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俺、手帳持ちなんだけど?

 俺は、差別が嫌いだ。

 人間は誰だって平等であるべきだと思う。


 生まれた場所。

 性別。

 能力。

 病気。

 障害。


 そんな生まれ持った違いで人間の価値が決まるなんて、絶対に間違っている。


 だから俺は今日も、自分らしく胸を張って生きている。


◆◆◆   ◆◆◆   ◆◆◆   ◆◆◆    


「お客様、少々よろしいでしょうか」


 スーパーを出たところで突然声を掛けられた。

 振り返ると、険しい顔をした紺色の制服を着た中年の男が立っていた。

 胸元には『警備主任・田島』と書かれたプレート。


「はぁ……またか」


 俺は小さくため息を吐いた。


「何ですか?」


「申し訳ありません。少し事務所まで来ていただけますか」


「理由を聞いてるんですけど?」


「店内の商品についてです」


「商品?」


 俺は首を傾げる。


「はい。お会計がお済みでない商品をお持ちですよね?」


 俺は持っていたトートバッグを見る。


 中には半額弁当が二つ。

 菓子パンが三つ。

 ペットボトルのコーラ。

 ポテトチップス。

 あと、新発売のプリン。


 確かにまだレジは通していない。


「これですか?」


「はい」


「持ってますけど」


「……ですので、事務所でお話を」


「何の話です?」


 男が困った顔をした。


「お支払いをされていませんよね」


「してませんね」


「でしたら」


「だから?」


 俺は素直に聞くと、男は黙った。

 やれやれ……。どうやら質問の意味が分からなかったらしい。


「商品を持って店外に出れば、窃盗になります」


「いや、食べ物ですよ?」


「はい?」


「食べ物」


 俺は弁当を一つ取り出した。


 特盛唐揚げ弁当。

 税込七百八十円。


「人間が生きるために必要なものですよね?」


「それと代金を支払うことは別の話です」


「じゃあ金がない人間は食べるなってこと?」


「そういう話ではありません」


「今そう言いましたよね?」


「言っていません」


「同じことでしょ」


 男は眉間に皺を寄せた。


 ……何だよ、その目。まるで俺を馬鹿にしているみたいじゃないか。

 

 俺は少し腹が立った。


 こういう人間はいつもそうだ。

 自分の言葉が誰かを傷つけている可能性を考えない。

 俺たちは毎日、生きるだけで必死なのに。


「とにかく、一度事務所へお願いします」


「嫌です。それって強制ですか?」


「場合によっては警察を呼ぶことになりますよ」


「脅迫ですか?」


「違います」


「だって警察呼ぶぞって言ってるじゃないですか」


「窃盗の疑いがありますので」


「疑いじゃなくて持っていきましたよ」


「……はい?」


「だから持っていきました」


 俺はもう一度言った。


「腹減ってたんで」


 男は完全に黙ってしまった。

 何がそんなに難しいのだろう??


 俺はとても空腹だった。

 食べ物があった。

 だから持っていった。


 たったそれだけの事だ。


 そもそも、この店だって売れ残った弁当を毎日大量に捨てている。

 以前ニュースで見たんだ。


 食品ロス。

 地球環境。

 SDGs。


 散々偉そうなことを言っておいて、俺が一個持っていったら犯罪者扱い。


 おかしいよ。この世界は……矛盾している。


「では、故意に持ち出したということですね」


「だからそう言ってるじゃないですか」


「それならなおさら」


「でも捨てるんでしょ?」


「それは店側の判断です」


「は?」


 思わず笑った。


「食べ物捨てるのは良くて、俺が食うのは犯罪なんだ?」


「所有権の問題です」


「所有権」


 ほら出たよ。

 健常者が大好きな言葉。


 法律だ規則だ責任だ契約だ。

 そういう難しい言葉を並べれば、自分たちの方が正しいと思っている。


「そういうの、俺には分かんないんですよ」


「分からない?」


「難しい話されても困るって言ってるんです」


「難しい話ではなく、商品を得るには代金を支払わないといけないんです!」


「だからっ!」


 思わず声が大きくなってしまった。

 近くを歩いていた人たちが、一斉にこちらを見る。



 俺は胸が苦しくなった。


 まただ。

 こうやってみんな俺が悪いみたいに公開処刑するんだ。

 みんな俺が悪いみたいにする。


「ちょっと……大きな声を出さないでくださいよ」


「そっちが怒らせたんでしょっ!?」


「怒らせた、ではなく」


「俺、感情のコントロール苦手なんですよ!!!」


 俺は財布を取り出し、中から青いカードを抜く。


『社会生活支援認定証』


 通称、手帳。

 俺はそれの二級だ。

 顔写真付きで、名前と生年月日、住所まで書いてある。

 完璧な身分証明書だ。


 俺はそれを良く見えるように、男の顔の前に突き出した。


「これ見えます?」


「……はい」


「二級ですよ?」


「確認しました」


「だったら分かりますよね?」


「……何がでしょうか」


 ……このおっさん、本気で言っているのだろうか。

 

 虚を突かれ、俺は呆れてしまった。


「俺、障害あるんですけど」


「それは分かりました」


「じゃあ普通の人と同じこと求めるのおかしくない?」


「代金を支払うことについて、障害の有無は関係ないですよね?」


「それ差別ですよ??」


「……」


 男は黙った。

 やっぱり、この言葉を出すと、大抵の人間は黙る。


 自分が差別している可能性なんて考えたこともないのだ。


 俺は少しだけ、彼が可哀想に思えた。

 きっと彼は、無知なのだろう。


「知らなかったなら……仕方ないですけど」


 俺はカードを財布に戻す。


「次から気を付けてください」


 そして歩き出した。


「いや、待ってください!」


 腕を掴まれた――その瞬間、頭の中が真っ白になった。


「触んなっ!!!!!」


 全力で男の腕を振り払うと、彼の身体がよろけた。

 商品棚の横に置かれていた金属製の看板にぶつかり、派手な音を立てて看板諸共倒れる。


 周囲から悲鳴が聞こえる。

 誰かが店員を呼んだ。


 俺の心臓が激しく鳴っていた。


「何なんだよ……」


 怖かった。

 本当に怖かった。

 俺の了承なく、勝手に身体を触られた。


 俺がパニックになることくらい、手帳を見たなら分かるはずなのに。


 やっぱり、この社会は俺たちに冷たい。


 十分ほどして、警察が来た。


 若い警官と、年配の警官。


 田島とかいう警備員は椅子に座り、鼻を押さえている。


 血が出ていた。


「あなたが押したんですね?」


 警官が俺に聞いた。


「違います」


「防犯カメラには」


「触られたから振り払っただけです」


「その結果、相手が怪我をしています」


「俺も傷ついてますけど」


「どこか怪我をされたのですか?」


「心が張り裂けそうなくらい傷付きました」


 警官二人が顔を見合わせる。


 またこれだ。

 目に見える怪我しか怪我だと思っていない。


「あなた、お名前は?」


「その前に」


 俺は財布を出した。


 青いカードを抜いて警官に見せる。


「これ」


「……社会生活支援認定証ですね」


「二級ですよ?」


「はい」


「分かります?」


「何がですか?」


 今日二度目だった。


 どうして何度も説明しなければならないのだろう。

 俺は深く息を吐き、そしてゆっくりと言った。


「俺、手帳持ちなんだけど?」


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