キリエ1
~Kyrie~
庭園跡に残された地下通路の入口は程なく見つかったが、そこからが苦難の道程となった。通路は洞窟さながらに陰鬱で足場は悪く、男達は小さな灯りのみを頼りに無言で駆けた。ふいに通路が開けた。彼等は地下の大広間に足を踏み込んでいた。巨大な貯蔵部屋らしかった。中央には大きな酒樽が鎮座しており、岩をくり抜いて作った貯蔵庫と棚があった。そして周りの岩肌にはまるで蟻の巣のように幾つかの出口が開いていた。
「畜生、道が分かれているなんてあいつは言わなかったぞ?秘書失格だ」
ドラジェンは灯りで周囲を調べつつ忌々しげに呟いた。
突然、統也のすぐ横の岩肌が動いた。黒い頭が覗き屈強な身体つきの中年男が隠し扉を開け広間に現れた。
いきなりの遭遇に一瞬、双方共唖然としたまま固まる。動きが早かったのは統也だった。相手が銃を構える前に男の腹に蹴りを入れる。肋骨が折れる音がし、屈強な筈の男の体は人形のように飛んだ。ドラジェンは目を見開いた。統也は男の首を締め上げると岩肌に押さえ付けその耳元で一言二言聞いた。男は首を振る。統也は彼の口を塞いだ。骨の一部が再び折れる音が聞こえ洞窟の広間にくぐもった呻きが響いた。統也は更に力を込めた。男は痛みに我を忘れつつ叫び崩れ落ちた。
「おいおい、随分と容赦しねえな」
ドラジェンはニヤニヤとして失神した男の身体を探る。そして無表情になるとその頭に銃口を向けた。統也はかぶりを振るとドラジェンを制し、倒れたままの男を靴紐で縛り上げ貯蔵庫の一つに押し込めた。
見せ場を奪われたドラジェンはあからさまに舌打ちしてみせた。
「ボーイスカウトのキャンプじゃねえんだぜ?」
統也は気にする風でもなく洞窟の通路を見渡す。
「ここで時間を食っている暇はない筈だ。二手に別れよう、辿り着いた方が夫人を助ける」
「あいつらに見つかっても俺たちの事を喋るんじゃねえぞ」
気の収まらないドラジェンは口の中で悪態をついたが確かに選択肢も時間も残されていなかった。部下に指示を出したドラジェンは、一人先を行く統也を振り返った。
素人然としているが、あの常人離れした体躯と力は滅多にお目にかかれるものではない。
雪の女王の忠実な番犬。
そんな言葉がふと浮かんだ。あいつが公爵夫人の旦那を殺したって噂は案外本当の事なんじゃねえか?ドラジェンは統也の背に声をかけた。
「あんたはメカニックだってな。レースなんぞ辞めて俺達と組まねえか?」
「断る」
断固とした声が聞こえ、統也の体は闇の向こうに消えた。ドラジェンは肩をすくめると彼の後を追い再び歩き出した。
幾重にも別れた地下通路の暗闇を潜り抜け、狭い階段を数歩上がると天井に取り付けられた扉に突き当たった。そこが古城の隠し部屋の入り口だった。振り返るとドラジェンの姿は消えていた。
統也は周りを見渡しつつ城内に足を踏み入れた。誘拐犯達の気配はなく、両側を窓の無い壁に挟まれた狭い廊下の奥には暗い階段があった。統也は駆け上がった。
細い階段は何十段も続き永遠に終わらないかのように先が見えなかった。そして彼はいきなり闇から外の世界に放り出された。




