第11話「森で出会った男」
異世界へ来て一ヶ月が経った。
人間というのは恐ろしいもので、環境に適応出来たりする。
最初の頃は木の実を食べるのも恐る恐るだったのに、今ではどんな実が美味しいのかとか危険なのかとか葉を見ればある程度は判別出来るようになった。
川へ水を汲みに行くのも日課になった。
屋根も壁も床も作った。
ぬるくて痛い岩風呂も作った。
「ちょっと快適かもしれないとか思い始めてるあたり慣れって怖いなぁ」
そんな独り言を零しながら川でいつものように携帯浄水器のボトルに水を汲む。
「安心して水が飲めるのはお前のおかげだよ」
なんだかんだでこいつを持ってきて良かったのかもしれない……欲を言えば二つ三つ持って来たかったけど。
異世界で唯一、日本から持ってこられた俺の相棒。
その時、ガサッと近くの草むらが揺れた。
「ドデカ虫か!?」
身構えたが、現れたのは大きな虫型の魔物とかではなかった。
「ひ、人……?」
鎧を身につけている男。
肩で息をして、腕には深い切り傷、足も引き摺っている。
男は俺を見るなり力が抜けたように膝をついてそのまま倒れ込んだ。
「え……ちょっ!?」
慌てて駆け寄ると意識は辛うじてある。
けど大分苦しそうだ。
「どうしたんですか!?」
返事をする余裕も無さそうで、呼吸は浅く顔色も悪い。
「どうする……」
応急処置をするにも俺には大した知識は無い。
出来る事は本当に限られているけど、それでも放っておく訳にもいかない。
「み、水……」
男の掠れた声に俺は慌てて携帯浄水器の蓋を開けて差し出す。
「ゆっくり飲んで下さい」
男は困惑しながらも震える手で受け取った。
「ここから水が出ますよ」
(無理もない、携帯浄水器もこんなボトルも見た事はないんだろうな)
背に腹はかえられないといった様子で男は水を口にした。
ゴクゴクと喉を鳴らしている。
「……んん?」
傷口がゆっくりと治り始めた。
出血が止まり、裂けた皮膚が塞がっていく。
「は……?」
俺は目を疑った。
いやいや、そんな馬鹿な。
水だぞ?ただの。
正確には浄水器を通した水な訳だけども、それでもただの水である事に変わりは無い。
男自身も信じられないという顔をしている。
腕を見つめ、傷があった筈の箇所に触れて何度も確認している。
「う……嘘、だろ?」
俺の気持ちを代弁してくれている様な呟き。
「え?」
男が俺を見る。
俺も男を見る。
「え?」
静かな森になんとも言えない沈黙が流れた。
「……えぇ?」
思わず間の抜けた声が漏れた。
お互いに理解が出来ないこの状況。
異世界生活一ヶ月目にして、俺は初めてーー
この携帯浄水器が、ただの浄水器ではないと知った。




