9. 転生人、調達でしくじりをする
――転生から三ヵ月と二週間後。
アンドロメダ銀河の天界 海軍工廠 アマノンブリッジ造船所 管理棟。
「その二基の魔導ボイラーは押さえてください。ただ、なんとかもう少し、集めることはできませんか。このとおり、お頼み申します!」
応接室のテーブルに額をくっつけて、平身低頭するおれ。その様子を横で、やれやれと肩をすくめて見ているフィリー。
「……ツクリノミヤ家の次期当主も、こうして頭を下げて、おりますれ、ば!」
言いながらフィリーの頭をひっつかんでテーブルに押し付ける。ゴチっという音と、アタッという情けない声が聞こえた気もするが、それどころではない。
「はい、当部としましても微力を尽くしまして、ほうぼうに当たってみたのですが、どうにも」
困惑の声色で応じるハッシ女史。おれたちの船の建造に必要な一切合切をかき集めてくれている、調達部のうら若き部長さんである。
「魔導ボイラーは、小型の二基だけで。やはり在庫がないということでして、はい」
ハンカチで額を拭きながら、状況を説明してくれる。
「とにかく、魔導ボイラーという、古き良き時代の動力源は、まるで作られておりませんで、はい」
このトラブルの大元。それは、ここ天界の事情と、おれが赴く地の事情、それがまるで違っていることにあった。
「なにせ天界では、一人乗りのエアヴィークルから、それこそアーフィリア様の新造宇宙戦艦まで。どれもこれもが魔導反応炉で片付いてしまいます、はい」
魔導反応炉。天界では、それはチートもいいところな、電気の代わりに魔導力を作り出す発電機っぽいものが普及している。
魔導モーターだの、魔導タービンだの、魔導ロケットだの。魔導と名がつく動力装置に、ガチャンと繋ぐだけで乗り物が一丁あがり、という恐るべき便利さなのだ。
そしておれにとっての不幸は、こんな進みに進んだ世界での、魔導ボイラーの扱われよう。当然作る人も使う人も、ぜんぜんいない。好事家が「わたしのおうちにすてきな魔導機関車を走らせてみたい」とか思い付きでもしなければ、需要なんてゼロに等しいのである。
「しかしながら、まさか、魔導反応炉を《ウォータニカ》へ持ち込む許可は出せませず、はい」
おれが行く《ウォータニカ》世界はいまだ産業革命の気配まるでなく、いまも帆船が最先端の移動手段。小さな工房で、動いたり動かなかったりの魔導ボイラーがやっと発明されて、あちらで少しずつ使われたり、こちらで役に立たんと激怒した客に叩き壊されたり……というそれはもう、技術が発展で途上している世界なのだ。
そんなところに、でかい宇宙戦艦をビュンビュン飛ばせるような技術をホイホイ持ち込んだら、その影響力は目も当てられない。それは、そうなんだよ。
だからおれは、おれたちの船に積む動力源としては、大型の魔導ボイラーをかき集めてほしい、とハッシ女史に依頼をしていたのだが。
「実は、アーフィリア様にお伺いを立ててみたのです。ほら、造船ドックすら、建設の許可が出ましたでしょう。ひょっとしたら魔導ボイラーの製造ラインも、と思いまして、はい」
おれはフィリーの頭を放り出してハッシ女史の手を握り、すかさずお礼を述べ立てていた。
「そこまでしていただいて、この不肖ルタヴァール、感謝の申しようもありません」
デコを摩りながら恨めしそうな顔のフィリーを横目に、握った手をブンブン振ってしまうおれ。
「いや、それが」
ハッシ女史は眉毛を逆八の字にして、申し訳なさそうに続ける。
「以前に聞いた話では、小型ボイラー二基では十ノルトがせいぜいで、性能不足。可能なら大型ボイラー四基が欲しい、ということでしたが?」
フィリーが話を引き取って、具体的な数字を答える。
「はい、そのとおりです。大型ボイラー四基で、最大速力三十ノルトを狙っています」
「そのお話を根拠にして、アーフィリア様の説得を試みたのですが……」
……うん? 三十ノルトの話、アーフィリアにしちゃったの?
