第10話 今更戻ってきてくれと言われてももう遅い
ヘイザを追放した後、デイリー・ペースはアダムズ市から、やや離れた北部のピアース市へ移していた。アダムズ市とその周辺ではヘイザの悪名に巻き込まれる形で、デイリー・ペースも風評被害を受けているからである。
そして取り敢えず借りたアパートの自室にパーティーメンバーを呼び出したマイケルがゆっくりと口を開く。
「これからのデイリー・ペースについての提案がある」
「提案? 新天地に来たことだし、新しい仲間でも探そうとかか?」
「それともピアース市で他の冒険者パーティーの皆さんに挨拶回りしようとかでしょうか?」
ジェイクとペネロペの言葉にマイケルは首を横に振る。
「違う。いやペネロペの提案は俺も良いと思うから、これからやるけど、そうじゃない」
「ならなんなの?」
優雅に紅茶を啜りながら首を傾げるミラ。ジェイクとペネロペも怪訝な顔をする。そんな三人に息を吐きだしながらマイケルは重々しい口調で言う。
「実はな、冒険者ギルドに申告して、パーティーの等級を落としてもらおうかと思うんだ」
「ぶーーーーーーー!」
ミラが口に含んでいた紅茶を思いっきり噴き出した。だが驚いたのは他の二人も同じである。ペネロペは凄い剣幕で立ち上がった。
「どうしてですか! 折角、苦労して三級にまで昇格することができたのに、どうして自分から等級を下げようなんて言うんです!?」
冒険者の等級には冒険者個人の等級と、パーティーでの等級の二つがある。パーティーでの等級は謂わばパーティー全員での積み重ねの証みたいなものなので、個人の等級よりも重んじる者は多い。ペネロペもまたその一人だ。
「確かに俺たちデイリー・ペースは三級の冒険者パーティーだ。だがこのパーティーで三級冒険者だったのは、追放したヘイザとリーダーである俺だけで、ミラさんは四級、ペネロペとジェイクは五級だ」
怒るペネロペを宥めるように、なるべく落ち着いた口調でマイケルが言う。
「これまで俺達は三級レベルの依頼をヘイザ抜きで無難に熟してきたけど、三級レベルの依頼が常に三級の難度って訳じゃなかっただろう?」
「ああ、そうだな。他の性質の悪い冒険者と依頼内容がバッティングしたり、盗賊団に襲われたり、想像以上に強い魔物と遭遇した事とかあったし」
ジェイクが腕を組みながら、過去の冒険で起きたことを振り返る。
「そうだ。そしてそんな時、いつも助けてくれたのが――――ヘイザだ」
ヘイザは常日頃マイケル達に仕事を押し付け、自分は「いざという時の予備兵力という大事な役割を果たしているんでござる!」と主張し、まったく働こうとはしなかった。しかしいざという時には途端に頼もしい冒険者仲間として、率先して戦ってくれていた。
「これまでピンチになっても、ヘイザを全力でサポートすればなんとなかった。だが俺達はそんなヘイザを追放しちまったんだ。なあ想像してみてくれ。ジェイクがさっき言った過去の冒険で、もしもヘイザがいなかったら俺達はどうなっていたと思う?」
「それは……」
「…………重症ならマシな方で誰かが死んでいたかも…………いえ、最悪の場合、全滅してたかもしれませんね」
パーティーメンバーで一番ヘイザのことを嫌っていたペネロペが、悔しさを滲ませながら言う。反論は、出なかった。
「ペネロペの言う通りだ。そして今度同じ状況になったら、その最悪の展開が現実のものになるかもしれねえ」
「リーダーが自分から降格しようなんて言った理由が分かったわ。今の私たちに三級冒険者パーティーとしてやっていく力はないし、無理に三級を続けたとしても、依頼を失敗して降格するか、最悪死ぬかのどちらか。ならその前に自分たちから降格を選ぶということね」
「そういうことだ」
ミラの言葉にマイケルは頷いた。
「勿論それに甘んじるつもりはねえ。一時的に五級くらいに等級を落とすが、そこで俺たち全員で経験を磨いて、また三級に返り咲いて、いずれは二級や一級を目指していきたいと思う。どうだろ? 皆の意見は?」
「私はリーダーであるマイケルくんがそう判断したなら、そうするべきだと思います」
