↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
5/13

第4品「寄り道コンパス」

フィリアが旅に出て二年目の夏だった。


青空は高く、風は温かい。


街道沿いには背の高い草が揺れている。


旅そのものは楽しかった。


故郷のエルミア村では見られない景色。


出会ったことのない人々。


食べたことのない料理。


聞いたこともない言葉や文化。


旅に出たことを後悔した日は一度もない。


けれど。


「この先、どうしようかなぁ……」


フィリアは街道を歩きながら呟いた。


旅に出る理由はあった。


知らない場所へ行ってみたかった。


世界を見てみたかった。


それは叶った。


だが、その先がない。


冒険者として名を上げたいわけではない。


王都で暮らしたいわけでもない。


故郷へ帰るのか。


どこかの街に住むのか。


それとも旅を続けるのか。


自分の未来だけが、どうにも見えなかった。


そんな時だった。


辿り着いたオシャレな街、リュミエール。


噴水のある石畳の広場の中央では市場が開かれていた。


野菜、果物、布、香辛料、


旅人向けの道具。


様々な露店が並んでいる。


フィリアは市場を見て回るのが好きだった。


その土地の人が何を売り、何を買うのか。


それを見るだけでも面白い。


だからその日も何気なく広場を歩いていた。


そして、ふと足が止まる。


「……なにこれ」


思わず声が漏れた。


そこだけ明らかに雰囲気が違った。


古びた荷車。


日よけの布。


そして並べられている品々。


壊れたランタン。


欠けたカップ。


錆びた鍵。


動かない懐中時計。


革の剥がれた手帳。


誰が見てもガラクタだった。


店番をしているのは白髪の老人。


椅子に座り、目を閉じている。


寝ているのかと思った。


だが。


「見たいなら勝手に見るがよい」


突然声がした。


フィリアが驚く。


老人は目を閉じたままだった。


「起きてたの?」


「寝とらん」


「絶対寝てたでしょ」


「寝とらん」


フィリアは苦笑する。


そして改めて並んだ品を見る。


やっぱりガラクタだ。


どう見ても売り物には見えない。


「どうしてこんな物ばっかり売ってるの?」


老人が片目を開く。


「ほう」


「なんで?」


「どうして『こんな物』と言うのかね」


フィリアは首を傾げる。


「だって古いし」


「うむ」


「壊れてるし」


「うむ」


「使えないし」


「うむ」


老人はそこまで聞いて。


少し笑った。


「そしたら価値はなくなるのかね」


「え?」


「古いから」


「うん」


「壊れているから」


「うん」


「使えないから」


「うん」


「価値はないのかね?」


フィリアは少し考えた。


そして正直に答える。


「分かんない」


老人は満足そうに頷いた。


「正解じゃ」


「正解なの?」


「分からんものを分からんと言えるのは立派じゃ」


フィリアはますます分からなくなる。


老人は椅子に深く腰掛けた。


「世の中にはの…」


「うん」


「使い道を失った物を欲しがる人間もおる」


「なんで?」


「知らん」


「知らないの!?」


「知らんもんは知らん」


フィリアは思わず吹き出した。


変な老人だった。


でも少し面白い。


老人は並んだ品を見渡す。


「じゃが」


「うん」


「必要とする者はおる」


「ふーん」


「物売りとはそういうものじゃ」


風が吹いた。


荷車の上に吊るされた風鈴が小さく鳴る。


フィリアは棚を見て回る。


その時だった。


一つの品に目が止まる。


小さな真鍮のコンパス。


だが。


針は錆び付いている。


「これ動くの?」


老人は見もせずに答える。


「動く」


「嘘だ」


「動く」


「だって止まってる」


「今はな」


意味が分からない。


フィリアはコンパスを手に取る。


思ったより軽い。


蓋には細かな傷が無数に刻まれていた。


長い旅をしてきたのだろう。


不思議と嫌な感じはしない。


むしろ、なんとなく気になる。


「これ何?」


老人は少しだけ笑った。


「寄り道コンパスじゃ」


「寄り道?」


「そうじゃ」


「どこを指すの?」


老人は肩をすくめる。


「知らん」


「またそれ?」


「知らんものは知らん」


フィリアは呆れた。


老人は続ける。


「北は指さん」


「コンパスなのに?」


「うむ」


「役に立たないじゃない」


「そうかもしれん」


「じゃあ何を指すの?」


老人はしばらく黙った。


市場の喧騒だけが聞こえる。


やがて。


「必要な方角じゃ」


それだけ言った。


フィリアは眉をひそめる。


「意味分かんない」


「じゃろうな」


老人は笑う。


そして目を閉じた。


話は終わりらしい。


フィリアはコンパスを見る。


傷だらけだ。


古い。


変な品だ。


でも、なぜだろう。


少しだけ気になった。


「ねえ」


「なんじゃ」


「私に合う物ってある?」


老人は片目を開いた。


フィリアを見る。


まるで値踏みするように。


しばらく見て。


ふっと笑った。


「なかなか物分かりのいい小娘じゃ」


「褒めてる?」


「たぶんな」


「たぶんって」


老人は椅子から立ち上がる。


そしてコンパスを指差した。


「お前さんにはそれを売ってやろう」


「これ?」


「うむ」


「どう使うの?」


老人は答えない。


「どこへ行くの?」


答えない。


「何が起きるの?」


答えない。


フィリアは頬を膨らませた。


老人はようやく口を開く。


「知ってから使うのと」


少しだけ笑う。


「知らずに使うのでは」


「旅の面白さが違うじゃろう」


フィリアはしばらく考えた。


そして笑った。


「変なじいさん」


「よく言われる」


「じゃあ買う」


「毎度あり」


そうしてフィリアは。


寄り道コンパスを手に入れた。


その晩ーー。


宿の部屋でベッドに腰掛けながら。


改めてコンパスを眺める。


窓の外では夏の虫が鳴いていた。


その時。


錆び付いて止まっていたはずの針が動いた。


ギシギシ、カタカタと、音は聞こえないが、そんな様子で。


フィリアは目を見開く。


針は北を指していない。


知らない方角。


静かに。


迷いなく。


そこを指していた。


「……え?」


フィリアは思わず呟く。


寄り道コンパスは答えない。


ただ。


そこへ行けとでも言うように。


静かに針を向け続けていた。


翌朝。


フィリアは予定していた目的地への地図を畳む。


そして。


窓辺でコンパスを開いた。


針は昨日と同じ方向を指している。


「……まぁ、いっか」


少しだけ笑った。


こういう旅も悪くない。


フィリアは荷物を背負う。


そして。


コンパスの指す方角へ向かって歩き始めた。


まだ彼女は知らない。


この「寄り道」の先に何があるのかを。



ーー次回予告ーー


???「あんまり見ない方がいいよ」


フィリア「何かあったんですか?」



次回、第5品「鉄条網の家」

お楽しみに!


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。