佐藤君の災難
東京の最も南のエリアに大田区がある
大田区の中で最も大きな街が蒲田だ
新編武蔵風土記によると、かつて蒲田は梅の木村と呼ばれ、梅の名所だった
江戸時代には歌川広重が蒲田の梅を描いていて、蒲田梅屋敷と呼ばれたらしい
現在でも蒲田の属する大田区の「区の花」は梅である。
JR蒲田駅より東急池上線の蓮沼駅の方が近い場所にそのアパートは建っていた
年季の入った木造モルタルの2階建て
ひび割れ模様の広がった外壁
歩くとギシギシときしんだ音がする渡り廊下
風呂なし共同トイレで部屋は6畳一間 そのアパートの名前は「泉荘」
泉荘で共同生活をしていた佐藤君の話をしよう
佐藤君は小学校の頃
その小学校の校門のすぐ近くに住んでいた
家の裏には川(鏡川)が流れていてボラの稚魚が泳いでいた
佐藤君は当時から流行に敏感なところがあった
家に遊びに行くとシーモンキーを飼っていた
当時流行っていたアメリカン・パイという曲の
(ドン・マクリーンが1971年にリリースしたシングル)
親指に星条旗が描かれていたポスターが壁に貼ってあった
佐藤君は小学校の頃
冬のどんなに寒い日でも短パンにハイソックスだった
髪の毛も前髪は長髪で
少年画報の表紙に出てくるような恰好をしていた
「あの垢抜けした男の子はどこの子やろか?」
僕の母が言った
「あ~どい新町の佐藤君たい!」
そんな会話を覚えている
一人部屋の蛍光灯から垂れ下がった紐の先に
小さなタイヤのようなオレンジ色した輪っかが揺れていた
その佐藤君がある日
雨でもないのにずぶ濡れで泉荘に帰ってきた
伊藤君も僕もその姿に驚き
「どがんしたと?」
と佐藤君に聞いた
少し半べその佐藤君に訳を聞いた
当時、代々木ゼミナールという予備校に通っていた佐藤君は
予想以上に悪かった模擬試験の結果に落胆し
JR蒲田駅から泉荘への道を
足取り重くとぼとぼと歩いていたのだそうだ
それでも気持ちの切り替えの早い佐藤君は
「よ~し、次の模試向けてがんばらんば」
と立ち止まって空を見上げたそうだ
その時、見上げた空の左側に
アパートの2階に干されていたピンク色の
女性物のパンティが目に入ったそうだ
つい佐藤君は、そのパンティに目が釘づけになってしまったそうだ
すると突然、そのパンティを干してある2階の窓から
どう見ても年配のおばさんが
「この~痴漢~~!」
と叫んで青いバケツからたっぷり入ったお水を
佐藤君の頭からを勢いよく注ぎかけてきたのだそうだ
佐藤君はほんの2,3秒の出来事だと言っていたが
本当は2,3分見とれていたのかもしれない
佐藤君のずぶ濡れの原因は分かったが
伊藤君と僕は佐藤君のあまりにもの落ち込み方に
大笑いできなかった
泉荘の小さな台所で
パンツ1枚になったO君が
濡れたTシャツを洗っている
「若い女性ならまだしも、あがんおばさんに・・・・」
とブツブツ言っているのを横目で見て
伊藤君と僕は笑うのを必死で我慢していた
お読みいただきありがとうございました。




