俺、手帳持ちなんだけど?
俺は、差別が嫌いだ。
人間は誰だって平等であるべきだと思う。
生まれた場所。
性別。
能力。
病気。
障害。
そんな生まれ持った違いで人間の価値が決まるなんて、絶対に間違っている。
だから俺は今日も、自分らしく胸を張って生きている。
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「お客様、少々よろしいでしょうか」
スーパーを出たところで突然声を掛けられた。
振り返ると、険しい顔をした紺色の制服を着た中年の男が立っていた。
胸元には『警備主任・田島』と書かれたプレート。
「はぁ……またか」
俺は小さくため息を吐いた。
「何ですか?」
「申し訳ありません。少し事務所まで来ていただけますか」
「理由を聞いてるんですけど?」
「店内の商品についてです」
「商品?」
俺は首を傾げる。
「はい。お会計がお済みでない商品をお持ちですよね?」
俺は持っていたトートバッグを見る。
中には半額弁当が二つ。
菓子パンが三つ。
ペットボトルのコーラ。
ポテトチップス。
あと、新発売のプリン。
確かにまだレジは通していない。
「これですか?」
「はい」
「持ってますけど」
「……ですので、事務所でお話を」
「何の話です?」
男が困った顔をした。
「お支払いをされていませんよね」
「してませんね」
「でしたら」
「だから?」
俺は素直に聞くと、男は黙った。
やれやれ……。どうやら質問の意味が分からなかったらしい。
「商品を持って店外に出れば、窃盗になります」
「いや、食べ物ですよ?」
「はい?」
「食べ物」
俺は弁当を一つ取り出した。
特盛唐揚げ弁当。
税込七百八十円。
「人間が生きるために必要なものですよね?」
「それと代金を支払うことは別の話です」
「じゃあ金がない人間は食べるなってこと?」
「そういう話ではありません」
「今そう言いましたよね?」
「言っていません」
「同じことでしょ」
男は眉間に皺を寄せた。
……何だよ、その目。まるで俺を馬鹿にしているみたいじゃないか。
俺は少し腹が立った。
こういう人間はいつもそうだ。
自分の言葉が誰かを傷つけている可能性を考えない。
俺たちは毎日、生きるだけで必死なのに。
「とにかく、一度事務所へお願いします」
「嫌です。それって強制ですか?」
「場合によっては警察を呼ぶことになりますよ」
「脅迫ですか?」
「違います」
「だって警察呼ぶぞって言ってるじゃないですか」
「窃盗の疑いがありますので」
「疑いじゃなくて持っていきましたよ」
「……はい?」
「だから持っていきました」
俺はもう一度言った。
「腹減ってたんで」
男は完全に黙ってしまった。
何がそんなに難しいのだろう??
俺はとても空腹だった。
食べ物があった。
だから持っていった。
たったそれだけの事だ。
そもそも、この店だって売れ残った弁当を毎日大量に捨てている。
以前ニュースで見たんだ。
食品ロス。
地球環境。
SDGs。
散々偉そうなことを言っておいて、俺が一個持っていったら犯罪者扱い。
おかしいよ。この世界は……矛盾している。
「では、故意に持ち出したということですね」
「だからそう言ってるじゃないですか」
「それならなおさら」
「でも捨てるんでしょ?」
「それは店側の判断です」
「は?」
思わず笑った。
「食べ物捨てるのは良くて、俺が食うのは犯罪なんだ?」
「所有権の問題です」
「所有権」
ほら出たよ。
健常者が大好きな言葉。
法律だ規則だ責任だ契約だ。
そういう難しい言葉を並べれば、自分たちの方が正しいと思っている。
「そういうの、俺には分かんないんですよ」
「分からない?」
「難しい話されても困るって言ってるんです」
「難しい話ではなく、商品を得るには代金を支払わないといけないんです!」
「だからっ!」
思わず声が大きくなってしまった。
近くを歩いていた人たちが、一斉にこちらを見る。
俺は胸が苦しくなった。
まただ。
こうやってみんな俺が悪いみたいに公開処刑するんだ。
みんな俺が悪いみたいにする。
「ちょっと……大きな声を出さないでくださいよ」
「そっちが怒らせたんでしょっ!?」
「怒らせた、ではなく」
「俺、感情のコントロール苦手なんですよ!!!」
俺は財布を取り出し、中から青いカードを抜く。
『社会生活支援認定証』
通称、手帳。
俺はそれの二級だ。
顔写真付きで、名前と生年月日、住所まで書いてある。
完璧な身分証明書だ。
俺はそれを良く見えるように、男の顔の前に突き出した。
「これ見えます?」
「……はい」
「二級ですよ?」
「確認しました」
「だったら分かりますよね?」
「……何がでしょうか」
……このおっさん、本気で言っているのだろうか。
虚を突かれ、俺は呆れてしまった。
「俺、障害あるんですけど」
「それは分かりました」
「じゃあ普通の人と同じこと求めるのおかしくない?」
「代金を支払うことについて、障害の有無は関係ないですよね?」
「それ差別ですよ??」
「……」
男は黙った。
やっぱり、この言葉を出すと、大抵の人間は黙る。
自分が差別している可能性なんて考えたこともないのだ。
俺は少しだけ、彼が可哀想に思えた。
きっと彼は、無知なのだろう。
「知らなかったなら……仕方ないですけど」
俺はカードを財布に戻す。
「次から気を付けてください」
そして歩き出した。
「いや、待ってください!」
腕を掴まれた――その瞬間、頭の中が真っ白になった。
「触んなっ!!!!!」
全力で男の腕を振り払うと、彼の身体がよろけた。
商品棚の横に置かれていた金属製の看板にぶつかり、派手な音を立てて看板諸共倒れる。
周囲から悲鳴が聞こえる。
誰かが店員を呼んだ。
俺の心臓が激しく鳴っていた。
「何なんだよ……」
怖かった。
本当に怖かった。
俺の了承なく、勝手に身体を触られた。
俺がパニックになることくらい、手帳を見たなら分かるはずなのに。
やっぱり、この社会は俺たちに冷たい。
十分ほどして、警察が来た。
若い警官と、年配の警官。
田島とかいう警備員は椅子に座り、鼻を押さえている。
血が出ていた。
「あなたが押したんですね?」
警官が俺に聞いた。
「違います」
「防犯カメラには」
「触られたから振り払っただけです」
「その結果、相手が怪我をしています」
「俺も傷ついてますけど」
「どこか怪我をされたのですか?」
「心が張り裂けそうなくらい傷付きました」
警官二人が顔を見合わせる。
またこれだ。
目に見える怪我しか怪我だと思っていない。
「あなた、お名前は?」
「その前に」
俺は財布を出した。
青いカードを抜いて警官に見せる。
「これ」
「……社会生活支援認定証ですね」
「二級ですよ?」
「はい」
「分かります?」
「何がですか?」
今日二度目だった。
どうして何度も説明しなければならないのだろう。
俺は深く息を吐き、そしてゆっくりと言った。
「俺、手帳持ちなんだけど?」




