第9話 三人目?
奴隷であるジャックを仲間に加えたヘイザは、早速とばかりに彼を伴い冒険者ギルドへ来ていた。そんなヘイザの担当は、やはりジョンソンである。
「ジョンソン。言った通り使える奴隷を購入したでござるよ! これで美味い依頼を回してくれ!」
「おめでとうございます。ではそちらの奴隷はどのような魔法が使えるのですか?」
「ジャックは三級冒険者くらい強いんでござる!」
「それは凄い! ではやはり高等魔法も使えるのですか?」
「なんとジャックの父は、あのファウスト・バルザードらしいんでござる!」
「あの大魔術師のバルザード卿のご子息ですか! 失礼ながら本当ですか?」
「不本意ですが事実です」
ヘイザの代わりにジャックが嫌そうな顔で答える。親らしいことを一度もしてくれなかった男を、父親と認めるのは苦痛なのかもしれない。ジョンソンは興味深そうにジャックを見ながら口を開く。
「成程、強くて血筋も良いことは分かりました。ですがいい加減どういう魔法が使えるか教えてください。そうでないと依頼を割り振ることもできないので」
「こ、細かいことはいいではござらんか。ほら、虎の子から猫は生まれぬもの。大魔術師の子もまた傑物である事は確定的に明らかでござるし……」
「駄目です、ルールですので」
「………………」
奴隷市場で自分が(勝手に)騙されたのと同じ手法で騙そうとしたヘイザだったが、堅物のジョンソンには通用しなかった。ヘイザはそれでもまだ粘ろうとしたが、先にジャックが白状してしまう。
「あの、実は俺、魔法の才能ゼロなんです。腕っぷしだけで」
「…………アッシュブレードさん。戦闘一辺倒のソロじゃ回せる依頼がないから、魔法を使える奴隷を買うって話になったのに、魔法が使えない武力一辺倒の奴隷を買ってどうするんですか?」
「表紙に騙されたってやつでござるよ! 拙者も凄い魔術師の子供っていうから魔法の才能抜群だと思ったら、ステゴロ特化だったんでござる!」
「……とはいえこれでは戦闘特化が一人から二人(片方は実績なし)になっただけなので、割り振れる依頼は、残念ですが変わりませんね」
完璧な理屈で無情に切り捨てられる。ヘイザはがっくりと肩を落とした。
「どうするんです、ご主人?」
「よし、こうしよう。この七級の田畑を荒らすオーク退治はジャックに任せる。お主一人で解決してみせよ」
「え、いいんですか?」
ジャックはヘイザの奴隷に過ぎず、冒険者登録すらしていない。そんな自分が冒険者として依頼を受けていいのかと、ジャックは疑問を投げかけた。
「奴隷は冒険者の装備品と同じ扱いなので、ルール上問題はありません。もっとも失敗すればアッシュブレードさんの評価が下がりますし、それが続けば降格ということにもなりますが」
「なら問題あるまい。ジャックはオーク程度なら軽く撲殺できるくらい強いでござるからな。あと脱走したら地の果てまで追って殺すし」
あっさりと、だが本気でヘイザが言う。ヘイザの実力を思い知らされたジャックは慌てて反論した。
「逃げませんよ! 俺は学はないけど、義理は知ってるつもりですから! ご主人の強さもね!」
「うむ。そしてジャックが七級の仕事をしている間、拙者は魔法が使える仲間候補を探す。二兎を追う者は一兎をも得ずという諺があるが、ありゃ要するに二人で追えばノープロブレムってことなんでござるよ!」
狙いどころは冒険者としての等級が低いが、将来有望なダイヤの原石である。ヘイザは嘗てマイケル達にそうしたように、ダイヤの原石を立派なダイヤに磨き上げつつ、扱き使う気満々であった。
「で、仲間になる魔法使いはどこから引っ張ってくるおつもりで?」
「それはこれから探すでござるよ」
そうして七級相応の討伐依頼はジャックに任せて、その場は解散となった。
既に自分で自分を買い戻して自由の身となっている緋桜は、アダムズ市に自分の家を持っている。新大陸では一般的な帝国式の家屋ではなく、極東の島国の――新大陸からしたら西側にあるので極東というと妙な感じだが――帝国の太祖女帝とその夫が好んだとされる”大和”の和風建築であった。
