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ヤープの女王9

【裃本家 朗のいる病室】


「これは・・・?」


病室の中央に巨大な水晶の柱が立っていた。

中には柚月がいた。


「ククルガの結晶術ね。随分と久しぶりに見たわ」

彼女は水晶の壁にそっと手を近づける。すると水晶に映った手が溶け込むように消えて見えなくなった。


「『replacement』と違って向こうからやってくるモノは無く、一方的にこちらだけが水晶の中に消えていくだけの牢獄。こんなモノがあるとはさすがに予測できなかったわ」


堅城は何が起きたかを理解し、同時にククルガが自分にこの事実を教えなかった理由も分かった。柚月の口からククルガの名前が出たことで、先ほどまでは仮説だった彼の考えは確信に変わっていた。


穴の向こうで力を失い倒れたままの切れ端。そして目の前にいる強大な力を持ち、かつククルガを知っている柚月に似た少女。


(柚月の体に切れ端の力が移ったのだ!)


今、水晶の中に閉じ込められている少女は間違いなく柚月だ。

だが、同時に彼女の中にはヤープの切れ端の力が満ちている。


4次元の力を3次元に持ってくることは出来ない。だからこそ堅城自身を含め、多くのヤープが3次元人の体を得る時にはその身を削って肉体を手に入れていた。


もしも無理やり4次元の力を詰め込もうとすれば3次元人の肉体は崩壊する。


そのはずだった。だが、目の前の柚月は明らかにヤープの力を持っている。


「お父さん、今どうしてアタシがこの力を手に入れたか考えている?」


柚月が訊いてくる。娘と普通に話しているだけなのに、堅城の胃はキリキリと痛み、背中にびっしょりと汗をかいていた。


「ああ、ぜひ教えてもらいたいよ」

表情にだけは出すまいと努めて冷静に振る舞う。


「いいよ。でもここから出してくれることが条件。どう?」

「残念だが、オレは解除の仕方を知らない。そもそもこの指輪が結晶術だということも今、初めて知ったんだ」

「そうかぁ。じゃあ自分で解析するしかないか」


そう言うと彼女はぐるりと結晶の中を見渡す。天井を見て、床を見て、視線が移動するたびに眼の色が変わる。


堅城は彼女の眼の動きを追いながら、自分でも解析を進める。

一通り見終えたところで彼女は動きを止め、それから堅城に歩み寄るとニッコリと微笑んで彼の眼をのぞき込んだ。


まがりなりにも娘の姿をしている存在に満面の笑顔を向けられた堅城も何も言わずそのまま見つめ返した。

だが、次の瞬間あわてて左手で目を覆い隠し、彼女から顔を背けた。


「ざーーんねん、もう少しだったのに」

「オマエ、オレから情報を取ろうと・・」

「アタシの眼は不完全だから解析には時間がかかるの。お父さんの眼なら多分すぐだと思ったんだけど。その様子だともう解析は終わっているって感じ?さすがはヤープの眼ね」

屈託なく笑いながら話す彼女を堅城はかつてないほど真剣に、それこそ目の玉が飛び出さんばかりに凝視していた。


「オマエが目の病気に罹ったと言ったのは」

娘がヤープの力を持っていると知った今、堅城の中ですべての符牒が一致した。

「オレの眼を手に入れるためだったんだな」

「そうだよ」

拍子抜けするほどあっさりと柚月は認めた。


「てっきりお父さんの角膜を移植してくれると思っていたんだけど、これも当てが外れちゃった」

その言葉を堅城は黙って聞いていた。


そのまま彼は水晶から離れ、壁の向こう側で倒れている柚月に近づくと(ひざまず)

「オマエの力を貸してほしい」

と声をかけた。


『私ですか?』

倒れこんでいた切れ端は弱々しい声で答えると


『何をすれば?』

その問いかけに堅城は


「こっちの柚月とさっきの『replacement』を使って交代してくれ」

『え、でもそれだと・・』

「ああ、今度はオマエが水晶に閉じ込められる。だが、安心しろ。解除方法はもう解析済だ」

「なるほどね。扱いやすい方を手元に置いて、アタシを向こうに追いやるってことね」


背後から水晶の中の柚月が皮肉っぽく話しかけてくる。

その言葉に堅城は驚かされた。言い方もその内容も娘の口から出たとは信じられない言葉だったからだ。同時に娘の受け入れがたい変化に怒りが湧きあがった。だが、それを表に出すほど彼は愚かではない。

跪いたまま体をひねり、上半身だけ柚月に向けると出来るだけ事務的に話しかけた。


「それだけじゃない。今はオレの眼でこの付近に認識阻害を掛けているが、ここをオレが離れれば当然、解除される。そうなれば異常事態が発生したと分かって裃の連中が駆けつけてくる。そうなった時にオマエをここに置いておくのはオレにとっても都合が悪い」

「アタシが裃に捕まればお父さんがヤープの力を持っていることも知られちゃうものね」

「そういうことだ。今はまだ知られるわけにはいかない。どうだ?オマエだってここで裃に捕まって実験動物扱いされるのは嫌だろう?」

「うーん」


水晶の柚月が考え込む。そんな彼女の様子を見てさらに堅城が語り掛ける。


「それだけじゃない。いつとは言えないが、この眼は必ずオマエに譲ることを約束する。これで十分だろう?」


『お父さん⁉柚月もダメよ‼』

壁の向こう側から切れ端の柚月が叫ぶ。


「静かにしてモヤモヤ!アタシ今、ちょっと興奮しているから」


水晶の柚月の声は震えていた。寒さを感じているかのように体全体を震わせながら、右手でこめかみを抑えている。そのせいで目は見えないが、手の下からのぞく口元は笑っていた。


「お父さん、あとであれは嘘だったなんてことは無しだからね」

「ヤープは身内に嘘はつかんよ」

「OK!交渉成立。やるよモヤモヤ」

『柚月・・』


このあとは予定通りの作業が粛々と行われた。


水晶の柚月と切れ端の柚月の『replacement』による交代。


結晶術の解除による切れ端の柚月の解放。


裃本家からの逃走。


そして、裃本家がネビュラドライブを奪われたことに気付いたのは翌朝になってからのことだった。


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