第10品「三つのリボン」
週明け最初の日。
王都フォレンティア・ベルクラウンは朝から気持ちの良い晴天だった。
空は高く青く、吹き抜ける風は優しい暖かさを帯びている。
フィリアは店の扉と窓を少し開けて、心地よい風を店内へ通していた。
棚に並ぶ雑貨たちが陽の光を受けて柔らかく輝いている。
「気持ちのいい日ねぇ」
誰に言うでもなく呟く。
そんな時だった。
外から勢いのある足音が近付いてくる。
タタタタッ――。
そして。
カランッ!
扉が元気よく開いた。
「フィリアさん!こんにちはー!」
飛び込んできたのは、セラーラだった。
両手で小さな木箱を抱えながら満面の笑みを浮かべている。
「あら、セラーラちゃん!」
フィリアも思わず笑顔になる。
「いらっしゃい。今日も元気ねぇ」
「はい!」
返事まで元気だった。
「頼まれていた小箱、お届けに来ました!」
そう言って抱えていた木箱をカウンターへ置く。
フィリアは箱を手に取り、丁寧な仕上がりを確かめた。
「わぁ、素敵」
木目も美しい。
蓋の噛み合わせもぴったりだ。
「もう出来たのね」
「昨日完成したんです!」
「さすがグリンウッド工房ね」
「えへへ」
褒められたセラーラは照れくさそうに笑った。
「お父さんにもよろしく伝えてね」
「はい!」
その時。
今度はゆっくりと扉が開いた。
カラン。
入ってきた人物は迷うことなく店の奥へ進み、そのまま丸テーブルへ腰を下ろした。
まるで自宅である。
フィリアは笑った。
「あら、今日は早いわね」
「午後の授業がないので」
アストリッテだった。
もう誰も不思議に思わない。
彼女は自然に席へ座り、フィリアが用意したティーカップへ手を伸ばした。
「ありがとうございます」
「まだ淹れてないんだけど」
「あ」
フィリアは吹き出した。
セラーラも笑う。
そしてアストリッテはようやくセラーラに気付いた。
「あら」
立ち上がり軽く会釈する。
「こんにちは」
「こんにちは!」
元気いっぱいの返事。
それからアストリッテは何気なく言った。
「いらっしゃいませ」
フィリアが額に手を当てる。
「アストリッテちゃん」
「はい?」
「それ、私のセリフよ」
「あ」
セラーラは堪えきれず笑った。
「面白いですね!」
「面白くないです」
アストリッテは真顔で言う。
余計に面白かった。
しばらく三人で笑っていると、ふとセラーラが二人を見比べた。
「あれ?」
フィリアとアストリッテ。
その髪に結ばれたリボンへ目を向ける。
「お二人、お揃いなんですね!」
「あら」
フィリアがリボンへ触れる。
「そうなのよ」
「かわいいです!」
セラーラは目を輝かせた。
「いいでしょ?」
アストリッテが少し得意げに言う。
「お気に入りなの」
フィリアは思わずアストリッテを見る。
旅立ちの靴を買いに来た頃の彼女なら、そんな言葉はきっと言わなかっただろう。
アストリッテも少しずつ変わっている。
フィリアは嬉しくなった。
そして何気なく言う。
「セラーラちゃんもする?」
「え?」
「お揃い」
一瞬。
セラーラが固まる。
「ええっ!?」
店内に響くほど大きな声だった。
「いいんですか!?」
その隣でアストリッテが力強く頷く。
なぜか嬉しそうだ。
フィリアは笑った。
「もちろん」
そう言って店の奥へ向かう。
しばらくして小さな箱を持って戻ってきた。
「実はね」
箱を開く。
中には三本のリボン。
「このリボン、元は三色セットだったの」
「そうだったんですか」
アストリッテも少し驚く。
フィリアは一本ずつ持ち上げた。
ブラウン。
深緑。
そして。
鮮やかなオレンジ。
太陽のような暖かい色だった。
「これが私」
ブラウンを持ち上げる。
「これがアストリッテちゃん」
深緑。
そして最後にオレンジ色を手に取る。
「そして、これ」
セラーラの前へ差し出した。
「セラーラちゃんにぴったりの色」
セラーラの瞳が輝く。
「かわいい……」
思わず呟いた。
「本当にいいんですか?」
「もちろん」
フィリアは優しく言う。
「元気で明るくて、見てるだけで周りまで元気になる色」
セラーラは少し照れた。
でも嬉しそうだった。
「じゃあ」
フィリアが微笑む。
「結んであげる」
「え?」
「こっちにいらっしゃい」
セラーラは慌ててフィリアの前に立った。
フィリアは髪をそっと整える。
柔らかな髪だった。
手際よく髪をまとめ、オレンジ色のリボンを結んでいく。
蝶結びを作る。
最後に少し形を整える。
「できた」
近くにあった鏡を向ける。
セラーラは恐る恐る覗き込んだ。
そして。
「わぁ……!」
ぱっと顔が明るくなる。
「かわいい!」
思わずその場でくるりと回った。
リボンがふわりと揺れる。
「似合うわ」
フィリアが言う。
「とても」
アストリッテも頷いた。
セラーラは何度も鏡を見ている。
嬉しさを隠せない。
「ありがとうございます!」
そして少し恥ずかしそうに言った。
「お二人とお揃い、嬉しいです」
その言葉にアストリッテが柔らかく微笑んだ。
「改めて」
そう言って手を差し出す。
「アストリッテ・アイボリーです」
セラーラも笑顔になる。
「セラーラ・グリンウッドです!」
そして握手した。
「よろしくね」
「こちらこそ」
フィリアはその様子を見て微笑んでいた。
なんだか姉になったような気分だった。
しばらく話した後、セラーラが立ち上がる。
「それじゃあ私、工房に戻ります!」
「もう?」
フィリアが言う。
「お手伝いがあるので!」
「偉いわね」
「えへへ」
扉へ向かう。
そして振り返る。
オレンジ色のリボンが陽の光を受けて輝いていた。
「また来ます!」
「待ってるわ」
フィリアが手を振る。
「またね、アストリッテちゃん!」
「ええ」
アストリッテも手を振った。
「またね、セラーラ」
セラーラは満面の笑みを浮かべる。
そして。
タタタタッ!
勢いよく走り出した。
「転ばないでねー!」
フィリアが笑いながら声をかける。
「大丈夫でーす!」
元気な返事が遠ざかっていく。
その後ろ姿が見えなくなるまで見送ったあと。
フィリアはふっと笑った。
「ほんと、いい子ね」
「はい」
アストリッテも頷く。
そして少しだけ微笑んだ。
「とっても元気です」
柔らかい風が三つのリボンを揺らした。
ブラウン。
深緑。
オレンジ。
それぞれ違う色。
それぞれ違う人生。
それでも不思議と似合っていて。
フィリアは思った。
人と人との縁も、こういうものなのかもしれない。
気付けば結ばれていて。
気付けば大切になっている。
店の中には今日も穏やかな時間が流れていた。
ーー次回予告ーー
フィリア「今日は定休日だから、お買い物に行こうと思ってるの」
アストリッテ「私も行きます」
フィリア「……やっぱりね」
次回、第11品「定休日」
お楽しみに!