「ヘイさんがわっちの家を訪ねてくるなんて、珍しいでありんすね。今日はどうしたでありんすか?」
規則正しい包丁のトントンという音を響かせながら緋桜が言う。
ヘイザは畳で出された茶を飲みながら、
「約束の手前、まだ店に行けないでござるからな。今日は相談があってきたんでござる」
「わっちで応えられることならいいでありんすけど」
「美味い依頼をとるために魔法が使える仲間を探してるんでござるが、どうもこれはという者が見つからなくてな」
「マイケルはんたちみたいな駆け出し冒険者は駄目なんでありんすか?」
「見習いの十級と駆け出しの九級を見て回ったんでござるが、既に他のパーティーに目をつけられてたりで、目ぼしい者がいなかったでござる。特に回復特化の白属性の僧侶は、たとえ駆け出しでも需要があるでござるからなぁ」
魔法には火、水、土、風の元素四属性と白と黒の陰陽二属性がある。元素四属性のいずれかの属性を持って生まれた者は、修行次第では反対元素以外の三属性までの魔法を使えるようになるが、陰陽二属性のいずれかの素質を持って生まれた者はコモンマジック以外は黒魔法か白魔法のどちらかしか使うことが出来ない。
そして攻撃力では全属性最弱だが、回復や強化などのサポートに特化した白魔法の使い手である僧侶は冒険者には引っ張りだこの存在だった。以前どこかの冒険者が統計学で導き出したところによると、僧侶がいるパーティーとそうでないパーティーとでは死亡率に四割の差があったという。
ちなみに白属性の魔法使いが僧侶と呼ばれるのは、大昔は白魔法が使える者の殆どが聖職者になっていた名残である。
「いつの世もお医者様と僧侶様は食いっぱぐれることはないでありんすなぁ」
「水属性にも回復魔法はあるが、白魔法のそれと比べれば劣るでござるからな」
そこで台所での調理を終えた緋桜が、お盆にごはんと味噌汁と焼き魚とお漬物を乗せてテーブルへ持ってきた。
「夕食ができたでありんすよ。お口に合えばいいでありんすけど」
「うひょー! 緋桜の手料理でござるよ! 皿まで食べちゃうでござる!」
「くす。構いんせんけど、お皿は弁償でありんすよ」
美味そうに白米に漬物を乗せて食べるヘイザを眺めながら、緋桜はくすりと笑った。
「それで魔法の使える人間の心当たりでありんすか。実はあるにはあるでありんすけど、一つの問題がありんす」
「問題? なんでござるか?」
「……ヘイさんはわっちとの秘密、守れるでありんすか?」
「緋桜との約束なら、法律より真面目に守るでござるよ」
ちゃらんぽらんという言葉が服を着て歩いているようなヘイザだったが、娼婦を始め金銭の関わる取引上の約束を反故にしたことはなかった。それが”最低限の人格はある”と認められ三級冒険者までは昇級できた理由であった。
ましてや緋桜はヘイザの馴染み。約束を破る事など万に一つもない。
「実はその子は……幽霊なんでありんす」
「な、ん……だと?」
てっきり同じ娼婦だとか、借金持ちだとかそういう訳アリを想像していたら、とんでもない爆弾が投下された。
「え、そりゃ怪談話は聞いたことがあるが、実在するんでござるか?」
「驚くのも無理ないでありんすな。けど本当でありんす。なにせ……わっちが触れようとしたらすり抜けたでありんすからな。もしあの子の存在が知られれば、きっと本国の研究機関に送られて実験台にされるでありんしょう」
ヘイザも同意する。死んでいる幽霊に対して妙な話だが、謂わばその者は幽霊が実在するという『生きた証明』である。帝国本土の研究者たちは狂喜乱舞して実験材料に使い潰すことだろう。
「なら人にばれぬようひっそり暮らしていくのがベストなのではござらんか? どうして拙者に紹介なんてしたんでござる?」
