第17話「ただの水じゃないらしい」
ギルドマスターに連れられて、俺とシオンはギルドの奥にある部屋へ入った。
中央には大きな木製の机。
その向こう側にギルドマスターが腰を下ろした。
「座れ」
「はい」
「失礼します」
シオンに続いて椅子に座る。
何だろう。
別に悪い事をした訳じゃないのに妙に緊張する。
中学の時に校長室に呼び出された時と似た感覚だ。
「さて」
ギルドマスターが太い腕を組む。
「まず、自己紹介からだな。俺はこの冒険者ギルドのギルドマスター、ジェイクだ」
「水瀬凪です」
「ナギ、だな」
「はい」
ジェイクさんの視線が俺の持っている携帯浄水器へ移る。
「で、それは何だ」
「携帯浄水器です」
「ケイタイ……?」
「あー……水を綺麗にする道具です」
手に持っていた携帯浄水器を机の上へ置く。
「衛生面で心配な水でも飲めるようにする物です」
「それだけか?」
「はい」
ジェイクさんの眉間に皺が寄った。
「シオン」
「はい?」
「お前から説明してくれ」
「僕もそれ以上は知りませんよ?」
「何だ、お前も知らねぇのか」
「はい」
にこにこしながら答えるシオン。
ジェイクさんが深い溜め息を吐いた。
「じゃあ何でルークにそれの水を飲ませた?」
「僕も一回飲んでるからです」
「……何?」
「あの水で救われたんですよ、僕」
ジェイクさんの目付きが変わった。
「どういう事だ」
「依頼完了して王都に戻る途中、ロックボアに遭遇しまして」
「あぁ、今回の討伐依頼対象か」
「それでまぁ、ちょっとしくじっちゃって」
あはは、笑うシオンにジェイクさんも呆れ気味だ。
「どの程度やられたんだ」
「腕と足をやられて、結構出血もしちゃってて。歩くのもギリギリだったかなぁ」
「それで?」
「取り敢えず討伐してから休める場所を探してる途中でナギと会って、水を貰ったら全部治りました」
「全部だと?」
「はい。もう綺麗さっぱりと」
「……」
ジェイクさんが黙った。
俺も口を開けない。
そんな中でシオンだけがいつも通りだ。
「だからルークにも試してみたんです」
「人を実験台にすんな」
「治ったんだし結果オーライですよ」
「お前は昔からそういうところが……」
ジェイクさんが額を押さえる。
昔から?
どうやらシオンとは長い付き合いらしい。
「まぁいい。それで、ナギ」
「はい」
「お前はこれが何で傷を治すのか知らねぇんだな?」
「知りません」
「魔道具じゃねぇのか?」
「少なくとも俺が元居た場所では違います」
「元居た場所?」
「あ……」
どう説明しようか俺が言葉に詰まっていると、隣からシオンが口を挟んだ。
「ナギ、随分と遠い所から来たみたいなんですよ」
「どこからだ」
「ニホン、だったっけ?」
「日本」
「聞いた事ねぇな」
「僕もです」
そりゃそうだろうな。
この世界には存在しないんだから。
「まぁ、その辺は今はいい」
助かった。
「重要なのは、その道具を通した水だ」
ジェイクさんが机の上の携帯浄水器を指で示す。
「お前、自分が何持ってるか分かってねぇだろ」
「水を綺麗にする物……」
「そうじゃねぇ。さっきのルークの怪我は治癒師にヒールしてもらったとしても、完治には十日前後掛かる。それだってヒールを依頼するにも金が掛かる」
「はぁ……」
「それをお前はたった一杯の水で治した。それも数秒でだ」
「……」
改めて言われると、とんでもないな。
「しかも、シオンの大怪我まで治したんだろ?」
「みたいですね」
「ヒールの心得もあるAランクのこいつが自力でどうにも出来なかった深傷を、か」
「……ん?」
今、何か聞き捨てならない言葉が混ざってた。
「ちょっと待って下さい」
「あ?」
「今、Aランクって言いました?」
「言ったが」
「……誰が?」
ジェイクさんが無言でシオンを指差した。
俺もそちらを見る。
シオンがにこっと笑った。
「僕」
「……」
「……」
「ぇえ……?」
「あはは」
待て待て待て。
「シオン、Aランクなの?」
「うん」
森で巨大な猪を一瞬で切り伏せた姿を思い出す。
あの時何が起きたのかすら俺には分からなかった。
それに、自分を瀕死に追い込んだというロックボアをちゃんと討伐して依頼を達成している。
「……あー、納得かも」
「そっかぁ」
「どうして言わなかったんだよ」
「聞かれなかったから」
「確かに聞かなかったけども!」
ジェイクさんが盛大に溜め息を吐いた。
「Aランクなんざ、この王都でもそう何人もいねぇ」
「すごいんじゃん!」
「まぁ、それなりに?」
「こいつは昔からこうなんだ。諦めろ」
「あははは」
「話戻すぞ」
「あ、はい」
ジェイクさんの一言で姿勢を正す。
「その水……って言うより、その道具だな」
再び携帯浄水器へ視線が集まる。
「シオンの怪我とルークの骨折。この二つだけでも、下手なポーションなんかより遥かに高ぇ効果がある」
「うん、それは僕もそう思う」
「だからこそ、人前でホイホイ使うのはやめとけ」
「え?」
「価値がハッキリしねぇうちに見せびらかすようなもんじゃねぇ。今日みたいな事をその辺で何度もやってりゃ、良からぬ事を考える奴も出てくる」
「あぁ……」
そこまで考えてなかった。
シオンを助けた時は求められて水を渡した。
さっきはシオンに言われてルークに飲ませただけ。
俺にとっては、どちらもただの水だったから。
「ナギ」
隣から呼ばれてシオンを見る。
「これはちゃんと聞いておいた方がいいね」
いつもの柔らかい表情。
でも、その声は少しだけ真剣だった。
「うん」
「まず、その道具そのものは不用意に他人へ渡すな」
ジェイクさんが続ける。
「それと、どれだけ水が作れるのか、何に効くのか、どこまで治せるのか。それを調べる必要がある」
「調べる……」
「あぁ」
ジェイクさんは椅子の背凭れへ身体を預けた。
「それが分からねぇと値段も付けられん」
「え、値段?」
「お前、金持ってるのか?」
「あ……ゼロです」
「だろうな」
「何で分かったんですか」
「これでもギルドマスターだからな。そんなもん見てりゃ分かる」
ですよねー。
「今はシオンの家に世話になってんのか?」
「そうです」
「いつまでも居候って訳にもいかねぇだろ」
「それはそうですね」
「僕はいつまでいてもいいけどね」
「お前は黙ってろ」
「はい」
やめろしょんぼりすんな面白いから。
「働きてぇなら丁度いい」
ジェイクさんが携帯浄水器を指差した。
「そいつを使え」
「これを、ですか」
「あぁ」
「でもこれでどうやって……」
「お前はまだ分かってねぇのか」
ジェイクさんがニヤリと不敵に笑った。
「ナギ」
「はい」
「お前ーー」
ゴツい指が、机の上の携帯浄水器を軽く弾く。
「それで稼げるぞ」
ーー俺はこの日初めて。
異世界へ持ってきた、たった一つの道具が、俺の生活を支えるかもしれない物だと知った。




