城塞都市バシム2 74
分厚い城壁の下をくぐり、門の向こう側に踏み入る。門を抜けると、そこは小さな広場になっており、正面と左右に大通りが続いていた。その通りの左右に二階建ての建物が並んでいたが、その通りの端には騎士がずらりと並んでおり、周囲を警戒している状態である。
「……物々しいね」
「だ、大丈夫です。何かあったら、私が魔術で……」
俺の言葉に、ミドが震えながらそう口にした。怖いながらも守ろうとしてくれているらしい。そのミドの言葉にカラビアまで頷いてる。いや、君は戦えるのか?
そんなやり取りをしていると、フロンスは難しい顔で頷いた。
「申し訳ない。情けない話だが、一部の住民は帝国に従った方が良いと思っていてな。もし、そういった者の中から過激な方法に出る者が現れたら……」
深刻そうにそう呟いたフロンスに、ラウムは眉を八の字にして周りを見渡す。通りを歩く人はそれなりにいるのだが、確かに雰囲気が暗く感じる。それに、痩せた者が多いという印象を受けた。面白そうな服を並べた店や飲食店らしきものも見えたが、見て回るのは難しそうである。
そのまま黙って街の奥にある一際大きな建物まで移動し、リリー達と一緒に中に入った。石造りの三階建てで幅が広い為、かなりの存在感を放っている。
「代官はおられますか?」
「おります。案内しましょう」
フォルの質問にフロンスが答え、三階まで上がった。メイドや執事、衛兵の姿もあったが、皆表情が暗い。街を治める代官の館でこの状態とは、中々深刻そうである。
三階は三部屋しかないようだった。階段を上がってすぐの部屋に案内され、フロンスが扉をノックする。
「どうぞ」
少し高い声がして、フロンスが「失礼する」と声を掛けながら中に入った。リリー達の同行者として何食わぬ顔で入室する。
部屋は大きな窓が奥にあり、思ったより明るかった。真ん中に大きな執務机があり、左右には天井まである本棚がびっしり並んでいた。手前には三人掛けくらいのソファーが二脚とテーブルがあるが、そこには誰もおらず、執務机の奥に小柄な人影があった。
「フロンス殿が訪ねてくるのは珍しい……えっ!?」
部屋の主はフロンスを見て苦笑し、すぐにリリーの姿に気が付いて立ち上がった。
「り、リリー王女!?」
小柄だと思っていたが、どうやら女性だったらしい。濃い赤髪の女性だ。年齢は三十代ほどだろうか。リリーの姿に緊張が滲んだ表情をしている。
「城塞都市、バシムの代官を任されております。セーレ・マルセムと申します!」
女性はセーレと名乗り、頭を下げた。それを見て、リリーが前に出て口を開く。
「セーレ。宜しくお願いいたします。それで、城塞都市バシムの状況を教えてください。もしかしたら、何か力になれるかもしれません」
その言葉に、セーレは胸の前で手を合わせて祈るような格好になる。
「あ、ありがとうございます! ただ、王都もかなり厳しい状況が続いているようですが、大丈夫でしょうか……」
セーレがそう口にすると、リリーは真剣な顔で頷いた。
「その通りです。なので、もしかしたら何もできないかもしれません。それでも、何か手助けができたらと……」
リリーのその真摯な言葉と態度に、セーレが涙ぐむ。
「……リリー王女の御心に感謝を。我がマルセム男爵家は王家への永遠の忠誠を誓います」
セーレが頭を深く下げてそう告げ、後ろでフロンスも涙ぐむ。中々見ることができない光景である。対して、リリーは自然体で首を左右に振り、微笑んだ。
「こちらこそ、素晴らしき家臣の忠誠に感謝を」
そんなやり取りを見て、今度はラウムとフォルまで涙ぐむ。皆泣いてるじゃないか。どうなっている。
若干置いてけぼりを食らっているような気分になっていると、セーレが片手で涙を拭い、口を開いた。
「情けない話ですが、我が街は国内でも外れにある地の為、物流が著しく悪くなっております。食料は通常の十分の一になり、防衛の為に騎士団と衛兵のみ一日二食とし、他の者は一日一食の生活を二か月ほど続けております。他にも足りないものはありますが、まずは食料の確保が急務かと……」
そう口にして、セーレは深く溜め息を吐いた。机の上には多くの書類が積み上げられているが、食料を得る為に奔走しているのだろうか。
