「and more…?」
「おかえりー」
よかった。
生きていた。
「シン、ラインの返事は」
「ん? ああ、……ってやば! すごい数送ってくるじゃん!」
Overtureから1ヶ月半。
あの後にぼくはシンと連絡を取るためにスマートフォンをシンの名義で(こちらの世界のぼくの名義で)契約し、仕事を見つけて働いている。
今日は仕事ではないが、朝からある場所に出かけて今帰ったところである。
ある場所については後述しよう。
こちらの世界では“組織”は壊滅しており、この過去を変更する偽“アカシックレコード”のような手段はない。
偽“アカシックレコード”の力さえあれば死はリセットされ、メモリーがデリートされて開始地点にループしていたが、こちらはそうはいかない。
やり直しのできない一度きりのライフで、ぼくに課せられたミッションがある。
真の世界の篠原幸雄、通称シンを幸せにすること。
「使い方わからん? 向こうとそんな変わらないと思うけど」
「いや、そういうわけでは」
「眠いから寝てただけだって。まあ、通知切ってたおれも悪いか」
「そうか。寝ていただけならよかった」
ぼくは胸を撫で下ろした。
既読にすらならないので、ぼくが目を離したすきに死んでしまっているかと心配していたのだ。
大袈裟と思うかもしれない。
だが、シンはそういう節がある。
失敗が許されないぼくはこのデリケートなプロブレムをナーバスになりながら取り扱わねばならない。
ぼくは先ほどまである場所――メンタルクリニックにいた。
総平の助言も助かるが、専門家の意見も聞きたかったからだ。
総平にも総平の現実がある。
ぼくのミッションはぼくの力でクリアせねばなるまい。
クリニックでは(こちらの世界の“もう1人”のぼくの問題ではあるが)包み隠さず同一人物であると伝えたらぼく自身のメンタルも疑われかねないのでシンのことは双子の兄というていで話をしている。
真実を伝えられないのはぼくとしては非常に歯がゆい。
他人に嘘偽りを伝えたくはない性分である。
カウンセラーを名乗る女性が親身に受け答えをしてくれたので尚更罪悪感があった。
そのうち、話ができればと思う。
初回なのでカウンセリングのみだったが、次回から処方箋が出るらしい。
正しく薬を飲ませることができるのかの不安がある。
テクニックを伝授していただかねばなるまい。
「それはそうと、お昼何?」
「コロッケパンを買ってきた」
「この前食べたやつ?」
「気に入っていたようなので」
「やったー!」
シンは精神病だ。
ぼくは『第四の壁にてシンの過去に触れた』とOvertureで語った。
シンの周りの人間が話している内容と、シン自身の耳に届き脳で解釈している“音”が違う。
言葉と表現するのは言葉に失礼だ。
あれは“音”とするのが適切である。
同一人物であるにもかかわらずぼくの人生とシンの人生が異なっているのはこの病気の有無が大きい。
シンを憐れんだ創造主が偽“アカシックレコード”を【創造】した際に改変したのだろう。
偽“アカシックレコード”のパワーを以ってすれば過去の事象を書き換えるのは造作もない。
具体的に『ここから異常をきたしている』というターニングポイントは見つけられなかった。
じわじわと心を蝕んでいき、気付かないうちに悪化していた。
中学の卒業式の頃にはほぼ完成しきっていたのかもしれない。
志望の高校に落ちてしまったのも致しかない。
よくもまあこの精神状態で受験勉強に打ち込めたともいえよう。
シンは周囲の期待に応えたかった。
どんなに小さなことだとしても自分を褒めてほしかった。
失敗して空回りするたびに自分が他人よりも劣っていて、価値のない存在だと責めるようになっていった。
善く見られたいがために虚言を積み重ねる。
偽りが真実を覆い隠していく。
『自分は唯一無二で、誰かと比べるようなものではない』
ぼくはそう信じているが、誰しもがそうとは限らない。
「? どうした?」
「何か気になることでも?」
「考えごと?」
「ああ。今の職場の方々にエクセレントなぼくの魅力をどのようにアピールしていくのがいいかとタクティクスを練っていた」
身体の随所に見られるケガの数々は自分自身で痛めつけたものだ。
第19話にて過去のワンシーンだけ覗き見たその時にはまさか自傷であるとは思いもしなかった。
作倉部長があれだけ呆れていたのは、【予見】の能力で過去の行為を視ていたからだろう。
ぼくに語った言葉の中で過去に関するものはほとんどがデタラメだった。
ちゃんと両親はあのパパとママである。
自分の価値を認めてくれない2人が実の親であるはずがない、という被害妄想の暴走だ。
本人はパパに傷つけられたと話していたが、実際には違う。
自分でやってしまったことを他人の責任と思い込み、自分は「悪くない」と逃避している。
自分自身の記憶を上から塗り替えて、真実を“なかったこと”にし、思い出さない。
責任転嫁から生まれた“可哀想なおれ”という悲劇の幕開けである。
記憶はいくらでも変えられるが、第四の壁には記録が残されていた。
「お前は普段通りやってたら大丈夫でしょ」
この返事の裏側には「自分は普段通りやっても何もできない」という卑下が込められている。
ぼくはどうにかして彼自身に“生きる意味”を取り戻させてやらねばならない。
死のうとして気をひくのではなくて、生きていくために必要最低限の自信を与えたい。
連絡が返ってこなくて焦っていたぼくの心境を理解していただけただろうか。
ぼくの目の届かない場所で涙を流して頭を打ちつけたり、塞がっている傷口をわざわざ広げたりしないでほしい。
あと「おれなんか見捨ててひとりで生きてくれ」なんて言わないでほしい。
きみはぼくであるのなら生きていくべきだ。
シンのネガティブな思考は過去に裏付けされたものであり、改善していくには時間がかかる。
オーケー、パーフェクトなぼくはこのディシプリンをリセットなしでクリアしてみせよう。
【インパーフェクト・エディション】




