瀬川君の物語
東京の最も南のエリアに大田区がある
大田区の中で最も大きな街が蒲田だ
新編武蔵風土記によると、かつて蒲田は梅の木村と呼ばれ、梅の名所だった
江戸時代には歌川広重が蒲田の梅を描いていて、蒲田梅屋敷と呼ばれたらしい
現在でも蒲田の属する大田区の「区の花」は梅である。
JR蒲田駅より東急池上線の蓮沼駅の方が近い場所にそのアパートは建っていた
年季の入った木造モルタルの2階建て
ひび割れ模様の広がった外壁
歩くとギシギシときしんだ音がする渡り廊下
風呂なし共同トイレで部屋は6畳一間
そのアパートの名前は「泉荘」
「泉荘」に遊びに来るメンバーの一人瀬川君のお話
瀬川君は小学校の頃から明るくおしゃべりで
人を笑わせるのが得意な、当時クラスでも人気者だった
また瀬川君は手先が器用な一面もあり年賀状には手書きの漫画を描いて送ってくれた
小学校4年生の時送られてきた
ギャグ漫画家谷岡ヤスジの「鼻血ブーだもんね」「アサー」の漫画も良くかけていた
何人の友達に年賀状を送っていたのかわからないが
クラスが別になっても律儀に小学校を卒業するまで毎年送られてきた
その手先の器用さは、中学校高校と進学する中で
アコースティックギターへと向かっていた
高校の文化祭ではバンドを組んで拍手喝さいを受けていた
歳の離れた彼のお兄さんの影響も大きかったのかもしれない
瀬川君は東京の専門学校へ進むと
器用な手先と得意な話術でカメラマンを目指していた
上京して3年目の初夏
瀬川君に渋谷に呼び出された
瀬川君が渋谷にある小さな芸能プロダクションでカメラマンの仕事を
しているという話は友達から聞いていた
ハチ公の銅像近くですぐに瀬川君を見つけ
二人で東急プラザの1階の喫茶店に入った
ウェイトレスに早口でコーヒーを2杯注文すると
瀬川君がいつになく真剣な小さな目で
「お前、今から言う俺の話、誰にも言うなよ!」
と言った
「な、なんや?」
こんな真剣な様子の瀬川君をあまり見たことがなかった
「うちの事務所はあの松田聖子を引っ張る」
「なんて?ま!松田聖子?」
つい声が大きくなり、周りの目を気にしてしまう
「バカタレ大きか声ば出すな!」
瀬川君に注意される
松田聖子と言えば、当時押しも押されぬアイドルNO1で
出す曲は全てヒットしていた
ファンではないが、同じ九州出身の歌手ということもあり
嫌いではなかった
瀬川君の途中経過の話は何を言ってるのかよく理解できなかったが
松田聖子が自分のいる芸能事務所に来ることは
ほぼ確定しているという内容だった
「・・・・なあ、わかったろ、だけん、お前うちの事務所でバイトせろ」
田舎者は芸能界とか芸能人とか華やかな世界に弱い
当然僕も弱い
カメラマンとしてその華やかな世界で既に
活躍しているのかとS君を尊敬のまなざしで見つめていた
二つ返事でアルバイトを受けることになった
まずは面接を受けることになり瀬川君に事務所へ案内された
事務所は渋谷の南平台という閑静な住宅街で秀和レジデンスというマンションの8階にあった
狭い事務所には入り口に5つのデスクとカーテンで仕切られた奥の方に応接セットが置かれていた
壁には見たことない所属タレントの写真が何枚か飾られていた
大きなスケジュール表も壁に掛けられていて
「撮影」「オーディション」「ロケ」などの文字が並んでいた
奥の応接室に通されると
背が低く髪の毛の薄い社長らしき人が座っていた
瀬川君に紹介されるととりあえず用意していた
簡単なアルバイト用の履歴書を渡す
話を聞くと近々映画の制作を事務所でやることになり
その手伝いアルバイトを探していたそうだ
社長らしき人の話を聞きながら窓に目をやると
渋谷の住宅街が一望できた
開いた窓からは初夏のさわやかな風が事務所に流れてこんで
壁のポスターがパタパタと心地よい音を鳴らしていた
僕はとりあえずラーメン屋のアルバイトは辞めて
瀬川君と一緒にこの事務所でアルバイトすることを決意していた
ただ、その後「松田聖子」の話は一切出てこなかった
早速、その週末、日野市にある屋内市営プールを貸し切っての
主演女優のオーディションのアルバイトスタッフとして駆り出された
盲目の少女がそのハンデを乗り越えて
水泳選手として活躍するというそんな内容の映画だった
その主演女優を決めるための水泳と水着のオーディションだった
およそ30名ほどの主演女優の候補者たちは
中にはTVでたまに見る顔も交じっていた
全員、オーディション用の写真を撮るために
プールサイドで一人づつ瀬川君が写真を撮っていくのだが
緊張気味な女の子らを話術で笑わせリラックスさせる
瀬川君の僕の知らなかった才能をを見るようで感心させられた
その映画は、新宿でマスコミを呼んで大々的に制作発表会をやり
全てのキャストも決まっていたのだが
何かの行き違いで映画監督と芸能事務所の社長の大喧嘩に発展し
事務所の中で何度もどなりあいの喧嘩を繰り返し
撮影のスタートにも入らずお蔵入りしてしまった
いつの間にか瀬川君も違う事務所に移って行き
残された僕もどうしようかと悩んでいる矢先
その事務所には、なぜか怖いお兄さんも頻繁に出入りするようになった
夏も終わり、秋も深まる前に僕も辞めてしまった
瀬川君は35年経った今でもフリーのカメラマンだ
たまに、同窓会で会う瀬川君に
「そういえば、あの松田聖子の話はなんやったと?」
聞いてみたい気もするが
聞いてしまうとあの輝かしく懐かしい一瞬の楽しかった思い出が
褪せてしまいそうで・・・・・・・
お読みいただきありがとうございました。




