【番外編】「ある日の酒場にて」
王都の街には酒場が多くある。
その中でも珍しく常時開いている一軒の酒場には、冒険者達がよく集っていた。
依頼を終えた者。
一杯引っ掛けてから依頼へ向かう者。
仲間と情報交換をする者。
理由は様々だが、この店 ”コウィンズ ” は常に賑わっていた。
「そういやさ」
一つのテーブルを囲んでいる若い冒険者が不意に口を開いた。
「シオンさんって、ずっとソロだよな?」
向かいに座っていた男が酒の入ったジョッキを傾ける。
「そうだな」
「何でパーティ組まないんだ?」
「……」
男の動きが止まった。
「いや、だってさ。シオンさんって人当たり良いし、誰にでも親切だろ?」
「あぁ」
「知り合いも多いし」
「そうだな」
「強いし」
「物凄くな」
「ヒールもちょっと使えるって聞いたぞ」
「軽傷の応急処置程度にな」
「だったら引く手数多じゃねぇの?」
「まぁ……そうだろうな」
「じゃあ何で?」
男はジョッキを静かに置いた。
「お前、シオンと組んだ事ねぇのか」
「ない」
「そうか……」
「何だよ」
何とも言えない表情を浮かべた男の隣で、別の冒険者が吹き出した。
「やめとけ。思い出すと笑えてくる」
「だから何なんだよ!?」
「あー……いやな」
男は堪えきれないように肩を震わせながら口を開いた。
「昔、一度だけ一緒に依頼受けた事があんだよ」
「シオンさんと?」
「あぁ。まだあいつも今程ランクが高くなかった頃だ」
◇
「今回の討伐対象はジャイアントマンティスだ」
森の中、四人の冒険者が一枚の地図を囲んでいた。
「この辺りで目撃情報が集中してる。まず俺とバルドが注意を引く。その間にシオンとーー」
「うん」
少し離れた場所で、シオンは木の幹に背中を預けて話を聞いていた。
いつも通りの穏やかな笑顔。
時折頷いてちゃんと聞いているようには見える。
「ジャイアントマンティスは前脚の攻撃範囲が広い、真正面から不用意に近付くな。それからーー」
ーーひらひら
「……」
シオンの目の前を一匹の蝶が横切った。
淡い青色がグラデーションになっている美しい羽。
ーーひらひら
「……」
シオンの視線が蝶を追う。
追うと言うよりも、釘付けだ。
蝶が一度、木の枝に止まった。
「綺麗だなぁ……」
シオンの微かな呟きは作戦を練っているメンバーの耳には届いていない。
ふわりと再び蝶が飛ぶ。
「あ」
蝶が飛ぶ方へ、シオンも一歩、また一歩と進んで行く。
「それで、シオンには後ろからーー」
ーーひらひら
ーーふらぁ〜
誰も気付かなかった。
「ーーって感じで行こうと思う。何か意見あるか?」
「俺はそれがいいと思う」
「俺もその案に賛成だ」
「じゃあこれで行くぞ」
「あぁ」
「……」
「……ん?」
一人が辺りを見回す。
「シオンは?」
「え?」
他の二人が同時に顔を上げる。
さっきまでシオンが居た木の傍には、今は誰も居ない。
「……あれ?」
「シオン?」
「おーい!シオン!」
返事はない。
「どこ行った!?」
「さっきまでそこに居ただろ!」
「まさか魔物に襲われたんじゃ」
「だったら俺達が気付きもしないとか有り得ねぇだろ!」
ーーガサッ
三人が一斉に各々の武器を構える。
草むらが大きく揺れ、そしてーー
「あ、作戦会議終わったぁー?」
「……」
現れたのはシオンだった。
頬には返り血。
服にも黄緑色の飛沫が付いている。
怪我をしている様子はない。
「シオン!?」
「どこ行ってたんだよ!」
「ごめんごめん」
いつもの柔らかい笑顔。
「ちょっと向こうまで」
「散歩じゃねぇんだから……」
ズルッ。
何かを引き摺る音がした。
「……ん?」
シオンの後ろ。
草むらから巨大な何かが姿を現した。
