Overture
2010年8月26日。
終わりは来ない。
「ふぇっ!?」
腑抜けた声を出して飛び起きた。
本部じゃない……?
おれの家だ……?
おれは顔のすぐ横にあったスマートフォンでインカメラを起動する。
(おれの顔だ……)
顔の半分に火傷の痕がある。
ついさっきまでの精悍な顔つきはどこいったよー?
がっかりしちゃうな。
……つまりは?
戻ってきたってことか?
戻ってきちゃったかあ。
偽“アカシックレコード”の世界じゃない。
真の世界、現実。
本の中ではない。
そうだ!
本!
本だよ!
おれは久しぶりに戻ってきた自分の家の中を漁る。
偽“アカシックレコード”は見当たらない。
あちこちを崩して、段ボールの中を開けたり引き出しの奥をかきわけたりしても、ない。
回収された後か。
まだ手に入れてないのか。
もう一度スマホを見る。
今度はカレンダーを起動した。
「2010年8月26日」
読み上げる。
回収された後か。
時間戻ってるな……?
いや、戻ってるっていうか、あの世界での時計の進みと現実世界の時間の進みが違うのか?
単純に開始地点に戻ってきたとも言える?
というか。
おれは8月25日に殺されたんじゃね?
さっき見たときは(あんまり自分の顔見たくないからまたカメラ起動して確認するようなことはしないけど)撃たれた痕跡はなかった……。
あったらすぐわかるもん。
(クリスさんに殺されないifの未来……?)
待てよ。
現実でも8月25日には能力者が全滅しているんだぞ。
見逃された?
いやいや。
もしかして?
嫌な予感がするぞ?
おれは冷蔵庫を開けて、賞味期限が1日だけ過ぎてしまっている豆腐を取り出す。
まだ食べられないことはないけど効果がわかりやすそうなのが冷蔵庫の中でこれぐらいしかない。
能力【疾走】を発動して、1秒後の豆腐の変化を確かめようとする。
「何も起こらんが???????????」
あれ?
あれっれれれ?
水飛んだり乾燥したりしない?
何度か試みても何も起こらない。
能力がなくなっているとみていいか?
え。
マジ?
あの……“組織”もなくて能力もなくなったとなるとおれってこれからどうすれば……?
いや“組織”はあるのか?
一縷の望みをかけて電話をかけてみる。
一度もかけたことのない本部への直通の電話番号。
番号すら知らないからインターネットで調べた。
『おかけになった電話番号は、現在使われておりません』
自動音声が流れる。
終わった。
終わりー!
中卒無職の誕生だよ!
どうすんの。
この家の家賃とかこれからの生活費とか。
他に仕事見つかんのか?
このおれに?
自慢じゃないけど何もできないぞ。
未来が見えない……。
生き残ったのに?
うう……。
戻りてええええええええええええええ。
戻りたいよおおおおおおおおおおおお。
偽“アカシックレコード”の世界に。
おれがハッピーエンドに導いたことになっているならその後の生活を送らせてくれよ。
なんで元の世界に強制送還された?
あの世界の篠原幸雄は“ぼく”だから?
どうして……?
頭を抱えてうずくまる。
そうだ。
死のう。
死ねばまた偽“アカシックレコード”の世界に行けるかもしれない。
こんな詰みの状態の現実にいても何も楽しくないじゃんか。
死んでまたあっちに転生すればいい。
そうだよ。
そうしよう。
頭を撃たれて死んだから、また頭を撃たれれば。
銃ってどこで手に入れんの……?
現代日本で銃が手に入る場所ってどこ?
警察から奪い取る?
どうやって?
能力ないのに?
(この世界にクリスさんは生き残っているはずだから、クリスさんに連絡とって何とか……)
総平も望んで偽“アカシックレコード”の世界に行けたと言っていたし。
方法がないわけではない。
ってことだよな。
立ち上がろう。
あの世界に戻るために?
身体が重い。
あの世界に戻ったとしても、創のさじ加減でどうとでもなる。
管理者としてのパワーが創に移っただけじゃないか?
デウスエクスマキナ的な……。
どっちがいい?
どっちにしろおれに明るい未来は待っているの?
「きみがぼくを救ったように、今度はぼくがきみを救おう」
都合のいい幻聴が聞こえる。
こんなところにいるはずのない人の声だ。
もう1人のおれ。
偽“アカシックレコード”の世界の篠原幸雄。
「立ち上がり、前を向きたまえ」
なんでいるのかはともかく。
顔が良すぎて脳が焼けるので直視しないようにしよう。
放っておいてほしい。
だってどう考えても終わりじゃん。
これから何すればいいの。
おれは普通に生きていけるの?
普通って何……?
23歳男性の普通の生活ってどうすればいい?
普通以下のことしかできないけど?
「どうしてぼくがここにいるのかを教えてあげよう。
偽“アカシックレコード”の世界から弾かれたぼくは、だだっ広いホワイト一色のエリアに――“第四の壁”へとムーブさせられた。
そのエリアに設置されていたモニターできみの活躍をウオッチしていた。
偽“アカシックレコード”の世界の篠原幸雄となったきみを、13回目のリテイクから14回目のエンディングまでね。
と、同時にぼくは真の世界のきみの人生を追体験してきた。
きみは13回目のリテイクをすることであの“小さな世界”でのぼくの輝かしいヒストリーをラーニングしていたが、それと同じだ。
ぼくにとってのきみの人生は実に学びの多いものだった。
ぼくという光がシャイニングすればするほどにきみという影はよりディープに悪化していく。
虚言、デタラメ、誇大妄想、極め付けは自作自演からの責任転嫁で、きみはきみ自身にレッテルを大量に重ね貼りして自分自身の本当の価値をハイドした。
改めてぼくときみは同一存在であると同時に偽と真の存在なのだと理解した――しかし、ぼくは尊敬するパパやママのためにパーフェクトな存在にならねばならない!
この世界でひとりぼっちだと思い込んでいるきみの味方になろう。
そのために三千世界を乗り越えてぼくはここにきた。
きみはぼくであり、ぼくはぼくのことを愛している」
長々とありがとう。
要約すると、異世界の“ぼく”がわざわざ現実世界のおれを心配しにきてくれたわけね?
なんか前に『もしぼくに肉体があるなら』みたいな話してたもんな。
「きみはぼくと友だちになりたいのでは?」
言ったっけそんなこと?
「第12話を読み直せばわかる」
……?
ま、まあ、おれとしてはお前がいてくれるのは嬉しいかなー。
うん。
これから先どうしていけばいいかって困ってたところだし。
相談できる相手がいるのは助かる。
他に頼れるような人もいないもん。
「まずは髪をカットしよう」
えっ。
外に出んの?
「この世界では“組織”は崩壊していて、今のきみにはワークがない。働かなければ生活していけないなら身なりを整えて仕事をファインドしたまえ」
偽“アカシックレコード”をハッピーエンドにするためにおれも頑張ったからちょっとの間だけおやすみしない?
おれも久しぶりにこっちに戻ってきたしさ。
戻ってきました!
じゃあ仕事見つけましょう!
じゃなくて。
おれも働くけど、そのうち。
そのうち働くけど、お前のほうが何でもうまくやってくれるだろうから働いてきてよ。
おれとお前と同一存在だっていうなら交代で働こ?
ね?
「オーケー、きみがいわゆるヒモ生活をしたいのはわかった」
表現にそこはかとなく悪意を感じる!
違うよ!
おれも働くって言ってんじゃん!
今のところは休みたいだけで!
【Prologue‼︎】




