第12品「スカーレット・アイテムショップ」
定休日が明けた翌日。
昼下がりの柔らかな陽射しが、その雑貨屋の大きな窓から店内へ流れ込んでいた。
「ふぅ……」
フィリア・スカーレットはカウンターで小さく息をつく。
午前中だけで、
アクセサリー六点。
雑貨八点。
魔法アイテム五品。
開店から半年。
ここまで忙しい午前中も珍しかった。
「今日はよく売れたわねぇ」
帳面を閉じながら、窓の外を眺める。
店は大通りから一本入った場所。
それでも広場が近く、人通りは決して少なくない。
少しずつ。
でも確実に。
「スカーレット・アイテムショップ」という名前を知ってくれる人が増えてきた。
昨日相談を受けたパン屋のおかみさんも、朝一番に訪ねてきてくれた。
甥や姪への贈り物を選びながら、
「昨日は休みなのにごめんねぇ」
と笑っていた。
「いいえ。そういう相談、大好きですから」
そう答えた自分を思い出し、フィリアも笑う。
その時だった。
カラン――。
澄んだベルの音が店内へ響く。
「いらっしゃいませ」
いつものように笑顔で立ち上がる。
しかし次の瞬間。
「あら。元気そうね」
聞き慣れた声。
「……母さん?」
思わず声が裏返る。
店の入口に立っていたのは、一人の女性。
淡い栗色の髪を上品にまとめた、美しい女性だった。
年齢を重ねても変わらない優しい笑顔。
「久しぶり」
「母さん!」
フィリアは思わず駆け寄った。
両手を握る。
その手は昔と同じように温かかった。
「元気そうで安心したわ」
「どうしたの?急に!」
「娘のお店、一度ちゃんと見てみたくてね」
そう言って店内をゆっくり見渡す。
木の棚。
丸テーブル。
窓辺に並ぶ季節の雑貨。
壁を彩るリース。
「……かわいいお店」
母フィオナは小さく呟いた。
「あなたらしいわ」
その一言が、フィリアには何より嬉しかった。
「でしょう?」
急に得意げになる。
「この棚の高さもね、お客さんが見やすいようにしたの。それから窓辺は午前中に一番光が入るからアクセサリーを置いてて……」
止まらない。
あそこも。
ここも。
全部見てほしい。
子どもの頃、学校で描いた絵を親に見せるように。
フィリアは夢中で説明を続けた。
フィオナは何度も頷く。
「うんうん」
「あらまぁ」
「そうだったの」
娘の話を聞く横顔は、とても幸せそうだった。
(大きくなったのね……)
心の中でそっと呟く。
旅立つ日。
少し不安そうだった娘。
それでも笑って馬車へ乗った娘。
今は違う。
自分の店で。
自分の居場所で。
胸を張って笑っている。
それだけで十分だった。
その時。
カラン。
「ただいまですー」
元気な声が響いた。
「……あら?」
フィオナが振り向く。
制服姿の少女が入ってきた。
「あっ」
アストリッテは来客に気付く。
「いらっしゃいませ」
ぺこり。
「こんにちは。かわいいお嬢さんね」
フィオナも微笑む。
アストリッテはフィリアを見て、それからフィオナを見た。
「こんにちは」
そして真顔で言う。
「妹のアストリッテです」
「……あなたねぇ」
フィリアが吹き出す。
「それ、私の母親に言う?」
「…?…!」
ようやく状況を理解したアストリッテ。
「え?お母さん?フィリアさんの?」
顔がみるみる赤くなる。
フィオナは楽しそうに笑った。
「じゃあ、あなたも私のかわいい娘ということね?」
「え?はい!」
即答だった。
「違うでしょ!」
フィリアが笑いながら肩を叩く。
三人とも笑う。
店の中へ、昼下がりの柔らかな笑い声が広がった。
◇
丸テーブル。
三人でハーブティーを囲む。
「へぇ……」
フィオナは何度も驚く。
「学校帰りに毎日来るの?」
「はい」
「家より居心地がいいので」
「そうなの?」
「はい」
迷いがない。
フィリアは苦笑する。
「だから困るのよ」
「困ってませんよね?」
「……少しだけ」
「少しなんですね」
「そこ!」
また笑う。
それからフィリアは、この半年をゆっくり話し始めた。