緑色の硬い外殻。
巨大な鎌。
人間の身体など簡単に切り裂けそうな前脚。
但し、既に死んでいる。
シオンが片手でその脚を掴み、引き摺っていた。
「……」
「……」
「……」
「なんか居たから狩ってきたよー」
シオンが笑う。
三人の視線が巨大な魔物に釘付けになる。
「お前……」
「ん?」
「それ……」
「うん?」
「討伐対象のジャイアントマンティスじゃねぇか!!」
「……あれ?」
シオンが自分の後ろを振り返る。
引き摺って来た巨大な魔物を見てから、もう一度三人に視線を戻す。
「これだっけ?」
「そうだよ!!」
「よかったぁ」
「よくねぇ!!」
リーダーの絶叫が森に響いた。
「何で一人で行った!?」
「一人で行ったというか……」
「違わないだろ!?」
「蝶がいたから」
「……蝶?」
「うん」
「……」
「綺麗だったんだよ」
「……」
「それで追い掛けてたらこいつがいたから」
「……」
「お土産になるかなぁと思って狩った」
黙る三人に首を傾げるシオン。
「どうしたの?」
「お前なぁ……」
「結果的に討伐出来たんだしいいでしょ?」
「そういう問題じゃねぇ!」
「違うの?」
「危ねぇだろうが!!」
「……はぁい」
シオンは少しだけしょんぼりした。
「……」
叱りづらい。
非常に叱りづらい。
「と、とにかく!」
リーダーは頭を抱えながら叫んだ。
「勝手に居なくなるな!」
「ごめんね」
「作戦会議中だったんだぞ!?」
「うん」
「聞いてたのか!?」
「途中までは」
「途中までぇ……」
「蝶が来るまではちゃんと聞いてたんだよ?」
「俺たちは蝶に負けたのか……」
誰かが力無く呟いた。
◇
「ーーって事があった」
「……」
若い冒険者は呆然としている。
「ジャイアントマンティスって……結構上位の討伐対象だったんじゃ」
「そうだ」
「それを一人で?」
「そうだ」
「作戦なしで?」
「本人曰く、蝶追い掛けてたとよ」
「……」
別の男が笑いながら口を挟む。
「まだあるぞ」
「他にも!?」
「護衛依頼で一緒になった時なんかなぁーー」
「やめろ」
「何でだよ」
「朝まで終わらなくなる」
「そんなに!?」
テーブルに笑い声が広がった。
「じゃあさ、やっぱりシオンさん、別に人嫌いじゃないよな?」
「寧ろ好きだろ」
「この前も一緒に飲んだぞ」
「飯誘えば普通に来るしな」
「それじゃ本当に……」
「あぁ」
男はジョッキを持ち上げた。
「あいつ、団体行動が苦手なんじゃねぇ」
一口酒を飲み。
「下手なんだよ」
「……」
「悪気なく一人でどっか行く」
「蝶に誘われたり、蟻の行列辿って行ったり」
「蟻……」
「で、気付いたら依頼達成して帰ってくる」
「それで今Aランク?」
「そういう事だ」
若い冒険者が頭を抱えた。
男達は面白そうに笑う。
「だからシオンはソロなんだよ」
「本人もソロって事に対して何も気にしてないしな」
「何の話してるの?」
「「「うわっ!?」」」
いつの間にか、テーブルのすぐ横にシオンが立っていた。
「シオン!」
「いつから居た!?」
「今来たところだよ」
にこにこと笑っている。
「楽しそうだったからさ。僕達も混ざっていい?」
「おう、いいぞ!」
「ありがとう」
何も知らないシオンと凪は空いている椅子へ座る。
「何の話?」
「いや何も気にするな」
「それより、そっちの兄ちゃんは?」
「初めまして、水瀬凪です」
「僕のお友達だよ」
「そうかそうか!」
「新しい友達できたかぁよかったなぁ」
「二人とも飲め飲め!」
差し出された酒を受け取り、シオンは楽しそうに笑い、凪は困惑しながらも礼を言う。
昔から、そして今も。
シオン・ロウという冒険者は何一つ変わっていなかった。




