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ヤープの女王7◆

タイトルに◆がある時は挿絵アリ

【およそ1ヶ月前 裃本家 朗のいる病室にて】


(悪く思わないでくれよ、お嬢さん)

高岡堅城はベッドに横たわる少女、朗に心の中で詫びた。


彼は朗の左上腕に金属製のリングを装着する。

『ジャキ』っと接合部が嚙み合うとリングの表面に文字が浮かび、モーターのような駆動系の音が静かに響きだした。


駆動系の音に合わせるようにリングの表面を横に、腕の周りを回転するように光が点滅しながら移動していく。

その光が1周したところでモーター音は次第に小さくなり停止した。短時間だったが相当な高温だったようでリングの表面からはチリチリと音がしている。表面の光は赤く点滅を続けていたが、やがて緑に変わると上腕から切り離された朗の腕がボトリと床に落ちた。


切られた腕には先ほどのリングが付いたままで、胴体の方の切り口はむき出しだったが血は出ていなかった。


高岡堅城は落ちた腕の傍に屈みこむのと同時に、自らの右腕に朗に装着したのと同じリングをセットして同様に切り落とした。

落ちた朗の腕を拾い上げ、切断した自分の腕の切り口、リング部分と結合しようとする。

本来、片腕だとなかなか難しい作業だが、堅城の着られた右腕は自ら動き、スルスルと朗の腕に近寄っていくと2本の腕は驚くほどスムーズに結合した。


右腕と左腕が中央の金属リングを間に左右に繋がる様は胴体が横に長いカニのようにも見える。そのおかしなカニが中央の金属部分をはさんで右腕と左腕が反対方向にねじれ出した。カニだったものが雑巾をしぼったような形に変わっていく。


「こいつ」

堅城が声を発した。額には汗が滲んでいる。


「予想よりはるかに強い!これでは抑えられん」

見ると結合された左腕は本体の朗に戻ろうとしているのか地面を搔きむしっている。


それを堅城の右腕が鉄パイプに捕まって必死に耐えている。

左腕は上腕から切断されているので肘の関節が残っているのだが、その関節がおかしな方向に曲がっていることもいっさいお構いなしにひたすらに戻ろうとしている。


だが、次の瞬間、ピタリと動きを止めたかと思うと反転して堅城の方に向かってきた。

堅城は素早く床を蹴りバックステップして左腕との距離を取る。

繋がっている堅城の右腕が鉄パイプを握っているため左腕はそれ以上追って来られない。左腕の表面にある螺旋状のタトゥーのような模様が激しく明滅しはじめた。


ドクンドクンという音が聞こえてきそうなその様子からは左腕の怒りが伝わってくる。

堅城の右腕が必死に耐えているが、鉄パイプを繋いでいるネジの方が限界を迎えそうだった。


ビキン!

ネジがあやしいと考えた傍からはじけ飛び、鉄パイプが壁から外れ、左腕が堅城に襲い掛かってくる。

左腕を前面に突き出したが、そのガードは下から突き上げてきた左腕にあっさりとはじき飛ばされた。

魔力の大半を右腕に込めているため物理的なガード方法しか持たない今の堅城にそれ以上の手は無かった。左腕は堅城のガードを弾いた状態から反転すると彼の喉元をえぐり取ろうと爪を立ててきた。


「くそっ」

辛うじて首をひねり、皮一枚で(かわ)す。


だが、今の動きで体勢を大きく崩し倒れこんでしまった。

右腕を失った今の状態では傾いた体のバランスを取って立ち回るのは元より、ただ走ることさえ厳しい。


(躱しきれん)

後方からの左腕の襲撃に備えようにも、うまく動かせない体に諦めかけた・・・が


「よっし、捕まえた!」

後方から聞こえたのは何者かの声だった。


(は?)

「くそ!こいつ‼力、強いな」

女性の声だ。


振り返るとそこには制服姿の女性が、左腕の手首を掴んで締め上げながら、右手で金属部分を上から抑えつけていた。


挿絵(By みてみん)

「柚月、行くよ!」

『OK、いつでも』

(柚月⁉)

