夏の福岡(前編)
東京の最も南のエリアに大田区がある
大田区の中で最も大きな街が蒲田だ
新編武蔵風土記によると、かつて蒲田は梅の木村と呼ばれ、梅の名所だった
江戸時代には歌川広重が蒲田の梅を描いていて、蒲田梅屋敷と呼ばれたらしい
現在でも蒲田の属する大田区の「区の花」は梅である。
JR蒲田駅より東急池上線の蓮沼駅の方が近い場所にそのアパートは建っていた
年季の入った木造モルタルの2階建
ひび割れ模様の広がった外壁
歩くとギシギシときしんだ音がする渡り廊下
風呂なし共同トイレで部屋は6畳一間
そのアパートの名前は「泉荘」
東京に出てきて2年目の夏だった
一浪して東京六大学の一つに入学した上田君と一緒に長崎に帰省することになった
上田君は中学校時代は剣道部、高校時代はサッカー部
真面目で硬派な上田君だったが大学時代はマジシャン部に入り
お酒を飲むと覚えたてのテーブルマジックを披露して楽しませてくれた
羽田空港で上田君と待ち合わせし、スカイメイトという半額の航空券で福岡へ向かった
長崎に帰る前に福岡の大学に通う高橋君のところへ寄ることになっていた
福岡の天神という繁華街からバスに乗り高橋君に聞いていたバス停で降りると
そこは迷路のような道がくねくねと続く住宅街だった
高梨君に説明してもらったアパートの場所がよくわからず
上田君と同じ場所を行ったり来たりしていた
空は雲一つないかんかん照り、セミはうるさく鳴き続け
拭っても拭っても汗は引かず
当然、携帯電話などの連絡手段も無い時代だ
探し疲れ果て駄菓子屋の前でU君と二人へたりこんだ
「上田君、ジュースばおごってくれん?」
息遣いの荒い野良犬のような声で僕は言った
「財布の中はすっからかんたい」
上田君もかなり弱った息遣いで答えた
「マジックで100円玉ば出してよ」
「できるわけなか!」
「ははははは」
会話にも力が入らない
なんと僕も上田君も1円も無い状況で高橋君のアパートへ向かっていたのだ
近くに銀行のATMの気配すらない
しばらく日陰で休んで少しだけ元気を取り戻した僕らは
高橋君のアパートをもう一度探し始めた
益々のどは渇くし、足は棒のようになるし
太陽は容赦なく照り続けているし、せみはうるさいし
僕らは意識も朦朧としていた
高橋君のところへたどり着ければ水も飲めるし休むこともできる
流れていた小さな川を挟んで手分けして高橋君のアパートを
探そうということになった
ふらふらとした足取りで
高橋君に聞いていたアパート名を探し回った
何気なく汗を拭こうとポケットからハンカチを取り出した時
ハンカチからコロンと何かが落ちて転がった
転がったものをよく見るとそれは100円玉だった
100円玉を拾い上げ僕はさっき二人で休んだ駄菓子屋の前まで行くと
一瞬躊躇したが、朦朧とした頭でのどの渇きだけを
早く何とかしたいと、駄菓子屋の中の冷蔵庫から
冷えたコーラを取り出すとお店のおばちゃんに100円玉を渡した
栓抜きで素早く蓋を取ると一気にのどに流し込んだ
ほぼ飲み終えた時にふと誰かの視線を感じた
見ると100メートルくらい先に立ち上る陽炎の中に
ゆらゆらと上田君が呆然とした顔で僕を見つめていた
近くに寄ってきた上田君は何も言わず悲しげに僕を見つめている
「い、い、いや、だけん、マママジックで100円玉の転がって・・・・」
自分でも何を言っているかわからない
40年近く経つ今でもその時の光景は鮮明によみがえる
何故、僕は上田君を探して、
「100円玉のあったけん、ジュースば半分っこしようや」
と言えなかったのだろう
その後、僕は全く予期せぬ違う形で天罰を受けることになる
・・・・・・・・・続く
お読みいただきありがとうございました。




