集結2
誰もいない旧校舎の空き教室で昼食をとる男女二人。
その隣の部屋でこの二人の様子をうかがっている者がいた。
優里である。
右手にはパンを、左手にはパック牛乳を持ち、右手のパンをかじりながら聞き耳を立てる姿はどこか不貞腐れているように見える。
「なんだかなー」
ぶつぶつと言うその声からも不満があふれていた。
理由はいたって単純で、まず単独での見張りは何も起こらない限り退屈で忍耐が要求される。決して辛抱強いとはいえない優里にとってはこれだけでもストレスがたまることに加え、監視対象の二人のちょっとイイ感じの会話を聞かされたことで自分のやっていることが『のぞき』のように思えて、なおさら嫌になってしまったのだ。
(もう、受け渡し役さぁ、早く来てよ・・)
さっさと何か起きろよと考えながら、左手のパック牛乳をグイっと飲む。
昼休みの高校はどこの学校も似たようなものだろう。
昼食を食べた後は友達と過ごすか一人で本でも読むか寝る。中には予習やトレーニングをしている勤勉な者もいるかもしれないが、そういった者たちも含めて日本全国どこに行ってもそれほど変わらぬ光景が見られるのではないだろうか。
だが、その日の晶河高校には少し異質な者たちが混じっていた。
「原巻、単衣は旧棟に繋がるルートを中心に校内を巡回。櫂は狙撃に備えて南棟で待機。袷と羽織は旧棟付近にて待機」
「了解」
心暖の指示を受け、櫂を含めたエージェントは各々の持ち場に移動していく。
学校という閉鎖空間に大量のエージェントを配置することは出来ないため、校内にいるのは在校生である櫂と優里、教員として勤務している原巻と単衣、警備員に扮装している袷と羽織の6人と少ない。
だが、受け渡し場所は娘の高岡柚月のいる場所であることは間違いないことに加え、そこへ向かうルートも限られているこの状況では十分だと言える。
何より人数を絞ることでスパイが紛れ込むのを防ぐことが出来る。
加えて情報漏洩を防ぐため、学校の周囲1kmに配置された相当数の裃エージェントには、今回のミッションがドライブの奪還だということを知らせないという徹底ぶりだ。
連絡は各自に渡した心暖の牒を通じて行うが、当然、敷地内の者が使う牒と周囲を警戒する者の牒は別のネットワークで構成されている。
牒を通じてエージェント各位が配置に着いたことを確認し、改めて心暖は思う。
(この状況で受け渡し役はどうやって晶河高校に侵入する気だろう?)
学校周辺をエージェントが固めて、校内にも十分に目が行き届いている。
仮に侵入して受け渡しが出来たとしても、そのあとドライブを持って逃げることはまず不可能だ。
(何か見落としていることがあるのか・・)
その時、牒の一つから連絡が入った。
『心暖さん、こちら原巻』
「パーキングと言ったけど他の連中がいることはないのか?」
助手席に座ったウエストが高速のICの案内を見上げながら砂羽に訊く。
「いないわ。食事をするなら市内に出た方が早いし、ここでゆっくりする意味が無いのよ」
そう言いながら薄城山スマートICの開閉バーの手前で一旦停車するとピッという機械音がしてバーが上がった。砂羽はバーを通過すると本線には合流せず、左手にハンドルを切って道路にPと書いてある方へ向かう。少し上る感じのカーブを進むと10台くらいの車が停められる開けた空間が出てきた。
「本当だ。誰もいねぇ」
「ね、言ったとおりでしょ」
「どうして、こんなものを造ったんだ?」
「最初の目論見ではここからの眺望を売りにしていたみたいだけど、それなら薄城山の頂上まで行った方がいいから、結局中途半端だったのよね」
「なるほど」
ウエストは砂羽の説明にうなずく。だが、心の中では別のことを考えていた。
(失敗すると分かっているミッションか・・・遠慮したいね)
成功確率が低いミッションに参加したくないのは全てのエージェント共通の考えでウエストに限ったものではない。
それでも、止む無く参加する時、ウエストは必ず撤退を視野に入れておく。
撤退はウエストにとって恥ではない。生き抜くための立派な戦略、戦術のひとつだ。
世の中には前進にしか価値を見出せない頭の固い人間がいることを彼は知っている。
ウエストの撤退は『逃げ』ではなく『バックステップ』だと何度説明しても理解しようとしない。
なぜ理解しようとしないのか、幾多の現場で同じような場面に遭遇することで、今ではその理由もウエストには分かっていた。
それは彼らの多くが前進を続けて勝利を手にした成功体験を持っているからだ。
『あの時は上手くいった』
すべてを解決する魔法の言葉がリーダーから発せられたときに、そのチームの行く末は決まる。
「ここでいいわね。あとはよろしく」
車をパーキングの一番奥、晶河高校に対して横向きとなる位置に停めると砂羽がウエストに準備を始めるよう促す。
「了解」
銃のセッティングを始めるためドアを開けると腰を滑らせるようにして車を降りる。後部座席のスライドドアに手を掛けた瞬間、ふいに先ほど頭に浮かんだことが思い出されて砂羽の横顔をのぞき込む。
(こいつはどうなんだろうな)
「ルイ、どうやら晶河高校に着いたみたいだぜ」
ルイと呼ばれた褐色の肌をした少年があたりを見回す。
「ここ、学校のどの辺なんだ?」
「さあ」
「華栄、オマエ地図持っているだろ?それで確認しろよ」
「持っていないぞ」
華栄と呼ばれたもう一人の東洋系の少年はサラリと言う。
「なんで持っていないんだよ?オマエ、説明の時、受け取っていたじゃねえか」
「あの図面、あの時着ていたたジャケットに入れっぱなしなんだよ」
「じゃ、どうするんだよ?」
「心暖さん、こちら原巻。不審な二人組を発見」