「作業船は十ノルトも出せれば十分なのではないですか?と、逆に問い返されてしまいまして」
ああああ。あの抜け目のないポンコツ女神にそんなこと言ったら、却下されるのも当たり前である。
こうなったらダメで元々、おれがアーフィリアに談判するしかない。いっちょ、社畜サラリーマンの弁舌の冴えをみせてやるぜ。
「わかりました。わたくしが直接、アーフィリア様へのご説明と説得に伺いましょう!」
「いえその、実は、アーフィリア様はただいま長期の出張で。今頃はアンドロメダ銀河を離れた沖合かと」
額の汗を拭き拭き、教えてくれるハッシ女史。あの女神、いったいそんな、何もなさそうなところで何をしてるのか。
「アーフィリア様の新造宇宙戦艦――エンプレス・アンドロメダの公試運転です、はい」
ハッシ女史は眉毛の逆八の字をさらに急角度にしつつ、実に申し訳なさそうに続ける。
「ああ。そういえばもう、そんな時期でしたね」
フィリーが得心のうなずきをして、おれに事情を教えてくれる。
「年に一度、新造の宇宙戦艦が集められてね、最高速度のテストを行う決まりでさ。予選から始めておおよそ一月ほどの、お祭り騒ぎ。一般にも《輝け!M110標柱間全力公試》として有名なイベントなんだよ」
「へえ、それ見てみたかったな。面白そうじゃないか。アーフィリア様に、一緒に乗せてって、頼めばよかったな」
なんでそんな面白そうな催し物に誘ってくれないんだよう。おれと女神様の、特大の不祥事を隠蔽しあった仲じゃないかよう。
「あんまりお勧めできないね。毎年、負傷者が続出だからね」
フィリーは、やめとけ、とかぶりを振っておれに注意をする。
……なんで? なんで性能テストで、そんなに怪我人が出るんだ?
「まったく同意です、はい。アーフィリア様、すごい意気込みで出かけられましたから……」
ハッシ女史が遠い遠い目をして呟いている。
「なんでも『今度の船なら、有象無象を必殺のレーザー砲で蹴散らして、きっと優勝してみせる』とか……はい」
……やだよ、行かないよ。ただの性能テストが、なんでそんな物騒なイベントになるんだよ。怖いところだよう、天界は。
――
「あのポンコツ女神様め! いつもいつも、いつもいつもいつも! おれの行く手を遮りやがってえええ!」
《愛の巣》への帰り道、広い野原を自転車で走りながら絶叫するおれ。
「こんど帰ってきたときは、必ず吠え面をかかしてやるからなああああ!!」
もうひとつ絶叫して、ちょっとすっきり。クールダウン、クールダウン。煮えた頭じゃ、いい考えは浮かばないというもの。
「ルタヴァール、声が大きいよ。それになんか、チンピラみたいな捨て台詞だよねえ」
フィリーが並走しながら、呆れた声でおれをたしなめる。
「チンピラとは失礼な。これはね、青年の主張というものだよ、フィリー君」
「青年は超弩級艦を作ろうなんて画策しないと思うけどね、ルタヴァール君」
二人で、はっはっは、ふっふっふ、とか笑いながら、天界の大海原が広がる素晴らしい光景が続く、海岸沿いを走り抜けていく。
ふと気づくと、数百メルテほど離れたあたりに白波が立っている。なんだろう、と首を傾げていると、一筋の潮が吹きあがる。
あれは……クジラか?
「へえ、めずらしいね。あの先が三つに割れてる形は、ソラクジラだよ」
「ソラクジラ? なんだいそれ」
フィリーがニヤリと笑って。
「まあ見ていてごらんよ。初めて見ると、面白いと思うよ……ほら、きたぞ」
フィリーの指さす方向を振り返ると、ドッと海を割って、大きい黒々としたクジラが、でかい図体を表している。おお、でかい。
海獣といえば、アシカにイルカにシャチ、くらいしかみたことないが、こいつはとんでもない大きさだ。ざっと五十メルテはあるんじゃないか。
……おれの船、クジラより小さいのか……くそう負けないぞ! みていろポンコツ女神め!
おれが拳を握りしめて心で泣いていると、フィリーが、ほら!みて!と声をかけてくれる。
フィリーの声につられて海を見やると、クジラが勢いよく海を叩いて、こちらのほうに向かって飛び上がって。
そのまま、大きなひれをゆっくりと振りながら、空へ空へと、って……は?
「いやあ、いつ見ても壮観だねえ」
おれたちの頭上をゆっくりと泳いでいく、でかいクジラを見ながら、うんうん、と頷いているフィリー。
その横で、おれは口をあんぐりと開けて、悠然と飛び去って行く天界のクジラに見入っていた。
……クジラ。クジラか。
「そういえば。おれの故郷じゃ潜水艦のことを、鉄のクジラ、なんて呼んでいたんだっけ……」
「ああ、水に潜る船かあ。その例え、なかなかうまいこと言うね」
フィリーの相槌を聞き流しながら、おれはなにか、引っ掛かりを感じている。
普通の潜水艦は、海の上でディーゼルエンジンを回して発電して、たくさんの電気を溜めこんでおいて。
潜ってからは、溜め込んだ電気を、少しずつ使って進む。
電気を溜め込む先は、バッテリーだった。
「なあフィリー。魔導力って、溜めこんでおくことは、できないのかな」
いつもお読みいただきありがとうございます。
年末の仕事に忙殺されていて書き溜めが順調にへってきました。やばい。頑張って書かないと……




