第6話「屋根が出来た」
異世界生活六日目。
俺は──木の上に居た。
「よし……」
枝へ足を掛ける。
体重を移す。
少し揺れる。
慎重に身体を動かしながら更に上へと登った。
見晴らしが良い。
風も気持ち良い。
そして高い。
「……何やってるんだろうな俺」
思わず呟いた。
俺は一週間前までホテルで客室清掃をしていた人間である。
それが今では異世界の森で木登りをしている。
人生は何が起こるか分からない。
主にロキのせいで。
俺は枝へ腰を下ろした。
目の前には昨日集めた木の枝と葉っぱ。
そして真下には現在の寝床となっている大木の根元。
屋根は無い。
壁も無い。
雨が降れば濡れる。
風が吹けば地味に寒い。
非常に不便だった。
だから作る。
屋根を。
何としても。
「鳥にできるんだから俺にもできるはずだ」
根拠は無い。
実際、鳥は飛べるが俺は飛べない。
だが昨日一日観察した結果である。
青い鳥は器用だった。
三本尻尾のリスも器用だった。
俺より確実に器用だった。
少し悔しい。
だから真似をする。
枝を組む。
葉を重ねる。
崩れる。
「知ってた」
やり直す。
組む。
結ぶ。
いや結べない。
縄が無い。
どうしよう。
「知識が全然足り無い……」
昨日と同じ結論だった。
それでも諦めない。
少しずつ形にしていく。
枝を引っ掛ける。
葉を重ねる。
さらに重ねる。
何度も何度も繰り返す。
気付けば太陽は真上にまで登り、昼を過ぎていた。
腹が鳴ると木の実を齧る。
それから作業に戻る。
数時間後また木の実を齧る。
完全に職人への道を辿ろうとしていた。
そんな時だった。
「お前木登り上手いな」
聞き慣れた声がした。
今日は見下ろす。
居た。
木の下。
煎餅を食べている。
暇神ことロキである。
「こんにちは」
「こんにちは」
何故か普通に挨拶してしまった。
「そういえばお前、普通に登るな」
「そうですか?」
「そうだぞ」
ロキは感心したように俺を見上げる。
俺は首を傾げた。
「ホテルでも高い場所の作業はありましたし。浴室の天井とか」
「関係あるのかそれ」
「分かりません」
実際分からない。
けど身体は勝手に動く。
木の枝を掴み。
足場を見付け。
登っていく。
何となくできる。
「猿か?」
「違います」
「似たようなものだろ」
「俺にも猿にも失礼ですね」
ロキは笑った。
失礼な神様だ。
「それで何してるんだ?」
「見れば分かるでしょう」
「分からん」
「屋根です」
「ああ」
納得したらしい。
何故分からなかった。
「屋根だな」
「雨漏りしない予定です」
「ほう」
ロキが少しだけ興味を示した。
珍しい。
いつもなら笑って終わる。
だけど今日は違った。
俺が真面目だからだろうか。
いや、そんな事はないな。
ロキだし。
「完成したら見せろ」
「珍しいですね」
「面白そうだからな」
やっぱりそれだった。
知ってた。
俺は再び作業へ戻った。
枝を組む。
葉を重ねる。
何度も確認する。
◇
──夕方。
漸く形になった。
「で、出来た……」
木から降りて見上げる。
完璧じゃないし家でもない。
小屋でもない。
けどそれは紛れもなく屋根だった。
ロキが現れる。
いつの間にか隣へ座っていた。
正直びっくりした。
「完成か」
「完成です」
俺は胸を張った。
人生で初めて屋根を自作した。
誇っていいと思う。
「そんなに嬉しいのか」
「嬉しいですよ」
「そうか?」
「昨日までは寝てる間に雨が落ちてきたんです」
「ああ」
「寒かったんです」
「ああ」
「最悪だったんです」
「そうか」
ロキは少し笑った。
そして。
「ちゃんと生きてるな」
ぽつりと呟いた。
「……」
少しだけ驚いた。
ロキの口からそんな言葉が出るとは思わなかったから。
「生きないと困るので」
「そうだな」
ロキは頷く。
そして立ち上がった。
「次は壁だな」
「そうなんですよ」
「頑張れ」
「手伝え」
「嫌だ」
即答だった。
知ってた。
知ってたけど腹は立つ。
「帰してください」
「それも嫌だ」
「それも知ってた」
最近はもう様式美である。
ロキは楽しそうに笑った。
そして空へ浮かぶ。
「じゃあな」
「また来るんですか」
「暇だからな」
それだけ言い残して消えた。
俺は完成した屋根を見上げる。
昨日より確実に前進している。
「よし」
小さく頷く。
次の目標は決まっていた。
「壁だな」
異世界生活六日目。
俺は人生で初めて屋根をこの手で作った。




