第2話「寝床を探そう」
異世界生活一日目。
正確には数時間目。
俺は森の中で立ち尽くしていた。
「……」
右手を見る。
携帯浄水器。
左手を見る。
何もない。
「……」
もう一度右手を見る。
やっぱり携帯浄水器のみだった。
「どうしろと」
思わず呟いた。
異世界へ来た。
いや、来たと言うより放り込まれた。
元凶はロキとかいう暇を極めた神様だ。
思い出すだけで頭が痛い。
「よし、まずは落ち着こう」
状況整理だ。
財布なし、スマホなし、家の鍵なし、着替えなし、食料なし、寝袋なし、武器なし。
「終わってる」
絶望的だった。
携帯浄水器一本でどう生きろと言うのか。
文明社会で二十八年生きてきたただの一般人に対する扱いじゃない。
いや、異世界転移そのものが一般人への扱いじゃないけど。
「……帰りたい」
餃子。
パズル。
エアコン。
ベッド。
屋根と壁のある部屋。
そして文明。
恋しい。
非常に恋しい。
しかし嘆いていても状況は変わらない。
俺は深く息を吐いた。
「取り敢えず水か」
食料はなくても数日生きられる。
けど水は違う。
幸い携帯浄水器だけはある。
役に立つかは分からない、けど今はこれに頼るしかない。
森の中を歩き始める。
鳥の鳴き声。
風に揺れる葉の音。
聞いた事のない虫の羽音。
「……虫」
嫌な予感がした。
俺は虫が苦手だ、大嫌いだ。
小さい頃からずっとそうだった。
足が多いのも嫌だし、飛ぶのも嫌だし、触るのは論外。
異世界の虫なんて想像したくもない。
「頼むからデカくなるなよ……」
誰に向けた訳でもない願いを口にする。
すると。
──ガサッ
「ひっ」
反射的に振り返った。
しかし現れたのは小動物だった。
ウサギに似てる。
──耳が四本ある事以外は。
「……見なかった事にしよう」
ここは異世界。
そういう事もある。
きっとある。
多分ある。
俺は見なかった事にした。
数十分後。
水の流れる音が聞こえてきた。
「川か?」
足を速める。
やがて木々の隙間から水面が見えた。
「おぉ……」
思わず感動した。
紛れもない川。
しかも透明度が高い。
異世界初の希望である。
俺は川辺へしゃがみ込んだ。
携帯浄水器をポケットから取り出して水を汲む。
そして暗記していた説明書通りに浄水する。
数年前買った時に読み込んでおいた説明書。
「俺って記憶力良かったんだな……」
綺麗になったであろう水を恐る恐る飲む。
ゴクリと喉が鳴る。
冷たい、そして。
「ふっつーに水だ」
美味しい。
何か特別不調は感じない。
しっかりと浄水してくれてるらしい。
「水が飲めるだけありがたいか」
川を眺めながら座り込む。
少しだけ落ち着いた。
だけど、まだ問題は山積みだ。
「寝床どうしよう……」
太陽は少しずつ傾いている。
夜が来る。
夜の森……絶対に怖い。
確実に危険だ。
けど家はない。
宿もない。
テントもない。
俺にあるのは携帯浄水器だけ。
「携帯浄水器万能説とかないかな……」
ないだろうな。
知ってる。
俺は立ち上がった。
日が沈む前に寝る場所を探さなければ。
しばらく歩くと、大きな木を見付けた。
幹は太く、根も張っている、
多少の雨風なら凌げそうだった。
「今日はここでいっか……」
地面へ腰を下ろす。
硬い。
当然だ、土と根だから。
「ベッドって偉大だったんだなぁ」
改めてそう思う。
虫の声が響く。
異世界最初の夜が近付いていた。
「……帰りたいな」
ぽつりと呟く。
当然返事はない。
あの神様が居ないだけ平和だった。
そう思った瞬間──
『そうか?』
「うわぁあああっ!?」
飛び上がった。
心臓から口が出るかと思った。
(……あ、逆か)
目の前の空間に、半透明のロキが玉座に座ったまま浮かんでいた。
「なんで居るんですか!?」
『暇だから』
「帰れ!!」
『酷いな』
「元凶ですよね!?」
『そうだな』
認めた。
認めやがったよこの神様。
しかも全く悪びれていない。
「帰して下さい」
『嫌だ』
「なんでですか」
『面白そうだから』
やっぱり駄目だこの神様。
話が通じない。
ロキは楽しそうに笑ってる。
『まぁ頑張れ』
「他人事ですね」
『他神事だ』
「上手いこと言ったみたいな顔するな」
満足そうに頷くロキに非常に腹が立つ。
『ではな』
「待て」
『待たん』
ひらりと手を振り、そして消えた。
「……ろくでもない神様だ」
俺は深い溜息を吐きながら、迫り来る夜空を見上げた。
明日はどうしよう。
考える事は山ほどある。
だけど今は──
「おやすみなさい」
疲れたし取り敢えず眠ろう。