「あの子の夢は冒険者になって大冒険をすることなんでありんすよ。大事な友達の願いだから叶えてあげたいと常々思ってたでありんすが、幽霊が冒険者になれるはずないと、どこかで無理だと諦めていんした。けどヘイさんなら、もしかして……と思ってしまったでありんす。我ながら、狡い女でありんすな」
「いやいや狡い女サイコーでござる! 幽霊の冒険者、結構ではござらんか! ばれなきゃ大丈夫でござるよ!」
紹介されたのが幽霊だろうと吸血鬼だろうと関係なかった。緋桜のお願いなら、ヘイザはどんな人間でもウェルカムである。
「ヘイさんのそういうところ、好きでありんすえ」
「拙者も拙者も!」
今日は客として来た訳ではなかったので手を出さなかったが、そうでなければヘイザは緋桜にルパンダイブしていたことだろう。
そうして緋桜の家の庭で待つこと暫し。
壁をすり抜けて現れるという実に幽霊らしい登場の仕方で、一人の女性が現れた。東洋の着物と顔立ちから帝国人ではなく、極東大和の人間だろう。
「緋桜さん! 私も冒険者になれるって本当ですか!」
冒険者になれるのがよっぽど嬉しいのか、幽霊の少女は(幽霊なのに)生き生きと言った。
「そうでありんすえ。こっちが面倒を見てくれるヘイさんでありんす」
「ヘイザ・アッシュブレードでござる。好きなものは酒・女・賭博だ」
緋桜に紹介されたヘイザは軽く自己紹介する。
「ヘイさんって、よく緋桜さんが話してるあのヘイさん?」
「……!! 緋桜が拙者のことをよく話してる……だと!? ひゃっほうでござる!」
「ええ、よく色々話してくれましたよ! えーと……」
「大事なお得意様でありんすからなぁ。わっちもヘイさんは特別贔屓したくなってしまうでありんす」
幽霊の少女が何かを言おうとしたら、それを遮るように緋桜が割って入る。
そこで幽霊の少女は「はっ!」と思い出したように声をあげると、
「そういえば私はまだ自己紹介してませんでしたね! 初めまして、ヘイザさん! 私はキクコって言います! 幽霊歴は十年くらいです! よろしくお願いしますね!」
「うむ、では先ずお主の白魔法がどれくらい使えるかのチェックをさせて貰うぞ」
それから試しにヘイザがわざと刀で自分の腕を突き刺したのを治療させてみたところ、見事にキクコは回復魔法で瞬時に完治させてみせた。
そして念願の魔法を使える仲間、キクコを伴ったヘイザは満を持して冒険者ギルドへやって来た。
「ってわけで新米冒険者をスカウトしてきたでござる!」
「初めまして! キクコです! ずっと冒険者に憧れてました! 得意なのは回復魔法です!」
ジョンソンは着物を着たキクコをまじまじと眺める。新大陸でも西部には大和の移民は多いが、東側のアダムズ市には東洋人は少ないからだ。
「念のため確認しますが、回復魔法が使えるというのは事実で間違いないですね?」
「当然であろう。拙者はそこまで馬鹿じゃないでござるよ」
冒険者登録において出来ないことを出来ると偽ることは最大級のタブーの一つである。バレたら本人もそれを推薦した者も一発で冒険者の身分剥奪される程の重罪だ。
ジョンソンもヘイザに最低限の信用は持っていたので、それ以上はツッコまなかった。
「分かりました。一応三級冒険者であるアッシュブレードさんの推薦があるので駆け出しの九級冒険者からのスタートになります。この書類にサインをお願いします」
そう言って書類を差し出してくるジョンソン。幽霊故にペンを握れないキクコが助けを求めるようヘイザを見た。
「あ、キクコは文字が書けぬから拙者が代筆するでござるよ」
「分かりました」
この時代、文盲は珍しい事でもないのでジョンソンは特に疑問に思う事はなかった。
そうして冒険者登録を終えた後、ヘイザはキクコに大事なことを確認するために話しかけた。
「ところでキクコ。大事なことを決めていなかった。報酬の分け前でござるが、拙者が六割――――」
「あ、私は幽霊だしお金なんて使わないし、いりませんよ。報酬は私が冒険者をやれるようサポートするということで」
「そなたが神か!?」
いいえ、幽霊です。




