集結1◆
タイトルに◆がある時は挿絵アリ
晶河高校の正門は元々市道に面した東側にあったが、区画整理に合わせて敷地を延長した際に南側のバイパスに面した今の位置に移動した。
新校舎はその新しい正門から南棟、北棟と建てられ、当初は旧校舎もすぐに取り壊される予定だった。
ただ、ここで部室棟の問題が発生した。
以前は市道を挟んだ反対側の敷地に職員の駐車場があり、その一角に部室棟が建っていた。
見た目はほとんどバラックで冷暖房もなく、決して使い勝手が良いとは言えない設備だったが、広さだけは十分にあった。
この大家ともいえる職員駐車場が新校舎建設にあたり学校の敷地内に移動することとなり、当然に旧部室棟は閉鎖され、利用していた各部も敷地内に設けられた新しい部室に移動することになった。
この一報にほとんどの部員が新しいきれいな部室になると喜んでいたのだが、蓋を開けてみたらこれが狭すぎた。
各部屋とも4畳半程度の広さしかなくロッカーや道具を置いたら着替えるところもないといった有様で、喜びはすぐに失望から怒りに変わり、連日、苦情の嵐となった。
とはいえ、部室棟を新しく造るための予算がすぐに組めるわけもなく、やむなく学校側はまだ残っていた旧校舎の北棟を部室棟として開放することでとりあえず事態の収拾を図った。
その後、ウィルスの流行など諸条件が重なり新部室棟の建設は遅れ、完成した時には当初の計画から実に10年以上が経過していた。
今では全ての部が新棟に移り、役目を終えた旧校舎は立ち入り禁止となり、静かに取り壊されるその日を待っている。
昼休み、晶河高校の旧校舎の空き教室にはいつものように柚月と矢場がいた。
すでに電気も止められた部屋の明かりは窓から入ってくる光だけで全体的に薄暗いが、主に昼食を取ることが目的の二人にとっては特に問題はなかった。
「ごちそうさまでした」
柚月が胸の前で手を合わせ食後のあいさつをする。
ズズズズズズズゥ
すると前方から紙パックの牛乳を飲み干す音がする。矢場が食事を終えた音だ。
「矢場も終わった?」
柚月が訊く。その問いかけに応え矢場は左手でOKを作りながら軽く頷くと
「おやすみ」
と言ってそのまま横になった。頭の下には自分で持ち込んだであろう枕がある。
横になって少しの間、すうすうと寝息のような音が聞こえたがすぐに何も聞こえなくなった。
柚月がこの部屋にいる矢場の存在を知ったのはつい最近のことであった。
話しをしてみると矢場がこの部屋に通い出したのは入学してすぐのことだったらしく柚月よりかなり以前から来ていたことになる。
それにもかかわらず、柚月は長らくこの部屋には自分以外誰もいないと思い込んでいた。
理由は簡単で、矢場は食事をした後にそのままベンチで寝ているのだが、あまりにも気配が無いのだ。
矢場が寝ころんで静かになったところで柚月は耳を澄ましてみる。
自らの呼吸も止め集中力を高めて、何かしらの音を拾おうとする。
(静かだ)
しかし、何も聞こえない。
「呼吸音も聞こえない」
だが、前に視線を向けると薄暗い教室に置かれたベンチの上に確実に何かがいる。
『何か』というのはもちろん矢場のことなのだが、見えているのに人の気配がしない。
(ほとんど死んでいるといっていいわ、これ)
柚月はごくりとつばを飲む。
(これじゃ、気づくわけないよ)
初めてここで矢場にあった時には自分の気配察知能力がひどく劣化していると思ったが、改めて寝ている矢場の姿をみると決して自分だけの問題ではないことが分かる。
(これ、普通の人はマジで見えないかも・・)
目の前にいるのに、ほんの少し目を逸らしただけで見失いそうになる・・そんな凄みがあった。
仮に矢場がエージェントとしてどこかの機関に雇われるようなことがあれば、この能力を磨いていずれは世界中の誰にも、システムにさえ見つけられない存在になれるかもしれない。
だが、誰からも見つからない存在になるなんてことを矢場が望むはずが無い。
(だから、これは単なる妄想だ)
そう思いながら、柚月は苦笑した。
誰からも見つからない存在というのはまさに自分たちヤープのことで、それが嫌だからこそ3次元人の肉体を欲しがっているのではないか。
それなのに誰にも見つからない存在になれるかもしれない矢場に憧れのような感情を抱いてしまった。
本来の柚月と入れ替わってまだ1ヶ月くらいしか経っていないのに心境面で大きな変化が起きている。
(これは良い変化なのだろうか?)
柚月は目を閉じて心を落ち着かせるように深く息を吸って吐き出す。それから立ち上がり、矢場の方へゆっくりと歩み寄っていった。
寝ている矢場の近くまで来て立ち止まると
「気持ちよく寝ているところごめんね。でもこれから、ここでいろんなことが起こるの。このままだと危ないから、しばらくアタシの中に隠れていて」
そう言って左手を矢場の方にかざす。次の瞬間、柚月の背後の空間が割れ、影のようなモノが伸びてきて矢場を寝ているベンチごとぐるぐる巻きにして割れた空間の中に引きずり込んでいった。




