煽らないでくださいっ!! ちょっと頭冷やしてきますっ!」
そう言って私はリサから離れてお手洗いに駆け込む。
……少しやりすぎましたね。
勢いに任せて、本当にキスをしてしまうところでした。
危なかったです。
「っ……」
ふと、指を唇に当てる。
もし、あのままリサの唇に触れていたら――
「っ! 私ったら、はしたない……」
なのに、あの光景が頭から離れない。
あの距離も、リサの吐息も、ぎゅっと閉じられた瞳も。
そしてなにより――
唇が触れなかったことが、少しだけ……残念だった。
「私……リサと、キスしたかった……?」
口にした瞬間、胸の奥で全てが繋がってしまった。
こんなの、ただの幼馴染に抱く気持ちじゃありませんね。
――私、リサのことが好きなんだ。
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