「俺も賛成だ。命あっての物種だしな。死んだら元も子もねえよ」
「私も賛成よ。依頼での報酬は減るだろうけど、ヘイさんが持って行った六割がなくなる分、分け前は増えるしね」
ペネロペも、ジェイクも、ミラも三人全員が頷く。
そして冒険者ギルドに降格したい意志とその理由を伝えに行き、次の日にはデイリー・ペースは五級パーティーに降格となった。
しかしデイリー・ペースのメンバーにそれを悲観する者はいない。この新天地で再出発してやろうという意気込みに満ちていた。
こうしてデイリー・ペースの新しい冒険が始まったのである。
という話をヘイザは、冒険者ギルドのバーにあるマスターから聞いた。
ヘイザはぐいっと酒を飲み干しながら、
「かーっ! 拙者を追放していきなり五級へ降格とは、マイケルも拙者の有難みを分かったでござるかなー! 今更泣きついてきてももう遅いでござるよ! けど仏の如き寛容さを持つ拙者は、今なら寛大な心で分け前一割アップで戻ってきてあげちゃおうでござるかなー! かーっ!」
「いや、話きいてた? ヘイさんがいなくても、四人は立派にやってるよ」
マスターが呆れながら言うと、それに頷きながらキクコがぷりぷりと怒り出した。
「だいたいヘイさんが元のパーティーに戻ったら、私はどうなるんですか!? ヘイさん抜きじゃ冒険者が続けられないじゃないですか!」
「むむむ……」
キクコが幽霊であることは秘密な以上、ヘイザと一緒にでしか冒険者として活動することは出来ない。そしてキクコを仲間にすることは緋桜の頼みのため、彼女を見捨てるという選択肢は皆無だった。
「あとキクコちゃんだっけ? ヘイさんばっかで何も食べてないけど、お金ないなら水くらいは出すから座ったら?」
「え、それはその……」
「キクコは信仰してる宗教の教義で、人前で座ったり食べたり、隙を見せては駄目ってことになってるんでござるよ」
しどろもどろになるキクコに、ヘイザは顔色一つ変えずフォローを入れる。
「へぇ、西の島国にはへんな教義の宗教があるんだねえ」
「そ、そうなんですよ! 私の故国ってすっごい戦闘民族で!」
言うまでもなく嘘である。そんな宗教は存在しない。
しかし宗教上の理由と言えば、誰も深く突っ込もうとはしないので言い訳としては非常に便利だった。どんな信仰にも寛容な帝国万歳である。
「あのご主人。今依頼を終えて戻ったんですけど、そっちの着物の人は誰です?」
マスターと話していると、オーク退治の依頼を終えたジャックが戻ってきた。ジャックは自分の主人と親し気にしているキクコに怪訝な目を向けている。
「お、よく戻ったでござるジャック! この者は念願の魔法を使える新しい仲間でござる」
「よろしくお願いします! 新米冒険者のキクコです! ジャックさん!」
「あ、こいつはどうも。えーと、ご主人の奴隷のジャックです」
事情を知らないジャックが握手をしようと手を伸ばそうとしたので、ヘイザは強引にジャックの肩へ手を回して言う。
「さあジャック、成功報酬をよこすでござるよ。ほれほれ」
「はいはい、金貨四枚と銀貨五枚です」
「おお、これで0.25緋桜でござるな!」
「…………ところでよくスカウトできましたね、ご主人。あんな性格良さそうな女の子」
「ま、これも拙者の人徳ってやつでござるよ!」
「「人徳…………?」」
ジャックとバーのマスターが口を揃えて疑問符を浮かべる。
「わ、私はヘイさんは悪い人ではないと思いますよ!」
キクコはなんだかんだで自分のフォローをしてくれているヘイザを弁護する。ジャックは頭を掻きながら「そうだな」と、
「ご主人は短い付き合いでも分かるくらい駄目人間だけど、少なくとも下種ではないとは俺も思うよ」
「ふっ、照れるでござるよ」
「いや、あんまり褒めてないと思うよ? たぶん毒キノコじゃなくて、毒があるみたいに不味い食用キノコくらいのニュアンスのフォローじゃないかな?」
マスターが冷静にツッコミを入れた。
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