第5話「知識が欲しい」
目が覚めて最初に見たものは、昨日の努力の残骸だった。
「……」
木の枝。
葉っぱ。
傾いた屋根もどき。
崩壊した何か。
「知ってた」
昨夜の時点で薄々気付いていた。
あれは家ではない。
家を目指した何かだった。
そして夜中の雨で見事に崩壊した。
「やっぱり知識が無いと駄目か……」
深い溜息を吐く。
俺は客室清掃員だ。
家を建てる知識なんて無い。
あるのは清掃とベッドメイキングの知識くらいだ。
今欲しいのはそれじゃない。
もっと切実なやつだ。
「知識が欲しい」
屋根の作り方とか。
雨を防ぐ方法とか。
食べられる植物とか。
そういう知識だ。
魔法の知識でもいい。
異世界の常識でもいい。
とにかく何か欲しかった。
俺は川へ向かった。
朝の水を飲みながら考える。
昨日までは生きるだけで精一杯だった。
だけど、食べられる実を見付けた事で少しだけ余裕ができた。
水もある。
雨は最悪だったが死んではいない。
つまり次の段階へ進める。
「勉強するか」
異世界で初めての学習である。
学校も無い。
先生も居ない。
参考書も無い。
けど観察は出来る。
俺は四つ耳ウサギを探し始めた。
しばらく歩くと、案の定見つかった。
「居た」
四つ耳ウサギは木の実を食べている。
昨日俺が食べたものと同じ実だ。
「やっぱり食えるんだな」
メモは取れない。
紙もペンも無い。
だから頭へ叩き込む。
食べられる実。
覚えた。
次。
今度は鳥を見つけた。
青い羽を持つ見たことのない鳥だ。
「幸せの青い鳥か?」
器用に枝を運んでいる。
「巣か」
しばらく眺める。
枝を組み。
葉を敷く。
雨を防ぐように作っている。
「なるほど……」
勉強になる。
俺の崩壊シェルターより遥かに完成度が高い。
負けた気がした。
更に歩く。
今度はリスのような生き物を見つけた。
ただし尻尾が三本ある。
異世界なので驚かない。
もう慣れた。
少しだけ。
そいつも枝を運んでいた。
「みんな家を持ってるんだな……」
何だか悲しくなった。
ウサギにも家がある。
鳥にも家がある。
リスにも家がある。
俺にはない。
異世界五日目にして住居格差を感じていた。
「何してるんだ?」
頭上から声が降ってきた。
見上げる。
木の枝の上。
今日も煎餅を食べている。
暇神である。
(その煎餅を寄越せ……)
「勉強です」
「ほう」
「知識が無いので」
ロキは一瞬だけ目を丸くした。
そして面白そうに笑った。
「学ぶのか」
「学ばないと死にます」
「そうか」
「そうです」
ロキは煎餅を齧る。
バリッという音が森へ響いた。
「なら洞窟に住めばいいだろ」
「虫」
「ああ」
「虫が嫌なんです」
「知ってる」
「お」
初めて覚えていた。
少し感動した。
ほんの少しだけ。
「成長しましたね」
「俺を何だと思ってる」
「暇な神様」
「合ってる」
合ってるらしい。
ロキは満足そうに頷いた。
否定しろ。
少しは。
「それで?」
ロキが問う。
「何がです」
「何を学んだ」
俺は周囲を見回した。
四つ耳ウサギ。
青い鳥。
三本尻尾のリス。
みんな当たり前のように生きている。
そして俺だけ右も左も分からない。
だから。
「知らないから困るんだなって」
ロキは黙って聞いていた。
「家が作れないのも」
「うん」
「食べ物が分からないのも」
「うん」
「全部知らないからだ」
ロキは少しだけ笑った。
いつもの面白がる笑顔ではない。
どこか満足そうな顔だった。
「当たり前だろ」
「そうですね」
「知らないなら知ればいい」
「ですね」
その言葉に少しだけ肩の力が抜けた。
帰りたい気持ちは変わらない。
文明も恋しい。
餃子も食べたい。
唐揚げも食べたい。
ベッドも欲しい。
だけどその前に今は生きるしかない。
なら学ぶしか方法はない。
「まずは家だな」
ぽつりと呟くとロキが笑う。
「屋根と壁か」
「屋根と壁です」
真面目に答える。
切実だからだ。
ロキは腹を抱えて笑い始めた。
「はははっ!」
「何ですか」
「異世界へ来て最初の夢が屋根と壁か」
「重要ですよ」
「そうだな」
ロキは笑いながら立ち上がった。
そして空へ浮かぶ。
「頑張れ」
「手伝ってください」
「嫌だ」
「知ってた」
ロキは楽しそうに手を振った。
「じゃあな」
「帰してください」
「それも嫌だ」
そのまま消える。
「……」
俺は空を見上げた。
そして崩壊した昨日の残骸へ視線を向ける。
「よし」
やることは決まった。
まずは家だ。
正確には。
「屋根と壁を作ろう」
夢は小さい。
だが今の俺の最大の目標だった。




