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リディアの魔術

「レーヴェン伯がおかしい」


 馬上槍試合《トーナメント》会場の誰もが感じた。初めて会場に来たエルザでさえも、異様な雰囲気になっているのを感じていた。


「調子が悪いだけじゃないぞ」


「しかも無様だ」


 口々に感想を並べ立てる観客の間を縫って、一人の男が馬にまたがった。そしてそのまま馬上槍試合会場から馬が駈け出た。


 それからしばらく後に、ローゼンタール子爵家の門を叩く音が聞こえた。


「レーヴェン伯爵従者のコンラートと申します!リディア様にお目通り願います!」


 コンラートは応接間に通された。座るとすぐにリディアが現れた。


「お久し振りですね」


 リディアは挨拶を述べるとともに、立ち上がったコンラートに座るよう促した。


「あの、単刀直入にお伺いします。馬上槍試合で旦那様が連戦連勝だったのは……」


「あなたのお考えの通りです」


 リディアはうなずいた。


「では……」


「そうです。魔術でレーヴェン伯の槍を操作していました……」


 リディアはコンラートを見据えながら言った。


「……これは申し訳ないと思っています。ただ、あの人が私のことを常日頃大切にしてくださっていた時期があって……」


「そうですね」


 コンラートが相槌を打った。


「……そして、馬上槍試合に出る際に、私に勝利を捧げたいとおっしゃって……」


 リディアがぽつりぽつりと言う。


「……武芸が全く上手でないお方なのにそんなことを言ったのです……。ご自身ではどの人が相手でも勝てそうにないのに……。私が魔術を使うと無敵とうたわれてましたが……」


 少しずつリディアの声が濁って来た。


「あの人、勝ったときの喜んだ顔が、とてもかわいらしかったのです」


 その後、リディアはうつむいた。


「リディア様……」


 コンラートに呼び掛けられて、リディアは顔を上げ、目尻を指でぬぐった。


「でもあの人、たぶんエルザさんに勝利を捧げているのですよね?」


「ええ。今は残念ながらそうなさっています。そして、旦那様は二連敗しています」


 リディアは表情を変えなかった。いや、感情を押し殺していたと言う方が正しいだろう。


「このようなことをお願いするのもよくないことと思いますが……」


 コンラートが尋ねた。


「……明日、第三戦があります。旦那様をもう一度守ってあげられないでしょうか?」


「いいえ。それはできません……」


 リディアは声を震わせつつ答えた。


「……私はもう捨てられたのですよ?」


「承知しております!」


コンラートが身を乗り出した。


「そこをなんとか。このままではレーヴェン伯爵家そのものに影響が出ます」


「それはそうですが……」


リディアは困惑した表情を見せた。


「お願いします」


コンラートも譲らなかった。


リディアは視線を上げて、目を閉じて、大きく息を吐いて、コンラートに向いて、目を開いた。


「いいでしょう。ただし条件があります。私は顔を見せません。あなたは一切私のことを言わないこと。影から魔術を仕掛けます。いいですね?」


「なぜそのようにしなければならないのですか?」


 コンラートが尋ねた。リディアは少しだけ考えてから答えた。


「それは……わたしがレーヴェン伯爵家の者ではないからです」


「分かりました。ありがとうございます!」


 コンラートは立ち上がった。


 ただリディアの「戦えるならね」との呟きは聞き逃していた。


 * * *


 次の日になった。馬上槍試合の最終日である。レーヴェン伯爵は昨日に引き続きシュルツ男爵と対戦することになっていた。


 レーヴェン伯は居城で起床した時から不安げにしていた。指も震えていた。身支度はなんとか終えることができた。そして門の前まで出てきた。


 居並ぶ家臣の中から、エルザが飛び出し、レーヴェン伯の元に駆け寄ってきた。


「今日は頑張ってください!応援しています!これまでは運がなかっただけです!」


 エルザは満面の笑みで言った。さらに続けた。


「私の素敵な旦那様に勝利を! 」


 周りにいた家臣たちも声を揃えた。


「旦那様に勝利を!」


 レーヴェン伯は、エルザや家臣に戸惑いの表情を浮かべた。すぐに兜で隠して、馬にまたがった。


「居城を出る前から兜を被ってるけど、おかしくないか?」


 家臣の一人が言った。


「いや、たぶん、気合いをいれてるんじゃねえか」


 別の家臣が答えた。


「ふうん」


 疑問を口にした家臣は納得したようだった。


 レーヴェン伯の心の内を推察できる者は、家臣団にはほとんどいなかった。コンラートは知っていたが、リディアに示された「条件」のために、話せなかった。


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