第8話「床を作ろう」
異世界生活八日目。
俺は人生で初めて壁と屋根に感謝していた。
雨に濡れない、風が入ってこない。
素晴らしい。
実に素晴らしい。
屋根もある。
壁もある。
昨日までより遥かに快適だった。
だが。
「痛い……」
身体を起こす。
背中が痛い。
腰も痛い。
首も痛い。
つまり全部痛い。
原因は分かってる。
地面だ。
床が無いからだ。
俺は壁へ背中を預けながら考えた。
屋根はある。
壁もある。
だが床が無い。
家として何か大切な物が足りない気がした。
「床が欲しいな……」
俺は既に習慣化している川へ向かう。
浄水器で水を飲んで顔を洗う。
ついでに水浴びも済ませる。
最近は慣れてきた。
慣れてしまった。
異世界へ来た当初は抵抗があったのに。
「人間って順応するんだな……」
少し悲しかった。
風呂が恋しい。
湯船が恋しい。
だが今は床が先だ。
俺は森を歩く。
そして気付く。
「葉っぱでいいのでは?」
床。
布団。
どちらも柔らかければいい。
つまり葉っぱではないだろうか。
大量の葉っぱを集めれば。
かなり良い感じになるのではないだろうか。
「俺……天才かもしれない」
異世界八日目にして初めて口に出して自分を褒めた。
早速集め始める。
葉っぱ。
葉っぱ。
葉っぱ。
ひたすら葉っぱ。
気付けば腕いっぱいになっていた。
更に集める。
もっと集める。
まだ集める。
「何してるんだ?」
聞き慣れた声がした。
振り向くとそこには──煎餅神。
「床です」
「葉っぱだぞ」
「床です」
「葉っぱだな」
「床になります」
ロキは不思議そうな顔をした。
俺は葉っぱを抱えて拠点へ戻る。
そして敷く。
敷く。
敷く。
まだ敷く。
更に敷く。
気付けば地面が見えなくなった。
「よし」
完成である。
俺は恐る恐る寝転がった。
沈む。
少しだけ。
木の根は感じるがそれでもだいぶ柔らかい。
今朝までの地面とは比較にならないほどに。
「おお……」
感動した。
これは凄い。
文明ではない。
だが確実な進歩だった。
「床と布団が同時に出来た……」
思わず呟く。
ロキが沈黙した。
「葉っぱだぞ」
「葉っぱです」
「地面だぞ」
「無いよりはかなりマシです」
それが重要だった。
非常に重要だった。
寝返りを打ってみる。
柔らかい。
幸せだ。
「葉っぱって凄いな……」
「そうか?」
「自然って凄いな……」
「そうか?」
「文明も凄かったな……」
「結局そこに戻るのか」
戻る。
当然戻る。
ベッドの偉大さを知ってしまった人間だからだ。
ロキは呆れたように笑った。
俺は気にしない。
◇
その日の夜。
俺は葉っぱの上で眠った。
驚くほど快適だった。
夜中に目が覚めることもない。
雨も入ってこない。
風も入ってこない。
そして何より。
背中が痛くない。
最高だった。
◇
翌朝。
目を覚ました俺は身体を起こす。
背中は痛くない。
腰も痛くない。
首も痛くない。
「最高だ……」
思わず呟く。
葉っぱ最高。
自然最高。
そんなことを考えていると。
「何してるんだ?」
また居た。
煎餅暇神。
暇なのだろう。
心底暇なのだろう。
俺は空を見上げる。
広く澄み渡る青空。
風も気持ち良い。
葉っぱも柔らかい。
屋根もある。
壁もある。
床もある。
「……」
少し考える。
そして。
「風呂入りたい」
ぽつりと呟いた。
ロキが首を傾げる。
「川があるだろ」
「違うんですよ」
「何がだ」
「湯なんです」
「温かい水だろ?」
「違うんです」
「何がだ」
「湯船なんです」
ロキはしばらく考えた。
そして。
「面倒臭いな」
「それが人間なんです」
切実に言う。
ロキは笑った。
俺は溜息を吐いた。
異世界生活八日目。
俺は床と布団を同時に手に入れた。
そして。
風呂が恋しくなった。
「この葉っぱ……虫いないよな?」
そこだけがどうしようもなく不安要素だった。




