↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
9/13

第8品「記憶の引き出し」

午後三時、時計塔の鐘が鳴る。


王都フォレンティア・ベルクラウンは穏やかな陽射しに包まれていた。


スカーレット・アイテムショップの窓からも、柔らかな光が差し込んでいる。


カウンターではフィリアが商品の手入れをしていた。


店の片隅に置かれた丸テーブルでは、アストリッテ・アイボリーがハーブティーを飲んでいる。


最近ではすっかり見慣れた光景だった。


「今日のクッキーは蜂蜜入りです」


アストリッテが得意げに言った。


「へぇ。美味しそう」


フィリアは一枚もらって口に運ぶ。


ほんのり甘い。


「本当だ。美味しい」


「でしょう?」


少しだけ胸を張るアストリッテ。


そんなやり取りをしていると、勢いよく扉が開いた。


カラン。


「やぁー!フィリアさん!」


聞き慣れた声だった。


「ダグさん、いらっしゃい」


王立騎士団所属の騎士、ダグ・ウォーキンだった。


明るい茶髪を揺らしながら店へ入って来る。


「今日は何をお探しですか?」


「彼女の誕生日が来週なんだよ」


ダグは少し照れながら笑った。


「おめでとうございます」


「まだ誕生日来てないけどね」


フィリアも笑う。


「アクセサリーですか?」


「そうだねぇ。瞳の色が紫だから、そんな感じの色の物がいいかな」


「それなら……」


フィリアは棚から一つのブローチを取り出した。


小さな紫水晶があしらわれた上品な品だ。


「これなんてどうです?」


「おっ!」


ダグの顔が明るくなる。


「いいじゃん!」


「ありがとうございます」


「それにする!」


即決だった。


丸テーブルからアストリッテが呟く。


「はやっ」


フィリアは吹き出した。


ダグは気付かない。


プレゼント用の小箱を大切そうに抱えながら、


「ありがとう!また来るね!」


と手を振り、店を出て行った。


扉が閉まる。


「本当に早かったですね」


アストリッテが呟く。


「きっと彼女さんのことが大好きなのよ」


フィリアは微笑んだ。


「なるほど」


アストリッテは納得したように頷く。


その時だった。


再び扉が開いた。


カラン。


今度は静かな来店だった。


杖をついた一人の老婦人ーーマーガレット。


銀色に近い灰色の髪を上品にまとめ、小さな眼鏡をかけている。


腰は少し曲がっていたが、その足取りには不思議な品があった。


「いらっしゃいませ」


フィリアが声をかける。


マーガレットは柔らかく微笑んだ。


「こんにちは。何かお探しですか?」


「いえね」


マーガレットは店内を見回した。


「前を通りかかったら可愛らしいお店だったものだから」


「ありがとうございます」


「少し覗いてみたくなったの」


その言葉にフィリアは嬉しくなる。


「こちらはどんなお店なのかしら?」


「雑貨やアクセサリー、それから少し不思議なアイテムも扱っています」


「あら」


マーガレットは楽しそうに目を細めた。


「魔法の道具みたいなもの?」


「そんなところです」


「それは面白そうねぇ」


そう言ってマーガレットは笑った。


その笑顔にはどこか可愛らしさが残っていた。


「最近ね」


マーガレットはぽつりと言う。


「物忘れが増えてしまって」


「そうなんですか」


「歳のせいかしらね」


冗談めかして笑う。


けれど少しだけ寂しそうだった。


「忘れ物をしなくなるようなアイテムはあるかしら?」


フィリアは少し考えた。


そして戸棚の引き出しを開ける。


取り出したのは、小さな木製のタンスだった。


掌に乗るくらいの大きさ。


小さな引き出しがいくつも付いている。


「これは?」


マーガレットが尋ねる。


「記憶の引き出しです」


「記憶の引き出し?」


「忘れなくなるわけではありません」


フィリアは笑った。


「でも、思い出しやすくなるんです」


アストリッテも席を立って近付いて来る。


小さなタンスを覗き込む。


「覚えておきたいことを、この引き出しに入れるイメージをするんです」


「イメージ?」


「ええ」


フィリアは小さな引き出しを開けた。


中には何も入っていない。


それなのに、不思議と何かが詰まっているように見えた。


「例えば大切な約束」


「例えば会いたい人の名前」


「例えば誕生日」


マーガレットは静かに聞いていた。


「そして思い出したい時に引き出しを開くんです」


「それで思い出せるの?」


「思い出せるかもしれません」


フィリアは少し笑った。


「お手伝いをしてくれる程度です」


「あらまぁ」


マーガレットも笑った。


「可愛らしいわね」


そっとタンスを撫でる。


その指先は優しかった。


「この前ね」


マーガレットが静かに話し始めた。


「孫の誕生日を勘違いしてしまったの」


フィリアもアストリッテも黙って聞く。


「プレゼントを渡すのが遅れてしまってね」


少しだけ目を伏せる。


「残念がらせてしまったわ」


「……」


「それに心配もかけてしまったの」


マーガレットは寂しそうに笑った。


「大切なことも忘れてしまう歳になったのね、私も」


その言葉に店内が少し静かになる。


アストリッテは老婦人の手を見た。


小さなタンスを大切そうに撫でる手。


その手にそっと触れる。


マーガレットが驚いて顔を上げた。


「お孫さんは」


アストリッテは言った。


「おばあ様が大好きなんですね」


マーガレットは目を瞬かせた。


「え?」


「誕生日を忘れたことより」


アストリッテは少し照れながら続ける。


「心配してくれたことの方が大きかったんじゃないでしょうか」


店内が静かになる。


フィリアは優しくアストリッテを見つめた。


マーガレットもまたアストリッテを見ていた。


やがて。


ふっと笑う。


「そうかもしれないわね」


その目は少し潤んでいた。


「ありがとう」


小さな声だった。


そしてもう一度、記憶の引き出しを見る。


「これをいただこうかしら」


「ありがとうございます」


フィリアは丁寧に包んだ。


マーガレットはそれを大切そうに抱える。


「素敵なお店ね」


帰り際にそう言った。


「また来ます」


「お待ちしています」


老婦人はゆっくりと店を出て行った。


扉が閉まる。


しばらく二人はその背中を見送っていた。


やがてフィリアが小さく呟く。


「おばあちゃんに会いたくなっちゃった」


アストリッテは少し笑った。


「分かります」


窓の外では午後の光がゆっくりと街を照らしている。


フィリアはふと思った。


忘れてしまうことは増えるのかもしれない。


けれど。


誰かを大切に思った記憶は、きっとそんなに簡単にはなくならない。


小さな記憶の引き出しのように。


心のどこかに、ちゃんと残り続けるのだから。



ーー次回予告ーー


フィリア「平和ねぇ」


アストリッテ「そうですね」


フィリア「あなた、何しに来てるの?」


アストリッテ「遊びにです」



次回、第9品「あの日の遠眼鏡」

お楽しみに!


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。