最初のお客さん。
行商人のおじいさん。
ヴィルム。
マーガレット。
セラーラ。
嬉しかったこと。
悩んだこと。
笑ったこと。
その全部。
フィオナはただ静かに聞いていた。
娘が誰かの役に立っている。
誰かに笑ってもらえている。
その姿を見るたびに、
胸の奥が温かくなる。
(この子はもう、一人で歩いているのね)
嬉しい。
でも少しだけ寂しい。
親とは勝手なものだ。
成長を願いながら、成長すると少しだけ寂しい。
でも今は。
その寂しささえ愛おしかった。
◇
気が付けば夕方だった。
窓から差し込む光が、橙色に変わりはじめている。
「そろそろ宿へ行くわ」
フィオナが立ち上がる。
「今日は少し贅沢して、いい宿を予約しちゃった」
そう言ってウインクする。
「また来るわね」
「うん」
「元気で」
「うん」
少し照れくさい。
だからフィリアは慌てて話題を変える。
「あっ、そうだ!せっかくなんだから何か一つ買っていってよ!」
「ちゃっかりしてるわねぇ」
フィオナは笑いながら店内を歩く。
棚を眺める。
アクセサリー。
雑貨。
魔法アイテム。
どれも素敵だった。
でも。
ふと足が止まる。
小さな布製のうさぎの人形。
「これにしようかしら」
「それ?」
「ええ」
優しく抱き上げる。
「あなた、小さい頃、これによく似たぬいぐるみ抱いて寝てたでしょう?」
フィリアは目を丸くした。
「……覚えてたの?」
「もちろん」
「やっぱり分かる?」
「母親だもの」
二人は笑い合う。
少し離れた丸テーブルで、ティーカップを持ったままその様子を見ていたアストリッテは、なんだか胸が温かくなった。
こんな親子になりたい。
そんなことを、少しだけ思った。
◇
店の前。
夕陽が街を茜色に染めていた。
フィオナはうさぎの人形を大切そうに抱えている。
「それじゃあね」
「うん」
「アストリッテちゃん」
「はい」
「フィリアをよろしくね」
アストリッテは胸を張った。
「はい!お母さん!」
「もう!」
フィリアが笑う。
「母さん公認になっちゃったじゃない」
「よかったわね」
フィオナが笑う。
「よかったです」
アストリッテも笑う。
「二人とも!」
もう笑うしかなかった。
夕陽の中。
フィオナは何度も振り返りながら歩いていく。
その姿が小さくなっても。
二人はずっと手を振っていた。
◇
翌朝。
朝日が店内へ差し込む。
フィリアは店の前へ立つ。
閉店の札を裏返す。
『OPEN』
カタン。
静かな音がした。
店内を見渡す。
丸テーブル。
木の棚。
窓辺の雑貨。
ここで出会ったたくさんの笑顔。
この半年。
色々あった。
でも。
どれも大切な時間だった。
フィリアは小さく微笑む。
「さぁ、今日も頑張りますか」
その時。
カラン。
ドアベルが鳴った。
フィリアはいつもの笑顔になる。
「いらっしゃいませ」
少しだけ誇らしげに。
少しだけ胸を張って。
「ようこそ――スカーレット・アイテムショップへ!」
『雑貨屋スカーレット』を最後までお読み頂きありがとうございました。
「こんなアイテムがあったら…、こんなアイテムほしいな…。」そんな単純な想像から書き始めた物語です。
どれも、劇的に人生を変えたり悩みを解決してくれるものではないけど、そっと背中を押してくれたり、寄り添ってくれるアイテムたち。そして、何より優しく話を聞いてくれるフィリア。
とにかく、優しく穏やかな世界にと思って書きました。
一つ、想定外だったのが、アストリッテがいつの間にか常連、そして、店員になりかけていること。笑
物語を書いていて面白いのは、キャラが勝手に動いたり喋ったりしはじめること。
アストリッテがこんな子になるとは…笑
そんな、『雑貨屋スカーレット』を楽しんで頂けましたら嬉しいです。
反響があれば第2期も投稿しようかと思っていますので、宜しくお願いいたします。
それでは、また次の物語でお会いしましょう。
灯野 紬




