伊藤君の奇跡
東京の最も南のエリアに大田区がある
大田区の中で最も大きな街が蒲田だ
新編武蔵風土記によると、かつて蒲田は梅の木村と呼ばれ、梅の名所だった
江戸時代には歌川広重が蒲田の梅を描いていて、蒲田梅屋敷と呼ばれたらしい
現在でも蒲田の属する大田区の「区の花」は梅である。
JR蒲田駅より東急池上線の蓮沼駅の方が近い場所にそのアパートは建っていた
年季の入った木造モルタルの2階建て
ひび割れ模様の広がった外壁
歩くとギシギシときしんだ音がする渡り廊下
風呂なし共同トイレで部屋は6畳一間 そのアパートの名前は「泉荘」
50数年間生きてきて
あれほどの偶然の奇跡に驚愕した夜は他にはない
そんな事が起きたのは
まだ残暑の続く9月の初旬だった
伊藤君と佐藤君と僕は泉荘から蒲田駅へ行き
JR京浜東北線から品川駅でJR山手線に乗り換え新宿駅へ向かったいた
たまには新宿でお酒でも飲もうやということになり
新宿駅の東口で同じ地元出身の他の何人かと
待ち合わせをしていたのだ
僕たち地方から出て来た人間にとって
新宿の歌舞伎町ほど刺激的な街はなかった
おくんちでもないのに
大勢の人が行き交い
喧噪と眩しいネオンに彩られた街
常に何かが起こりそうな危険な
それでいて甘い香りに満ちていた
僕らはお酒を飲む前から興奮していた
大声で話す九州弁に振り返る人など誰もいない
待ち合わせたメンバーが全員揃うと適当な居酒屋を見つけ
なぜかビクビクしながらお店に入った
時間はまだ昼間の明るさを残す19時頃だった
刺激的な街にいる興奮からか僕たちのお酒の
ピッチはどんどん上がって行った
2時間程経過したとき真っ青な顔をした伊藤君が
「少し悪酔いしたけん、先に帰る」
と言い出した
「大丈夫や?」
みんな声をかけるが伊藤君の足取りはしっかりしていたので
さほど心配せずに見送った
目の前に波棚が広がる家で生まれ育った伊藤君だったが
新宿歌舞伎町という街のパワーに悪酔いしたのかもしれない
残ったメンバーでさらにお酒の摂取量も増え
酔って大胆になっていた佐倉君が
突然アカペラでツイストの「あんたのバラード」を
振付入りで歌い初めた
他のお客さんからも拍手喝采を受けている
それをきっかけに佐藤君が近くに座っていた
女性グループにすかさず声をかける
恐らく赤ら顔の僕らの目は
でれーんとしたハートマークになっていたと思う
佐藤君が女子グループに
「ディスコでも行かな~い?」と慣れない東京弁で
アプローチをかけるがあっさりと
「あ!電車の時間があるし帰んなきゃ!」
と撃沈してしまった
佐倉君がうしろで大げさに倒れ込んでいる
僕らはいっぺんにテンションが下がってしまった
「今日はお金もなかし、泉荘で飲みなおそうや」
ということになった
後ろ髪を引かれる思いで新宿歌舞伎町を後にした
JR新宿駅から品川駅方面への山手線に乗り込む
最終電車から何本か前の車内は比較的に空いていた
僕らは2人と3人にそれぞれはす向かいに分かれて座り
さっきの女子グループのどの子が一番可愛かったかを
真剣に議論していた
その議論が白熱していた時だった
目の前を少し千鳥足の男の人が通過して隣の車両に歩いて行った
佐藤君が顔を上げ僕らに
「あれ?今、目の前歩いて行った人、伊藤君に似とらんやった?」
「なんば言うとっと、伊藤君は3時間も前に帰ったばい」
「そうたい、もう泉荘で待っとるはずたい」
「いやあ、そっくりやったばい」
「確かに似とった」
段々気になり始めた僕らは隣の車両にみんなで確かめに行った
隣の車両の一番奥の隅っこに座っていた男性を見つけた
「伊藤君?」
「あ!、伊藤君だ!」
そこに座っていたのは、まぎれもなく3時間前に
先に帰ると言って出て行った伊藤君だった
伊藤君はきょとんとしてよく事態が飲みこめていない
佐藤君が突然大声で笑いだし
僕らもつられるように大声で笑っていた
伊藤君は、3時間前に乗ったJR山手線で
寝込んでしまいぐるぐる山手線を回っていたようだ
何周か回った車両に偶然僕らが乗り合わせたらしい
泉荘に戻り買ってきたホワイトウイスキーと
あご(トビウオ)をつまみに飲みなおすとき
「いやあ、ありえんやろ」
と誰かが言った
「ああ、さっきの女の子たちね!」
と誰かが答える
「違う、伊藤君のことたい!」
「いやあ、たしかにありえんありえん!」
「うん!ありえんありえん・・・・」
山手線の中で目が点になっていた伊藤君を思い出しては
「いっやあ、ありえんありえん・・」といって
深夜のため押し殺したような笑いがいつまでも続いていた
<後日談>
最近、昔の荷物を整理していた時に
大学の手帳が出て来た
その大学手帳には日記のように
麻雀の点数表がびっしり書かれていたが
9月の初旬のページに黒く大きな文字で
「伊藤君の奇跡」
と書かれていた
お読みいただきありがとうございました。




