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7. 四十年ぶりのお客様

 行列は、三日で日常になった。


 開店前から整理券の木札を求める列ができ、五つの鐘とともにマルタさんの箒が唸る。王宮の使者の皆さんは「書面で」の一点張りに根負けしたのか、数を減らしつつある。代わりに増えたのが、下町の細々とした依頼だ。押し売りの壺、覚えのないツケ、無心の手紙。世の中の理不尽は、汲んでも汲んでも湧いてくる。


 朝の店先は、なかなかの眺めである。列の先頭は夜明け前から並ぶ気合の人、真ん中は世間話に花を咲かせるおかみさんたち、最後尾には物見遊山の野次馬。瘴気の靄は相変わらず東の空に居座っているけれど、うちの間口の光の中だけは、妙にのどかだ。


 ちなみに壺のおばあちゃんは、あれ以来うちに居着いた。店先の長椅子に座って、整理券を配ってくれている。


「はいよ、聖女さまの店の整理券だよ」


「返品屋です」


「はいはい、聖女さま」


 訂正は、四回目から数えていない。ついでに言うと、おばあちゃんの整理券さばきは私より上手い。列の揉め事を世間話で溶かし、割り込みを飴玉で収める。人生の年輪というものである。


 その朝の一番札は——例の、黒衣の男の人だった。


 昨日渡した木札を、律儀に握って立っている。相変わらず周りだけ音が薄くて、行列のざわめきが彼の一歩手前で遠慮していた。実際、彼の周りだけ人が寄り付かない。皆、理由も分からず一歩引くらしい。


 例外は、うちのおばあちゃんである。


「兄さん、いい男だねえ。嫁はいるのかい」


「……いない。ずっと、いない」


「そうかい。うちの孫娘はどうだい」


「ばあちゃん、営業妨害です」


 男の人は、怒らない。フードの奥で、また少しだけ目を細めた気配がした。


「……約束どおり、来た」


「一番のお客様ですね。ご依頼ですか?」


「いや。まずは、飯を」


「……。うちは返品屋ですが?」


「腹が減っては相談できんではないか」


 思わず宙を仰いだ。


「はい! これ食べて!」


 横からマルタさんがドン! と、まかないを出した。麦の雑炊と、川魚の香草焼き。男の人は、フードも取らずに、けれど驚くほど丁寧に食べた。器を傾け、最後の一粒まで。その食べ方には、どこか祈りに似た気配がある。遠巻きの行列が、なぜか固唾を呑んで見守っていた。


「……うまい」


「ありがとうございます?」


「四十年ぶりに、人の作った飯を食った」


 さらりと、とんでもないことを言う。冗談だと思うことにした。


「……この店は、いつからある」


「先週からです」


「そうか。……先週、か」


 彼は何かを数えるように、店の柱をゆっくり見上げた。新しい柱である。でも、その眼差しが見ているものは、もっとずっと古い何かの気がした。支払いに出された銀貨は、見たこともない古い刻印のものである。受け取ったマルタさんが目を剥いた。


「あんた、こりゃ先々代の王様の銀貨だよ。骨董屋に持っておいき」


「……時が経ったな」


 男の人は少し黙って、普通の銅貨で払い直した。


「返品屋。あんたは——差出人の分からんものも、扱うのか」


「差出人が特定できない荷物は、返せません。規定ですので」


「……だろうな。規定は、大事だ」


 フードの奥で、彼が薄く笑った気配がした。怒りでも皮肉でもない、長い長い待ちくたびれの果てみたいな笑い方である。


「また来る。急がない。——四十年、待ったのだ」


 黒衣が行列の間を抜けて、雑踏に溶けていく。人垣が、川の水みたいに割れて閉じた。


 「今の、何者だい」とおばあちゃん。「さあ。……常連です、たぶん」と私。


 やっぱり、面倒ごとの気配が増していく。四十年待った、という言葉の中身を聞くのが、少しだけ怖い。うちの手帳の「保留」の欄に、私はそっと『黒衣のお客様・差出人不明案件?』と書き足した。


       ◇


 その日の閉店間際――。


 夕焼けが市場筋を茜色に染めて、店じまいの触れ声があちこちで上がる。今日も四十件を数えた依頼を捌き、私は看板を裏返そうとしていた。


 のれんを仕舞う私の袖を、小さな手が掴んだ。


 花籠を提げた女の子だった。市場の角で花を売っている、ネリちゃんである。八つか九つ。売れ残りの花が籠に三本。頬に涙の筋が二本、乾いてもいない。


「返品屋のお姉ちゃん……お母さんが、連れていかれちゃう」


 私は看板を戻して、のれんを掛け直した。閉店時間は過ぎている。でも、泣いている子どもは、うちの規定より強い。

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