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ヤープの女王10◆

タイトルに◆がある時は挿絵アリ

【裃本家で堅城たちが捕獲された日の晶河高校】


昼休み、高岡柚月は誰もいない空き教室で一人、昼食を取っていた。


旧校舎の一部だけが部室棟として長らく残っていたのだが、ようやく解体ということになり、使っていた部も移動した今は誰も出入りしない彼女の秘密の場所だ。


カバーの革が破れ、ところどころ中身のクッションが出ているボロボロのベンチに腰掛け、いつもなら孤独に浸りながら昼食を満喫できる場所なのに、今日はどうにも箸がすすまない。

先ほどの初芝清子とのやり取りがまだ引っかかっていたからだ。


「人間関係って面倒くさいな」

知らず知らずのうちに独り言が口を突いて出る。


「小学校の頃って、どんな風にやっていたんだっけ?」

ずうっと彼女の傍にいて見ていたはずなのに思い出せない。


「はああああああああ」

とんでもなくデカいため息が出た。


ズズズズズズズズズズズゥ


突然、教室の奥の方から音が聞こえ、柚月は『はっ』として音の方に目を向けた。


(誰かいる)


薄暗い教室の奥に目を凝らすと彼女が座っているのより更にボロボロのベンチに誰かが座っているのが見えた。


その人物は何か飲み物を飲んでいる。先ほどの音は飲み干した時に出た音のようだ。


ふいにその人物が柚月の方を向いた。その顔を見て反射的に

「はあ‼」

と大きな声が出た。


その声に驚いたのか振り向いた人物も

「ああああ」

と大声を出した。


「え?矢場?アンタいつからいたの?」

「キミが入ってきたときにはいたよ」

矢場と呼ばれた少年は柚月の問いかけに冷静に返した。


「隠れていたの?」

柚月は恐る恐る訊ねる。まったく気配を感じさせず、この薄暗い廃教室で彼女を待っていたとするとその目的は・・・


「なぜ、ボクが隠れる必要がある?」

だが、矢場は冷静に反応する。


「そもそもボクは、ほぼ毎日、昼休みはここで弁当を食ってから昼寝をしている」

「ウソでしょ?」

柚月にとってもここは憩いの場で毎日来ていた。


「アタシだって毎日ここでお昼食べているわよ」

「知ってる」

「じゃあ・・」

「ボクが寝ているから気を遣って声を掛けてこないものだと思っていた」

「もし、そうだとして、それで一人語りしていたらアタシ露出狂のサイコパスだよ」

それを聞くと矢場の顔が赤くなり、彼は後ろを向いてしまった。


「ちょっと・・」

さすがにこのままにしておくわけにはいかず、声を掛けようとしたとき柚月は矢場の肩が小刻みに震えているのに気が付いた。

耳を澄ましてみるとかすかに笑うような声が聞こえてくる。


「くっ…露出狂の…サイコパス…くくっ」

矢場の小さくささやくような声も聞こえてきた。


さっき柚月から咄嗟に出た言葉がどうやら矢場のツボにはまったらしい。


「矢場、ちょっとアンタねぇ」

矢場のツボは知らないが放っておけば自分がクラスでドツボにはまりそうな状況なだけになおも柚月が話しかけようとすると矢場は右手を出して制し


「ごめん…くっ…もう少し…待って…ブフォ」

そう言って吹き出した。


その状況を見てようやく柚月にも羞恥心が戻ってきた。


(露出狂って・・意味違うよね)


自分で言った言葉を反芻し、露出狂のサイコパスの姿を想像した。

恥かしさで顔が熱くなるのが分かった。

忌々しいことに矢場はまだ声を抑えて笑っている。


挿絵(By みてみん)


午後5時近い電車は帰宅ラッシュとまではいかないが、それなりに混んでいた。

柚月はいつものようにドア付近に立って外を眺めている。


だが、彼女が見ているのは車窓を流れる景色ではない。

ドアのガラスに映る、向こうの世界にいる本物の柚月の姿だ。あの裃本家での入れ替わり以来、本物の柚月は4次元の世界から3次元の世界へ来ることは一度もなかった。


それは堅城が許さないことも理由だったが、約束を守ることが堅城の眼を譲り受ける条件であることを彼女自身が心得ていることが大きかった。


(ねえ、柚月聞いてる?)

『聞いているよ。今日のことでしょ?』


モヤモヤの柚月は自分の感覚が衰えていることが気になっていた。

そして、そのことを柚月が教えてくれなかったことも


(授業中もだけど矢場のことも分かっていたんでしょ。どうして教えてくれなかったの?)

『授業の時は教えたけど?矢場の方は特に問題ないと思ったから』

ガラスの中の柚月がニッコリと笑って答える。その屈託のない笑顔がモヤモヤの気持ちを余計に逆撫でる。


(明日、すごく大事な日だって分かっているよね?)

『もちろん。これが終わればお父さんから眼をもらえるんだから。絶対成功させようね』

なにもかも分かっているように柚月は言う・・が、彼女の言う成功という言葉がモヤモヤの柚月には引っかかった。


実のところ、堅城とモヤモヤが目指す成功に対して、柚月の成功は意味が違う。

二人にとっての成功はドライブを無事にFibe-Aもしくはその代理の人物に受け渡すことであるが、柚月にとってこれは大して意味を成さない。


柚月にとっての成功とは堅城の眼を手に入れることで、極端な言い方をすればFibe-Aの任務に失敗して堅城の頭が吹き飛ばされても、眼だけ回収できれば彼女にとってこのミッションは成功だったことになる。

そうは言ってもこれはあくまで最悪のケースで最初から実の父親を見殺しにしようとは柚月も考えていない。


だが、モヤモヤにとっては、この選択肢が柚月の中にあることだけで脅威だった。力の大半を柚月に奪われただけでなく3次元の世界に長く居続けることで、日に日に力が弱まっていく今の自分に『何かが起きた』時にそれを止める術があるのか?


それどころか明日のミッション自体、満足にこなせるのか?


『心配することないよ。明日はアタシがちゃんとフォローするから』


考えすぎてモヤモヤは不安が顔に出ていたのだろう。それに気づいた柚月がガラスの中から声をかける。


(ありがとう。頼りにしているね)

その言葉はほとんど本音だった。


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