10. 転生人、魔導池を調達する
――転生から三ヵ月と二週間後。
アンドロメダ銀河の天界 海軍工廠 アマノンブリッジ造船所 再び、管理棟。
フィリー曰く。
魔導ボイラーと魔導池――魔導力を溜めておくバッテリーのようなもの――をつなぐと、発生した魔導力を溜め込むことができる。
魔導力を溜め込んだ魔導池と魔導モーターを繋いで、魔導力を一気に流し込むことで三十ノルトは狙える、はず。
そんなわけで、調達部に取って返したおれたちはハッシ女史を呼び立てると、魔導池の調達を依頼する。
「設備向けの魔導池ですか。それなら今でも使われてはおりますから、問題ないかと、はい」
目をぱちくりさせながら、突然の呼び出しにも律儀に応じてくれるハッシ女子。
「フィリー、どんな大きさのやつが、どれくらい必要かな」
「ちょっと待って……」
フィリーが手元で、スラスラスラスラ、とペンを走らせている。図やら式やらが交互に出てきて、何を書いてるんだかさっぱりだ。
「よしできた。ハッシ部長、調達できる製品の一覧はありますか」
ハッシ女史から差し出された一覧を受け取って、その上に指を滑らせてゆくフィリー。
「……これかな。昔から工場の魔導力バッファーに使われていて、入出力効率もよく、大容量の魔導池。これなら、そうだな……スクリューの軸当たり二十個として、四軸あるから八十。そこに予備を足して百、かな。部長、この製品を百個、用意できますか」
ハッシ女史はフィリーが指さした品番を、別の帳面をめくって調べていたが。
「ああ、これはしたり。数ヶ月前、廃番になっております……はい? ちょっとお待ちを……これも、これもダメ。なんと、いま作っているのは、これだけです」
ハッシ女史が指さしているのは、一覧の最下段にある、いちばん古く、設備向けとしては最も小型の製品。
「そんな。まさか、こんな小さなものしか、ないんですか?」
フィリーが不審げに尋ねると、ハッシ女史が申し訳なさそうに事情を話す。
「はい。一年ほど前に、瞬発式の新型魔導池が発売になりましたでしょう。それ以来、従来型はいっきに廃れてしまいまして。この様子では小型のこれも、近々に廃番になるのでは……」
「え? じゃあ、その新型を使えばいいんじゃないのか?」
おれが頭の上に?を浮かべて尋ねる。
「だめなんだよ、ルタヴァール。新型の魔導池は、高出力の魔導反応炉に合わせて作られたものなんだ。魔導ボイラーの小さな出力じゃ、パワー不足で溜め込みができない」
フィリーが苦い口調で教えてくれる。
ん? ということは?
「この小型の魔導池は、溜められる魔導力が少ない。だから軸ひとつ当たり……二百個は必要だろうな。四軸分に予備も入れて、千個。……千個か!」
フィリーが天井を見上げながら、呻く。
「そんなにたくさんの魔導池を接続して、安定させて、適切に魔導力を取り出す。その仕組みは、あまりに複雑だ。作れないとは言わないけど」
おれは藁にも縋る気持ちで、おもわず言い募ってしまう。
「じゃあ、試しに作ってみるわけにはいかないのか。うまく動くかもしれないじゃないか」
「ぼくが設計するんだよ、そりゃうまく動くさ。でもね、ルタヴァール。きみ、これを《ウォータニカ》で、百年単位で、使っていくんだよ」
フィリーが、ゆっくりと、おれに言い聞かせてくる。
「千個もの魔導池だよ。今日はこっちが壊れた。明日はあっちの配管が詰まった。あさっては、どこがおかしいのかすら分からない。そんな風になるのは目に見えているよ。だから、実際に使うとなれば、とてもじゃないが、無理だ」
フィリーがおれに顔を向けて、情けなさそうに結論を述べる。
「魔導池を使う仕組みは、このままだと採用できないね」
どうやらおれの金剛型復活計画はいま、暗礁に乗り上げつつある。
小型ボイラーでは、速力は十ノルトがせいぜい。とてもじゃないが、巡洋戦艦などと名乗れる代物にはならない。せっかく、潜水艦から連想をして、いいアイデアを思いついたと思ったのに。おれはただただ、深く項垂れるしかない。
ハッシ女史の、いたたまれないような視線が堪える。まったく彼女の責ではないので、罪悪感を抱かせてしまったのだとしたら、申し訳ない気持ちでいっぱいだ。