「そうですか……冒険者などに魔獣を狩ってもらうことはできないのでしょうか?」
リリーがそう尋ねるが、セーレは首を左右に振る。
「冒険者の殆どが他国へ移ってしまいました……残っているのは傭兵と兼業している者達くらいでしょうか。しかし、そういった者は帝国の間者の恐れもある為、基本的には信用できないと判断しております」
セーレは厳しい表情でそう語り、リリーの顔を見た。その視線を受け、リリーは真剣に悩む素振りを見せるが、こちらを見ようとはしない。
もしかしたら、自分たちでどうにかできるなら自分たちの手で解決しようと考えているのだろうか。それは立派な心掛けだが、外部からの補給が無いならば厳しいだろう。
そう思い、そっと手を挙げて口を開く。
「……えっと、ちょっと良いかな?」
俺が口を開くと、セーレやフロンスが怪訝な顔をした。すぐ後ろに隠れるように立っていたミドが、服の裾を掴む感覚がある。
「大丈夫だよ」
ミドとカラビアに横顔を向けて、微笑みつつそれだけ言って、再びリリーに顔を向けた。
「ソータ様……その、御力をお貸しいただけるのでしょうか……」
不安そうなリリーの顔に、眉根を寄せて笑う。
「まぁ、力になれるかは分からないけど、提案なら……」
任せろなどと言えるわけもないので、そんな消極的な言葉になってしまった。それに、セーレとフロンスが更に怪訝そうな顔になる。
「あ、あの、リリー王女……その、こちらの御仁は……?」
「もしや、最高ランクの冒険者という……?」
二人は僅かに希望を見出したような顔でそう呟いた。その目を見て申し訳ない気持ちになりつつ、正直に答える。
「あ、すみません。冒険者のランクはFなんで……」
そう答えると、二人は肩を落として落胆した。
「Fランクなら魔術師ですらありませんよね……」
「見た目からして、どこかの大商会というわけでもなさそうだ……」
二人は小さな声でぶつぶつ言っているが、思いきり聞こえている。まぁ、期待した分ガッカリ感がすごかったのかもしれない。
それに、フォルとラウムが慌てて首を左右に振る。
「そ、ソータ様は冒険者などの枠には収まらぬ御方ですから!」
「その通りだ! まずは、ソータ様の御言葉を!」
二人が慌ててそんな態度をとるので、セーレとフロンスが困惑した様子をみせた。
「リリー王女だけでなく、お二人までソータ様、と……一体、この方は?」
セーレがそんな疑問を口にしたので、リリーがこちらに何かを確認するような視線を送ってきた。仕方ない。信用されないことには手を貸すのも難しいだろう。
そう思い、頷いておく。こちらが了承したと判断したリリーは、パッと笑顔になってセーレ達に振り返った。
「はい。この御方は我々が探し出した森の賢者、ソータ様です!」
ジャジャーン。そんな効果音がしそうな感じでリリーが俺を紹介した。その言葉に、セーレとフロンスの目が点になる。
数秒ほど経っただろうか。沈黙が場を支配した後、セーレの目に涙が浮かんだ。
「……リリー王女。それほどまでに思いつめられて……」
セーレがそう呟くと、フロンスの目からも涙が溢れた。
「お、おお、おいたわしや……」
二人がそんな言葉を発しながら静かに涙する姿を見て、リリーが両手を振って自らフォローに向かう。
「ち、違うのです! 本当に森の賢者様に!」
リリーが必死に弁明しようとするが、二人は首を左右に振るばかりである。
「大丈夫ですぞ、リリー王女」
「我々は、どのような状況になろうと王女の味方ですぞ! 気を強く持ってくだされ!」
二人の忠臣の言葉に、リリーは情けない顔でこちらを見る。ちなみに、フォルとラウムはもう説得を諦めて黙っていた。
まぁ、簡単には信じられないんだろうね。昔ばなしとかに出てくる存在なんだろうし。
実際には俺自身も森の賢者とやらの伝説を知らないのだが、セーレ達相手には都合が良いのでそのままとしておこう。
そんなことを思いつつ、タブレットを取り出した。
「えっと、この街を改造しても良いかな?」
「え?」
一言口にすると、セーレが眉根を寄せてこちらを振り返った。




