第9話「風呂が恋しい」
異世界生活九日目。
俺は葉っぱの布団から起き上がった。
快適だった。
実に快適だった。
屋根がある。
壁もある。
床もある。
少し前まで地面へ直接寝て雨を被っていたとは到底思えない。
「文明って凄かったんだな……」
しみじみ思う。
今ならベッドに寝下座出来る。
川へ向かう。
水を飲んで顔を洗う。
そして服を脱ぐ。
最近の日課だった。
「はぁ……」
川へ入る。
冷たい。
慣れたとはいえ冷たいものは冷たい。
夏だからまだ良い。
冬になったらどうなるのだろう。
考えたくなかった。
身体を洗う。
髪を流す。
水浴びとしては十分だ。
十分なのだが。
「違うんだよなぁ……」
川から上がりながら呟く。
違う。
何かが違う。
決定的に違う。
拠点へ戻り、葉っぱの床へ座り込む。
屋根を見る。
壁を見る。
床を見る。
そして思う。
「風呂は流石に作れな……」
そこで言葉が止まった。
「あれ?」
「どうした」
いつの間にか居た。
壁にもたれながら煎餅を食べている。
驚かなくなってきた自分が怖い。
「ここ、異世界ですよね」
「そうだ」
ロキは即答した。
「魔法とかってあるんですか?」
「ある」
俺は勢いよく立ち上がる。
「俺は使えますか?」
「無理」
食い気味の即答だった。
「何でだよぉおおおお!!?」
思わず叫んだ。
鳥が飛び立った。
悪い事をしたと少し反省する。
「何でですか!?」
「俺の娯楽の為」
「……」
知っていたがやっぱり最低だった。
「魔法があれば風呂作れるじゃないですか」
「そうだな」
「家も作れるじゃないですか」
「そうだな」
「便利じゃないですか」
「便利だな」
「何で使えないんですか」
ロキは煎餅を齧った。
そして。
「俺が面白くない」
真顔で言い放った。
「最低だな」
「知ってる」
否定しろ。
せめて。
俺は深い深い深ーい溜息を吐いた。
ロキは楽しそうだ。
「屋根作ってるお前は面白かったぞ」
「知ってます」
「壁作ってるお前も面白かった」
「知ってます」
「葉っぱ集めてるお前はもっと面白かった」
「知ってます」
「だから魔法は無しだ」
「酷いな……」
ロキは満足そうに頷いた。
本当に酷い。
神としてどうなんだろう。
いや、神だからこそ許される暴挙なのか。
許されるなこんなもん。
「つまり俺が快適になると困るんですね?」
「そうだ」
俺は遠い空を見上げた。
青空だった。
平和だ。
とても平和だ。
なのに風呂が無い。
それだけで幸福度が大きく下がる。
「川があるだろ」
「違うんですよ」
「何がだ」
「湯なんです」
「温かい水だろ?」
「違うんです」
「何がだ」
「湯船なんです」
ロキは黙った。
考えているらしい。
珍しい。
数秒後。
「面倒臭いな」
「だからそれが人間なんです」
ロキには分からないらしい。
神だから。
汚れないらしいし。
羨ましい限りである。
「はぁ……」
風呂。
湯船。
入浴剤。
シャンプーやボディーソープ。
追い焚き機能。
自動お湯張り。
文明。
恋しかった。
あまりにも恋しかった。
ロキはそんな俺を見て笑う。
「そのうち作ればいいだろ」
「どうやって」
「知らん」
「神ですよね?」
「神だぞ」
「知らないんですか」
「知らん」
駄目だこの神。
話にならない。
俺はもう一度溜息を吐いた。
だが。
屋根も作った。
壁も作った。
床も作った。
なら。
「……風呂も何とかなるか」
ぽつりと呟く。
ロキが少しだけ目を丸くした。
そして。
「やっぱりお前、面白いな」
そう言って笑った。
異世界生活九日目。
俺は湯船を諦めなかった。




