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5. 違約金は言い出した側へ

 三日後の夜――。バルド子爵家の夜会は、令息の独壇場だった。


「皆、紹介しよう! 僕の、真実の愛だ!」


 拍手。寄り添う新しい恋人。シャンデリアの光。その絶頂で――令息の胸元に、朱印の押された紙が、聖なる輝きを伴ってひらりと舞い落ちた。


 楽団の円舞曲が、つまずくように止む。ざわめきが、さざ波のように広がっていった。


「な、なんだ……?」


「あら、請求書ですわ」「宛名は……『バルド様』?」


 足元に落ちた紙を、白髭の老紳士が拾い上げ、親切にも読み上げてくれた。


「違約金、金貨五十枚。……おや。婚約契約書第十二条によれば、お支払いになるのは、解消を申し入れた側。つまり――ご令息、あなたですな」


「ち、違う! それはハルトマンの娘に送った――」


「聖なる力であなたの胸に落ちてきたのだから、あなた宛でしょうなあ」


 凍りつく令息。赤を通り越して紫になる子爵。扇の陰で肩を震わせる奥様方。「真実の愛」の令嬢は、金貨五十枚という響きを聞いた瞬間、そっと令息の腕から手を離したという。お金の扱いに人の本性が出てしまうのだ。


 翌日には、社交界中がこの話でもちきりになった。


       ◇


 後日――。成功報酬を届けに来たヨーゼフさんは、深々と一礼して言った。


「お嬢様があのように晴れやかにお笑いになったのは、実に三年ぶりのことでございます」


 銀貨の包みには、小さなカードと、リボンのかかった焼き菓子の箱が添えられていた。カードには花の飾り文字で『あなたに幸運を。クラリッサ』。


 箱の中では、砂糖の花を飾った小さな焼き菓子が、行儀よく二列に並んでいる。ひとつ摘まむと、バターがほろりと崩れて、蜂蜜の甘さが後から追いかけてきた。


 ……こういうものに、私は弱い。等価交換にならない温かさに想いはこもるのだ。ありがたく、いただいた。


「何よりです」


 台帳に、ポンっと完了の印を押した。


       ◇


 報酬が入った――――。


 このビジネスは行けるかもしれない。私は料金表を清書した。


『相談無料/着手金・銀貨五枚/成功報酬・案件額の一割(上限・金貨五枚)/調査実費・別途/出世払い台帳アリ』


「相談無料!? あんた、相談だけで帰られたらどうすんだい?」


 マルタさんは仏頂面で腕を組む。


「客寄せです。そもそも頼む気の無い人は相談には来ないですよ」


「まぁ……そうねぇ。言うようになったねぇ」


 マルタさんは呆れ半分、嬉しさ半分の顔で、焼き立てのパイをひと切れ、卓に置いていった。まかないである。経費でも施しでもない、まかない。いい言葉だと思う。


 夕方、また、あの人が来た。銀灰色の髪、黒い手袋、無表情。


「レナート・ヴィスマルク。王室監査卿だ」


 名乗った。よし、台帳に書ける。


「先日、財務局で妙な差し戻しがあった。支払義務が決裁者本人に移る、前例のない仕訳だ。調べれば、ここに行き着いた」


「摘発ですか?」


「検分だ」


「令状は?」


「監査に令状は要らない。王国会計法第二条」


 即答である。条文で返してくる人は、嫌いではない。


「では、お茶は出しません。経費になりませんので」


「……賢明だ」


 監査卿様は返答も待たず、私の台帳をひったくるとぺらりとめくった。開業四日目の、書き込みの少ない台帳を、隅から隅まで。長い沈黙のあと、彼は言った。


「不当な押し付けを差し戻す……ということか?」


「そうですね。妥当性のない物しか差し戻せません」


「その妥当性は誰が決めるのか?」


「さぁ? 神様では?」


「か、神!?」


 監査卿様はキュッと口を結んだ。神の判断ということであればそれは自分の職務範囲を超えるからだ。


「私が返品したくても妥当性が無いと受け付けてもらえないんですよ」


「むぅ……」


 監査卿様はしばらく宙を仰ぐとキュッと(きびす)を返した。


「また来る……」


「はぁ、別に来なくても……」


 監査卿様はカツカツと石畳を鳴らしながら帰っていく。


 やましいことは何一つしていないのだから何も問題はない。ただ、この世は理不尽にあふれている。面倒なことにならなければいいのだけれど……。


 ――その時。街の方から、割れるような鐘の音が響いた。いつもの時報より半拍速い、どこか上ずった鳴り方である。


 号外売りの少年が、夕暮れの大通りを駆けていく。


「号外、号外ーっ! 聖女セラフィナ様、浄化の儀にご失敗! 瘴気、東門の外まで迫るーっ!」


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