「……ハッシ部長。魔導池ってたしか、特許権はずいぶん前に切れていましたよね?」
フィリーがとつぜん、使い物にならないと分かった魔導池に、話を戻す。
「たしかに、はい。魔導池の技術は、だれが使っても問題ないものとなっていますね」
フィリーはじっと考えて、今度はハッシ女史が開いているカタログを指さして、小型の製品について確認をする。
「この小型製品の本体って、高密度の樹脂ですよね。樹脂にする理由はあるんですか?」
「いえ、軍用品ですから、丈夫に作ったものを調達しているだけで。昔は木材なんかも使っておりました、はい」
また考え込むフィリーだったが、少し顔を明るくすると、ハッシ女史にお願いをしていた。
「小型製品も廃番になる、とのことでしたけど。それについて、製造元と話せますか」
「それは、旧知の工場ですから如何様にも、はい。しかしいったい、どんなお話を?」
ハッシ女史が、不思議そうな顔で訪ねてくる。
フィリーはにっこりと笑うと。
「その最後に残った小型製品の製造ライン。ぜひツクリノミヤ家で、買い取りたいのです」
素敵な洋服を買いたいな、みたいな調子で応じるフィリー。
さすが天界の名家。その発想が庶民のそれとはだいぶ違うことに、おれとハッシ女史は目をぱちくりとしていた。
――
そして一週間後。
おれとフィリーはツクリノミヤ家の名義で買収した、魔導池の製造工場――広さが百メルテ四方もある、大きな建屋にいた。
「フィリー、ほんとに大丈夫なのか? こんなデカい工場を買っちゃって」
おおきな工場のちいさな転生人とはおれのこと、出自が貧乏人の悲しさよ。ちょっとビクビクしながらフィリーに聞いてしまう。
「大丈夫、大丈夫。名家には名家の、いろんな手蔓があるからね。最低でもトントンには持っていけるさ」
ニコニコしながら、工場の片隅に山のように積まれた魔導池の重要部品を見つめるフィリー。買収後にさっそく製造命令を発して、早手回しに生産したものだ。その数、予備も含めて五百台分。嵩張らないから修理用にたくさん持っていきなよ、とはフィリーの弁である。
「わざわざ工場を買わなくても、フィリーなら魔導池を作れたんじゃないのか?」
「作るだけ、動くだけならね。でも、ルタヴァールだって分かってるだろ。モノってのは、動けばいいってもんじゃないからね」
フィリーは部品の山、そこから赤く塗られた平たい板をひょいと持ち上げると、おれに掲げて見せた。
「これが魔導池のキモのひとつ、入力フィルター。魔導力を蓄積用に変換する魔法陣が組み込まれた、メッシュ状の板だ」
フィリーが入力フィルターの角を示す。
「ここ、角が丸く落とされているだろ。なんでこういう形なのか、工場の技師長に聞いたんだよ」
「どんな理屈なんだ?」
「それが不明。それこそ何百パターンも試した結果、角を丸くすると、スムーズに魔導力が通過するってわかったんだって」
「それで、その理屈を調査したんだろ」
「もちろん。でも不明。魔導関連技術って、そういうことはよくあるんだよ」
いいのか天界。そんなアバウトな理屈で、宇宙戦艦まで飛ばしていて。
「まあ、そういうこと。こういうノウハウがひとつひとつ蓄積された製品に、敵うものって、ないよね」
フィリーはそういうと、もうひとつ、今度は青く塗られた平たい板を掲げる。
「で、もうひとつのキモ。こっちが出力フィルター。ここから溜め込んだ魔導力を吸うと、もとのサラサラと流れる魔導力が取り出せる」
「そして、その角がデコボコした形が最適である、という理屈はやっぱり分からないんだろ?」
おれのため息交じりの答えに、フィリーが笑い出す。
「そう。そしてこの完成されつくしたフィルターを、僕の《魔素溶融成形式・空間拡張工法》で作った本体に組み込めば、小型にして大容量。非の打ちどころのない魔導池の出来上がり、というわけだよ」
胸をそっくり返し気味にして、鼻高々に語り掛けてくるフィリー。ディーにそっくりだな。血は争えないってやつだ。言うと落ち込むかもしれないから黙っておいてやろう。おれは友達思いなんだ。
「これが買収によって時間を買う、ということだねルタヴァール君」
これがフィリー先生の、得意の絶頂期でありました。




