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KYRIE   作者: リンドウノミチヤ
第三章
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23/28

キリエ 2

     + + +



 公爵夫人の白皙の顔は血にまみれていた。彼女は床に転がりのたうち回る青年を眺めた。凄惨な光景を前にしても何ひとつ感情は動かなかったが、自分は魔にでも魅入られているのかもしれないと、ふと思った。そしてそんな自分自身をも冷ややかに見つめているもう一人の己を感じていた。



 正に一瞬の出来事だった。そして何者かが采配を降したかごとき明暗だった。青年が夫人に近づいたその刹那、足元に転がっていた物体に足を滑らせバランスを崩した。石の床に倒れていた夫人は自分の数十cm先の闇で鈍い光を放つ物に向って無我夢中で跳躍した。中型のナイフ。夫人は獲物を確実に掌に納めると身体を反転させた。そして目の前の青年の、白い魚のような喉にナイフの切っ先を躊躇なくさくりとたてたのだ。

 自分の所有物だったナイフを喉に刺したまま青年は唸り声を上げ続けている。

 階下から聞こえる男達の怒声。

 夫人は部屋を飛び出した。彼女の身体は野生の獣のごとき俊敏さで動き目の前の螺旋階段を駆け上がった。

 上へ、更に上へ。

 突如視界が開け彼女の髪は外界の風に晒された。夫人は愕然として自らの足元の城壁とさらにその下に広がる森を見た。息は切れ切れとなり、視界は霞んだ。最早何処にも逃げ場はなかった。近づいて来る男達の足音を背に受けながら彼女は静かに遠く地平を眺めた。


「悪運つきたな…」


 彼女は自嘲し、躊躇いもせず足で地を蹴った。

 白く細い身体は一瞬宙に浮かんだ。



     + + +



 統也は自分の前に現われた光景に目を奪われた。

 目の前に青空があり、空を背景とするかのように廃園が広がっている。彼の息遣い以外は生き物の気配すらない、そこは空中庭園だった。

 時が止まったかのような静寂の中、彼は注意深く歩みを進めた。廃園は行き止まり、眼下には蔦や木の枝に絡まった城壁と鬱蒼と茂る森があった。

 ふと、彼は空を見上げた。頭上十m程先に塔がそびえ立っており、何かが動いた。それは陽光に煌めいて輪郭は漠然としていた為大きな白い鳥に見えた。


 手負いの天使。


 一瞬の幻覚に彼は目を見開いた。





 次に統也が見たのは公爵夫人が自ら飛翔し真っ直ぐ地獄へ落ちていく光景だった。彼は城壁から大きく身を乗り出し、彼女の体をすんでの所で宙で受け止めた。そのまま細い身体を抱きかかえると夫人の頭をかばいつつ城壁に生えていた蔓に足をかけた。蔓は大きくしなり二人を引きずったまま剥がれ落ちた。

 彼らの体は城の出窓に打ちつけられた後更に下の木の枝に絡まり数回バウンドし、そして地面に墜落した。



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