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KYRIE   作者: リンドウノミチヤ
第三章
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ドラジェン

     ~Drazen~


 ガブリエルは公爵夫人イングリッドがラーゲルレーヴの会長に就任して以来の忠実な秘書だ。どんな局面でも感情を露わにする事がないその冷静さは上司である公爵夫人以上だと囁かれている。

しかしその冷静沈着な筈の彼女は今別邸の廊下を歩き回り焦燥感に苛まれていた。特殊部隊到着までには時間がかかる上、夫人の行方の手がかりさえ掴めない。誘拐の現場にいた警部は重傷を負い近くの病院の集中治療室にいる。拉致された公爵夫人を追跡している警備会社の男、ドラジェンからは未だに何の連絡も入って来ない。

 それに…とガブリエルは更に焦燥感をつのらせつつ考える。

 支店長は何処にいるのだろう?最近彼と公爵夫人の間で何か重要な会話が交わされた事は間違いない。今日の午後から長期休暇を取る事になっていた筈だが、この緊急時に連絡すらよこさないなんて。



 突然、ガブリエルの端末が音をたてた。公爵家の本邸からだった。内容を聞き彼女は仰天した。指名手配されている筈の男、榛統也から連絡を受けたと言うのだ。しかも統也は誘拐犯達の正確な位置を伝えるとそのまま連絡を絶ったという。次いでガブリエルは支店から連絡を受けた。支店の社員が数時間前東洋系の大柄な男に襲撃され、男は社員のバイクを奪うと何処へか走り去ったという報告に彼女は呆気にとられた。



     + + +



 公爵夫人の忠実な秘書が本邸からの連絡を受け取ったその数時間後、統也は些か愕然として目の前にそびえ立つ古城を眺めていた。

 それは、まさに要塞だった。灰褐色の巨大な円柱形の塔の周りには蔦が繁り、城が人間達の営みと無縁となってからの歳月を物語っていた。しかしその強固な壁は圧倒的な威圧感をもって未だ息づいていた。

「これが公爵夫人の旦那の持ち物か?呆れたもんだな」

 足音もさせず、ドラジェンが近付き声をかけた。手に持っていた小型銃を無造作に統也に渡し、そして言った。

「あんたが足手まといだと判断したら遠慮なく見捨てるからな」

 この数時間前、ドラジェンと部下の警備会社の社員二名は小さな村のはずれで誘拐犯達の痕跡を見失い立ち往生していた。公爵夫人の秘書から連絡が入ったのは丁度その時だった。何と、誘拐犯達の居場所を伝えて来た者がいたというのだ。しかもそれは公爵殺しの犯人として指名手配されている男らしい。正気かよ?不信感を隠そうともせずドラジェンは秘書ガブリエルにぼやいたが、最早他の選択肢はなかった。ドラジェン達はガブリエルの指示通りの場所に車を走らせた。そして一時間後、前方を制限速度をとっくに越えたスピードで砂塵を蹴散らして爆走するバイクを発見したのだ。

 ドラジェンは城壁の向こうを顎でしゃくった。

「仲間が連中のバンを見つけた。公爵夫人以外の足跡が五人以上だ。そしてもう一つ、夫人の秘書からの情報なんだが、城の東側の雑木林、実はあそこは数百年前の大きな庭園跡でどうやら城に直結している地下通路の入り口があるらしい。犯人達がその抜け道を知らないようお祈りでもするしかないけどな。おまけにあんたの話が事実なら奴等はテロリストくずれの連中で間違いなく完全装備、こちらは軽装の三名と素人一人。どう少なく見積もっても楽しい結果にしかならんぜ」

 まあ、ラーゲルレーヴの会長を死なせた日には明日から職を失くしかねんからやるんだけどな。ドラジェンは、ガブリエルが聞いていたら眉をしかめそうな軽口をたたき、そして言った。

「仮に救出出来たとしてもあの女が五体満足の状態とは限らないんだぜ?」

 統也は黙って手の中の銃を確認していたが、やがて静かに言った。

「あんたは公爵夫人を知らない。彼女がどんな人間かを知らない。あの人は、万が一自分の意に染まない状況に立たされた時は相手か自分のどちらかを殺す。どんな時も、絶対か無かのどちらかしか選択しない人間だ」

 ドラジェンは不意に目の前の男に興味が湧いた。

「なあ、あんたは公爵殺しで指名手配されているんだよな?雪の女王が旦那を殺させたって専らの噂なんだが本当のところはどうなんだ?あの女、あんたの愛人か何かか?」

「そんなんじゃない」

 統也は言った。

「あの人は、俺の大事なひとだ」



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