第11品「定休日」
スカーレット・アイテムショップにも、定休日はある。
二週間に一度ほど。
店の掃除や商品の手入れだけでなく、食料品を買い足したり、新しい雑貨や本を探しに出掛けたり。
店主にも、店主の日常があるのだ。
その朝。
フィリアはいつもより少しだけ遅く目を覚ました。
窓辺へ歩き、カーテンをゆっくり開ける。
朝の柔らかな光が部屋へ流れ込み、王都フォレンティア・ベルクラウンの街並みを照らしていた。
「うん。今日もいいお天気」
自然と笑みがこぼれる。
この地方は比較的雨が少ない。
晴れた日が多いからこそ、人も集まり、王都として栄えてきた。
もちろん雨が多い土地には雨の多い土地の豊かさがある。
農作物も、文化も、街の空気も。
人の暮らしは、空の色と共に育っていくものなのだろう。
今日は久しぶりの定休日。
食料品を買って、本屋へ寄って。
読みたかった本も探そう。
そんなことを考えながら身支度を済ませる。
一階へ降りると、静かな店内が広がっていた。
いつもなら朝日を浴びて並ぶ雑貨たちも、今日はブラインドが閉じられたまま眠っている。
「今日はお休みだからね」
そう呟き、店の扉に「本日定休日」の札を掛ける。
ガチャリ、と扉を開けた。
その瞬間だった。
「おはようございます、フィリアさん」
「……あら?」
店の前にはアストリッテが立っていた。
制服姿ではない。
白いブラウスに落ち着いた色のスカート。
髪には、深緑のリボン。
そして、旅立ちの靴。
休日らしい柔らかな装いだった。
「おはよう、アストリッテちゃん」
「お出掛けですか?」
「ええ。今日は定休日だから」
アストリッテは店を見上げた。
「雑貨屋って、お休みあるんですね」
「そりゃあるわよ」
フィリアは思わず笑う。
「今日も朝から来るつもりだったの?」
「はい」
迷いなく答える。
「家より居心地いいので」
「……それは嬉しいけれど」
フィリアは苦笑した。
「それでいいのかしら」
「いいと思います」
本人はいたって真面目である。
「今日は食料品を買って、本屋さんにも行こうと思ってるの」
「私も行きます」
即答だった。
まだフィリアは話し終えていない。
「……やっぱりね」
思わず笑ってしまう。
もう断る気もなかった。
「じゃあ荷物持ちをお願いしようかしら」
「お任せください」
そう言って当然のようにフィリアの隣へ並ぶ。
旅立ちの靴を履いた足が一歩踏み出す。
深緑のリボンが朝の風に揺れた。
◇
最初に立ち寄ったのは、馴染みのパン屋だった。
焼きたての香りが店いっぱいに広がっている。
「この匂い、幸せになるわねぇ」
「はい」
アストリッテも頷く。
「お腹が空きます」
そう言ってフィリアを見る。
「……何か食べる?」
「はい」
迷いがない。
アストリッテが選んだのは、メープルシロップが練り込まれた甘いパンだった。
「甘いの好きなのね」
「好きです」
嬉しそうに頷く。
その様子を見て、フィリアは思わず微笑んだ。
その時。
「あら、フィリアちゃん!」
店の奥から元気な声が飛んできた。
パン屋のおかみさんだ。
「今日はお休みかい?」
「はい。今日は買い物なんです」
「そうかいそうかい」
そしてアストリッテを見る。
「あら、その子は?」
フィリアが答えようとすると。
「妹みたいなものです」
アストリッテが先に答えた。
「え?」
フィリアは目を丸くする。
おかみさんは豪快に笑った。
「あっはっは!かわいい妹だねぇ!」
フィリアは苦笑するしかない。
「違うんですけどねぇ……」
「違わないです」
「そこは否定してほしいのだけれど」
二人のやり取りに、おかみさんはまた笑った。
「そうそう」
パンを袋へ入れながら言う。
「フィリアちゃんに相談したいことがあったんだよ」
フィリアは肩を落とす。
「私、今日お休みなんですけど……」
少し間を置いて。
「それで、なんでしょう?」
結局聞く。
アストリッテが小さく笑った。
「今度ね、田舎の妹の子どもたちが遊びに来るんだよ。何かプレゼントを贈りたくてねぇ」
「それでしたら、ちょうどいいものがありますよ」
フィリアは笑顔になる。
「またお店へいらしてください」
「助かるよ!」
おかみさんは嬉しそうに頷き、袋へ焼きたてのパンを一つ追加した。
「はい、おまけ」
「ありがとうございます」
店を出ると、アストリッテが感心したように言った。
「やりますね、フィリアさん」
「そんな大したことじゃないわよ」
「街の人、みんなフィリアさんに相談するんですね」
フィリアは少し照れくさそうに笑った。
「たまたまよ」
◇
その後も八百屋へ行き、本屋へ寄り、布屋を覗き、雑貨屋を見て歩いた。
そのたびに誰かが声を掛けてくる。
「あら、フィリアちゃん!」
「今日はお休み?」
「ちょっと相談なんだけどね」
そのたびにアストリッテは隣で嬉しそうだった。
そして。
「妹さん?」
「違います」
「妹みたいなものです」
「だからそこ!」
そのやり取りも、何度目か分からなくなっていた。
◇
気付けば両手いっぱいの買い物袋。
アストリッテも両腕に荷物を抱えている。
「ありがとう。助かったわ」
「お役に立てました」
「ええ、とても」
フィリアは空を見上げる。
よく歩いた。
よく笑った。
店は閉めていたはずなのに、気付けば何人もの相談に乗っていた。
不思議と疲れてはいない。
むしろ、心が温かかった。
「帰りましょうか」
「はい」
アストリッテは少し考えてから言った。
「帰ったらお茶にしましょう」
フィリアは思わず笑う。
「もう完全に自分の家みたいに言うのね」
「違いますか?」
「……違わないかもしれないわね」
その言葉にアストリッテは嬉しそうに微笑んだ。
二人は並んで歩き出す。
街の人たちは、今日も「フィリアちゃん」と笑顔で手を振る。
そのたびにフィリアも笑って手を振り返した。
いつの間にか。
雑貨屋スカーレットは、この街の一軒のお店になっていた。
そしてフィリア自身もまた、この街の人になっていたのだった。
ーー次回予告ーー
アストリッテ「いらっしゃいませ、こんにちは。妹のアストリッテです」
フィリア「あなたねぇ、それ、私の母親に言う?」
アストリッテ「…え?……!」
次回、最終回、
第12品「スカーレット・アイテムショップ」
お楽しみに!




