城塞都市バシム 73
北門と呼ばれる城門を目指した。だが、遠目からでも何かがおかしいことに気が付く。
「……城壁の上に兵士が並んでおりますな」
「ただの衛兵の配置ではありませんか?」
「いや、死の森しかない北側には通常二名程度のはずだ。今は、十名は配置されているように見えるぞ」
ラウムとフォルがそんな会話をしている。
「良くない状況?」
そう尋ねると、フォルが険しい顔で唸った。
「……もとより、ティアバルナ帝国との関係が悪化している状況にありましたが、実際に侵攻されるようなことはありませんでした。まさかとは思いますが……」
フォルのその言葉を聞き、リリーに視線を向ける。リリーは何かを考え込むような仕草で俯き、数秒ほどして顔を上げた。
「……帝国からは国内が荒れるように圧力が掛けられていました。国境に騎士団が配備され、今にも戦争が始まってしまうかのような状態を維持されました。他国にまで圧力をかけて貿易を制限し、国内が衰弱するように仕向けています。帝国の目論見通り、国内は徐々に疲弊し、一部では王族への不満が高まっていて、内乱の恐れも……」
その言葉に、思わず眉間に皺が寄る。
「だ、大丈夫なの? 王女ということは言わずに入った方が良い?」
そう尋ねるが、リリーは首を左右に振った。
「現状を正しく把握する為にも、身分は偽らずに赴きます。それに、バシムに常駐している騎士団の団長は知っていますから」
「……了解」
リリーの言葉にそう答えてから、俺たちは改めて城門を目指した。色々と気になるが、まぁ困ったら逃げれば良いだろう。とりあえず、保険はかけておこうか。
そんなことを思いながら城門を目指していると、城壁の上から衛兵が叫んだ。
「そこの者! 足を止めよ!」
大きな声だ。死の森側とティアバルナ帝国側ということもあり、衛兵の声には警戒心が籠っているように感じた。
言われた通りに足を止めると、城門の方から馬に乗った騎士達が十名ほど向かってきた。リリー達は落ち着いてそれを見つめ、待つ。
「何者だ!」
十名の騎士達の中心にいる男から声を掛けられた。髭を蓄えた中年の騎士だ。銀色の鎧姿で、青いマントを羽織っている。それを見て、リリーの表情が僅かに緩んだ。
騎士の問いかけに、ラウムが前に出て顔を上げる。
「元近衛騎士、騎士団長のラウム・オティスである。王家の極秘任務を実行し、帰還した! バシムの都市騎士団の団長、フロンス殿はおられるか?」
ラウムがそう言って騎士を見上げると、大きく動揺した様子が見られた。
「……し、しばし待たれよ!」
騎士は一瞬リリーに視線を送り、慌てた様子でバシムへと舞い戻っていった。
内乱というわけではないだろうが、何か問題はありそうだ。
「……本当に大丈夫?」
もう一度だけ聞いてみた。それに、リリーは強張った顔で顎を引く。
「も、勿論です。お、恐らくですが……」
そんな会話をしながら待っていると、程なくして騎士達が帰ってきた。
「ら、ラウム殿が来られたと聞いたが……っ!」
先ほどの騎士と同年代らしき中年の騎士が怒鳴りながら馬に乗って走ってくる。騎士の数は変わっていないことに安心した。
「おお、フロンス殿! 久方ぶりである!」
ラウムが両手を広げて騎士に呼びかけると、フロンスと呼ばれた騎士が馬から降りて傍まで来た。
「う、うむ! まさか、こんなところでラウム殿に会えるとは……それに、そちらの方はもしや……」
フロンスは汗も拭わずにラウムに返事をし、リリーの方に視線を向ける。それに、リリーは緊張した面持ちで口を開いた。
「……リリー・アン・セルディカです。バシムで問題が……?」
そう尋ねると、フロンスたちはすぐにその場で跪いた。
「り、リリー王女! まさか、こんなところで……っ!」
恐縮し、声を震わせるフロンス。他の騎士達も大体が同様の反応を示した。王家の力をひしひしと感じるが、それは全ての民に対してそうなのか。それとも、フロンス達にのみ通じる力なのか。
「畏まる必要はありません。率直に、現状をお伝えください」
リリーが凛とした態度でそう尋ねると、フロンス達は地面に跪いたまま答える。
「は、はい……現在、セルディカ国内の各地で内乱が発生し、各都市の騎士団はその対応に追われております。対して、憎き帝国からは属国になれば食料や経済的な援助も行う、と」
フロンスは悔しそうにそう答え、リリーは目を鋭く尖らせる。
「……そうですか。それで、バシムの城壁の上にも多くの兵を?」
リリーが聞き返し、フロンスが頷く。
「はい……正直、バシムももう限界が近いでしょう。そうなった時、我々だけではリリー様をお守りすることができないかもしれません。情けない話ですが、そのまま王都まで戻った方が良いと思われます。王都であれば我が国最大の王都騎士団がおりますし、最も精強な近衛騎士団も……」
申し訳なさそうにフロンスがそう言い、ラウムは低い声で唸った。
「なんと、それほどの状況とは……」
その会話に、フォルが少し芝居がかった様子で口を挟む。
「ちょっとよろしいですか?」
フォルが声を掛けると、フロンスとラウムが振り返る。それに軽く咳ばらいをして、フォルは笑みを浮かべた。
「実は、この状況を打開する手段をリリー様が見つけました。それは……」
フォルが何かを言いかけ、後ろからリリーが背中を叩く。
「つぉっ!?」
悲鳴を上げるフォル。それを見て、フロンスが片方の眉を上げた。
「打開する手段とは……」
その言葉に、リリーが明らかに焦りをみせる。
「あ、そ、それは、まぁ、また陛下に説明をしようかと思います。とりあえず、我々はバシムに入れませんか? 一度、旅の準備をしたいと思っているのですが……」
リリーが誤魔化すようにそう告げると、フロンスが複雑な表情に戻った。
「それは……いえ、リリー王女が望むなら、是非もありません」
覚悟を決めたような表情になり、フロンスは頭を下げる。
とりあえず、街に入ることはできそうなので安心したが、リリー達の身に危険が迫りそうな気もする。
「……大丈夫でしょうか」
ミドも不安そうだ。
「……困ったら逃げられるようにしとくよ」
「わ、分かりました」
そんな話をしつつ、フロンスの案内で城塞都市バシムの城門へ向かう。城門の前まで来ると、その見上げるような高さに度肝を抜かれた。高さは二十メートル以上はありそうだ。確かに、大型の魔獣も簡単には突破できないような強大さを感じる。
門の前まで行くと、フロンスが声を掛ける。門はすぐに開かれたが、街の中では騎士達が緊張した面持ちで待っていた。