堅城の頭の中で女性の名前と容姿が一致した。だが、目の前には一人しかいないはずなのに二人の声が聞こえてくる。


「replacement」

『replacement』


その声とともに柚月は自らの左腕を切断した朗の左腕を掴んだまま、彼女の左側の空間に突き出す。

堅城は咄嗟に眼を発動させ、その左腕の動きを追う。

柚月の体はゆっくりと腕から空間に溶け込むように消えていく。

タテヨコは違うが、床一面に水銀を満たして、その中に落ちていくような光景だった。


だが、堅城の眼は捉えていた。

水銀に映っているように見える女性には実体があり、目の前の柚月と左右を反対にしてシンクロしている存在であると。そして、それが二人分の声が聞こえた理由であることも。


柚月が水銀に溶け込み、完全に消えたと思った次の瞬間、鏡が割れたような細かい破片をまき散らしながら穴の中にいた柚月が飛び出てきた。


同時に堅城の眼には穴の中には飛び込んでいった柚月が倒れこんでいるのも見えた。


「柚月!」

「おっとっと」

飛び出てきた反動でよろける娘に咄嗟に駆け寄り、彼女を左腕一本で抱きかかえる。


「うわっ」

堅城の腕の中で柚月が小さな歓声をあげる。


だが、堅城は再会の喜びに浸ることもせず、娘の右肩を掴むと引き離し


「どうして、ここにいる?」と彼女を問い詰めた。

「なぜ、あんなバケモノと一緒にいる?」

堅城の言葉に鏡の向こうのもう一人の柚月が、這いつくばったまま答える。


『違い・・ます』

堅城は鏡の向こうの存在がヤープの切れ端であることを知っていたし、小学校低学年のころに娘の周りをうろついていたことも覚えていた。


一度は完全にいなくなったと思っていたそれがまだ、娘の傍にいたことだけでなく、まさか二人が意思疎通してこんな芸当までこなす関係になっていたことに驚きを隠せなかった。


「お父さん」

「ん?」

柚月の左手がそっと彼女の右肩を掴んでいる堅城の左腕に触れる。


「彼女のことをバケモノと言ったことを謝って」

そう言って彼女が左手に力を()めると堅城の左腕はあっさりと彼女の肩から引きはがされた。

身長差で言えば30センチ、男女の体格差も考えれば体重も堅城の半分程度しかないと思われる少女がいともたやすく。


「・・・柚月」

堅城は娘から、娘ではない何かを感じた。

穴に飛び込んで出てくるという行為が二人の入れ替わりのためだということは理解していた。

そして、最初に堅城の前に立った柚月が切れ端で、本物は穴の向こう側であることも彼は眼を通して分かっていた。


だから、入れ替わった今、目の前にいる少女は柚月本人のはずだった。

だが、違和感がある。


(違う。柚月にこんなことが出来るはずがない)

堅城は違和感の正体が分かった。

目の前にいる少女が娘ではない厳然とした事実があるのに、脳はこの少女を娘だと認識しようとしている。その矛盾が違和感を生み出していたのだ。


『柚月・・いけない』

穴の中で倒れていた柚月が左ひじを支えに辛うじて半身を起こし、掠れるような声で堅城の前にいる少女に訴えかける。


『その人はあなたの、お父さんだよ。ダメだよ。気をしっかり持って・・・』

それだけ言うと、ひじから崩れ落ちふたたび地面に突っ伏した。


(弱体化している?)

鏡の中の柚月は入れ替わる前に比べ、明らかに力を失っている。それに対して、目の前にいる少女は逆に人の領域を超えた力をその身に(まと)いつつある。

堅城の眼は正確に両者の状態を把握していた。


「柚月」

今や堅城の左手首は握りつぶされる寸前だった。骨がきしみ、激痛が体を走り抜け、額に汗が滲んでくるのが分かる。だが彼はあえて何事も無いように振る舞い、目の前の柚月らしい少女に話しかけた。


「彼女のことをバケモノと言ったことは謝ろう。だが、キミも私に謝らなければいけないのではないかな?」

「?」

少女は堅城の顔を『何を言っているか分からない』といった風で見つめる。


「とぼけないでほしい。キミが私の娘の体を奪おうとしていることについてだよ。いつまでも娘のフリをしないでくれ」

その言葉を聞いた瞬間、少女の眉が微かに動くと堅城の左腕は手首から切断された。


「ぐっ・・」

切断された傷口を庇おうと右腕を動かすが、右腕はとうの昔に失われており、やむなく堅城は左腕を上腕部がわずかに残る右の脇に挟んで止血を試みる。


『お父さん・・』

穴の向こうから消え入りそうな声で切れ端の柚月が声をかけてくる。


(心配するな)

声に出して応えてやりたいところだが、ここは堪える。

堅城の呼吸は荒く、額からは汗が溢れ、頬からあごを伝って地面に流れ落ちている。


「気づいていたの?さすがね」

柚月はゆっくりと堅城に歩み寄ってくる。

両腕を失い、魔力も尽きた彼に反撃の方法は無かった。


「でも、これでゲームオーバーね」

そう言って彼女がもう一歩踏み出したところで、堅城は左腕を脇から抜いた。

素早い動きではあったが、左手首を失っていると思っている柚月は慌てもせず、そのまま歩を進める。


だが、彼女の判断は間違っていた。


堅城の左腕には手首があった。いや、元より切断されてなどいなかった。


すべては堅城の眼が見せた幻覚だったのだ。

身体能力にどれほどの差があろうと、ヤープ最大の武器である眼の力は盤上のすべてをひっくり返してしまう。


堅城はそのまま左手首を返すと手の甲を地面に叩きつけた。

その衝撃で薬指に嵌めていた宝石が砕け散る。

砕け散るやいなや柚月の周りに幾重もの水晶の壁が張り巡らされた。


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