↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

PR
4/4

逃げ出した伯爵

 馬上槍試合《トーナメント》第三日。会場ではレーヴェン伯対シュルツ男爵に、俄然注目が集まっていた。


 歴戦の猛者の復活なるか、はたまたシュルツが新たな王者となるか……。


 ただ一部では、レーヴェン伯を危惧する者もいた。


「レーヴェン伯爵は、突然弱くなったような気がする」


「弱いと言うか、下手になったような」


 会場に向かうリディアは、近くの会話を聞いた。リディアは他人に気付かれないように、うなずいた。


 レーヴェン伯爵が位置に着いた。シュルツ男爵も位置に着いた。


 両者がにらみ合った。


 エルザは桟敷に座っていた。


「今度こそ勝ちますように。旦那様の本当の姿が見れますように」


 胸の前で手を組み、ひたすら祈っていた。


 リディアは桟敷の陰から見ていた。


「言ったことは守ります。だから戦えば必ず勝ちます……」


 リディアは呟いた。


「でも……」


 シュルツ男爵が先に駈歩《ギャロップ》を始めた。


――そのとき。


「うわぁ!」


 レーヴェン伯の声が聞こえた。おおよそ武人らしからぬ声だ。レーヴェン伯は馬を返させると、一目散に会場から逃走した。


 呆気にとられる観衆。エルザも何が起こったかすぐには把握できなかった。


 シュルツ男爵さえも呆然と立ち尽くした。


 桟敷の陰にいたリディアは、黙って目を閉じて天を仰いだ。


「駄目でしたね……」


 つぶやくリディアの脇を、レーヴェン伯騎乗の馬が逃げ走った。馬上のレーヴェン伯は息を切らせていた。


「さようなら……」


 リディアは目を閉じたままうつむいた。レーヴェン伯は遠くに消え去った。


 * * *


 馬上槍試合の第三日から一か月が経った。ローゼンタール家にコンラートがやってきた。


「で、レーヴェン伯爵が復縁を申し出ると?」


 リディアの父親であるローゼンタール子爵が尋ねた。


「その通りです」


 コンラートがうなずいた。


 子爵は顎をさすった。


「私は決めかねるな……。リディア、どうだ?」


 リディアはコンラートを真っ直ぐ見据えた。


「お断りします。私にも守る人ができましたから」


 リディアは言い切ると、柔らかく微笑んだ。


 コンラートは目を閉じて、うなだれた。リディアも子爵もコンラートを見つめていた。


 しばらくして、コンラートが顔を上げた。


「分かりました。もう無理なのですね」


「はい」


 コンラートは観念したのだろう。勢い良く立ち上がった。


「悪いのはレーヴェン伯爵です。復縁は虫が良すぎます。お邪魔しました」


 ローゼンタール子爵家の父と娘はコンラートを見送った。


「リディアはいつから守るべき人ができたんだ?」


 小さくなったコンラートの背中を見ながら、子爵が尋ねた。


「え?いませんよ?」


「え!?」


 子爵は吹き出した。


「いないのにいるって言ったのか?」


 子爵は楽しそうに尋ねた。


「いけませんか?」


「いや。いや。いけないことなんて何もない」


 子爵が言った。


 リディアは手を勢いよく上げて、背伸びをした。


「お父様、私、本当にせいせいしたのよ」


 リディアの手が勢いよく下りた。


 子爵はリディアの背中を軽く叩いた。


「おまえの守るべき者は、今度は慎重に選ぼう!」


「ええ。慎重に行きましょう」


 二人は邸宅に戻った。


 * * *


「……とのことです」


 レーヴェン伯爵の居城。コンラートから報告を受けた伯爵は、ため息をついた。


「やはり駄目か……」


 力なく立ち上がった。


「伯爵、どちらへ?」


 コンラートが尋ねた。


「寝室に行くだけだ」


 寝室に入るなり、レーヴェン伯はエルザを呼び寄せた。


「いかがしましたか?旦那様」


 エルザが尋ねた。レーヴェン伯爵はベッドに腰かけている。


「私のあの醜態を見ただろう?」


「……見ました」


「お前に勝利を捧げるなどと言っておいて、あのざまだ」


「……そうでした」


「かっこう着けても、実力が伴わないんだ。ばかだよな。こんな私みたいな男、捨てた方がいい」


 レーヴェン伯爵がそう言うと頭を抱えた。


――これで私には守るべきものがなくなったのだ……。


 エルザは伯爵の隣に寄り、伯爵の頭を自分の胸に抱いた。


「ダメです。捨てるだなんてできません」


 レーヴェン伯は驚いて身動きできなくなった。


「そんなこと……」


 エルザはより強く抱き締めた。


「強がるけど不器用な子、私は好きですよ」


 レーヴェン伯はエルザの背中に手を回した。


「でも本当に格好悪かったですね」


 エルザが言った。


「皆まで言うな」


 レーヴェン伯爵は涙声で言った。


最後までお読みいただきありがとうございました。

手軽なサイズで勘違い夫を描けたと思います。


よろしければ評価、ブクマなどつけていただけると幸いです。


よろしくお願いします。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
優しすぎる。 優しすぎますって。 たった二年で妻に飽きて浮気した男に甘すぎますって。 エルザも逃げるなら今だけだぞ。 その男は数年後には別の令嬢に恋い焦がれ捨てられてしまうぞ。
『武芸のレーヴェン伯』という前評判からの落差の見せ方がお見事でした! まさかあそこまで格好悪く逃げ出すとは(笑)。 最後、情けなくなってしまった彼をエルザが見捨てずに受け止めたところに、七味先生の温か…
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。