第11話 便利な幽霊
キクコとジャックの二人を伴ったヘイザは、満を持して高額報酬の依頼を受けるためジョンソンの所へ来た。
「ってわけで依頼をとりにきたでござるよ。美味しい仕事を紹介してくれでござる」
「前衛の奴隷拳士に侍、そして後方支援特化の白魔法の使い手。この三人……いえ奴隷は装備品なので二人ですが……これでパーティーを組むのですね?」
「うむ」
「パーティー名は決まっているのですか?」
そうジョンソンに指摘されて初めて、ヘイザはパーティーには名前が必要だった事を思い出した。
「キクコ、ジャック。なんかいい案あるでござるか?」
考えても適当な名前が浮かんでこなかったので、後ろにいる二人に話を振る。
「そうだな、ファウストぶん殴り隊とかどうだ?」
「お、お宝探検隊!」
すると見事に碌でもないアイディアしか出てこなかった。
普段他人に溜息をつかせてばかりのヘイザが、珍しく自分で溜息をつくと、
「パーティー名の命名は保留でござる」
「分かりました、取り敢えず”ヘイザ・アッシュブレードの徒党”の仮名で登録しておきます。で、皆さんが受けられる依頼ですが難度五級の依頼が皆さんが受けられる最も報酬が高い依頼ですね。内容は討伐依頼となっております」
「討伐って、俺がこの前倒してきたオークみたいな?」
「いや魔物に限らず、討伐対象にも色々あるでござるよ」
ヘイザがデイリー・ペース時代に受けた依頼の中だと、魔物と同じくらい盗賊の討伐が多かった。名のある盗賊の場合は大抵賞金首なので、成功報酬に加えて懸賞金も貰えるので一粒で二度美味しい仕事でもあった。懸賞金の額が高くなればなるほど難易度も上がるが、そこは実力だけならトップクラスのヘイザである。問題にはならない。
「本当は未知の場所を冒険したりとかがいいんですけど、悪い魔物を退治しに行くっていうのもわくわくしますね!」
「待てキクコ、待て待て。討伐するのが魔物とは決まっておらぬでござるよ。なにを討伐すりゃいいんでござる?」
「依頼内容は魔物化したダイオウイカの討伐となっています。漁船を中心にかなり被害が出ているそうなので早急に討伐して欲しいと」
「ダイオウイカときたか。こりゃ色んな意味で美味しい話ではなさそうでござるな」
魔物化したダイオウイカに懸賞金をかける馬鹿はいないし、魔物化して巨大化した生き物は漏れなく味と栄養価が最悪になるので食用にも適さない。
「で、でも海中の巨大イカなんてどうやって倒すんですか? 人間は海じゃ呼吸できない生き物なんですよ!」
「だからこの依頼は水属性か白属性の魔法が使える冒険者が所属しているパーティーに絞っているんです。水中行動を可能にする呪文、アクティオ・スブアクアティカを使えますからね。……使えますよね?」
「もちろんです! いつか海底探検もしたいと思ってましたから!お茶の子さいさいです!」
キクコが力強く頷いた。
「で、報酬は?」
「金貨十九枚+経費となっております」
「おお、緋桜の指名料が十八枚だから一枚の黒字でござるな! 経費持ちというのもグッドでござる!」
経費負担なしの依頼だと最悪赤字になる事もあるので、冒険者には敬遠されがちである。勿論経費の負担額にも限度額というものが定められており、それを超過した場合は自己負担になるのであるが。
「金の価値はそんな詳しく分からないけど、漁村の人が困ってるなら、できるだけ早く行かないとな」
「私たちパーティーの冒険の始まりですね!」
こうしてヘイザ達一行は、アダムズ市を出発した。
目的地のカーティス村はアダムズ市を北東へ進んだ海岸沿いにあった。海辺には漁船が何隻もあったが最近は使われていないようだった。例の魔物のせいだろう。
ヘイザ達が到着すると村長らしき老人が若者二人を伴って出迎える。
「どうかよろしくお願いします、冒険者様。うちの村は見ての通り漁で生計をたてておりまして、船が出せないと干上がってしまうのです」
縋る様に村長が言う。ヘイザはどんと力強く自分の胸を叩くと、
「任せておけでござるよ。では早速……キクコ!」
「は、はい!」
「お主に任せたでござる! 一人で海に入って色々偵察してきてくれでござるよ」
「ええ~! なんでですか!?」
いきなり無茶ぶりされたキクコが抗議の声をあげた。
「そ、そうだよご主人! 白魔法使いは補助特化で、攻撃魔法は一切修得できないんだぞ! そんなキクコちゃんを一人で海に潜らせるって、捨て駒にする気かよ!」
「ジャックさんの言う通りですよ! 私、自慢じゃないけど戦闘経験ゼロなんですからね!」
事情を知らないジャックはまだしも、何故かキクコまで一緒になって猛抗議している事にヘイザはポリポリと頭を掻きながら困った顔を浮かべる。そして村長には聞かれぬようヘイザはそっとキクコに耳打ちした。
「お主は幽霊でござろうが。魔物化したダイオウイカにどうこうされることもあるまい」
「あ、そういえばそうでしたね!」
言われて漸くキクコは自分が幽霊であることを思い出したらしかった。
「?」
納得したキクコとは別に頭にクエスチョンマークを浮かべているジャックには、面倒だが後で説明しなければならないだろう。
ぼんやりそんなことを考えながらヘイザは村長の案内で海辺へ向かった。
「幽霊って本当にいたんっすね」
これまでただの魔法使いの女の子と思っていた仲間が、実は幽霊であるとカミングアウトされたジャックは驚愕しながら言った。言葉だけなら信用できなかったかもしれないが、実際に自分の手がキクコの体をすり抜けるところを目の当たりにしては信じる他なかった。
「ああ、拙者も怪談話はいくらでも聞いたことはあるが、こうして実物を見るのは初めてでござる。と、それよりキクコ。偵察は任せるでござるよ」
「ええ、任せちゃってください!」
ぎゅっとガッツポーズしながらキクコが言うと、そのまま海へ飛び込んでいく。ざばーん、という飛び込み音はしなかった。壁をすり抜けたように、まったく海水の抵抗を受ける事なく海中へ潜っていく。
「わぁ!」
海中へ入ったキクコは感嘆の声を漏らす。
そこには太陽の光が降り注ぐ海を泳ぐ魚や、ゆらゆらと波打つ海藻など、地上とはまったく別の景色が広がっていた。
これまで友達の緋桜に匿われて、殆どアダムズ市から出る事はなく、キクコは幽霊になってから海へ潜るのは初めての経験だったので、こんな景色を見たことはまだなかった。
「あ、いけないいけない。いつまでも海中鑑賞してないで、ちゃんと冒険者として偵察をやらないと。そう、冒険者としてね!」
誰に聞かせるでもなく冒険者である事を強調しながら、キクコは更に深く潜っていく。
「光よ、満ちろ」
深く潜ると太陽の光が届かなくなるので、魔法を使って海中を照らす。
すると光に釣られたのか、海底より巨大ななにかが姿を現した。
「わ、わわわわわ……」
ぎょっとするキクコ。間違いない、その巨大な何かは魔物化したダイオウイカだった。普通の生物では有り得ない巨体で、全長は五メートル程もある。こんなものが海に潜んでいたら漁船なんて一溜まりもないだろう。
自分のテリトリーに侵入してきた未知の相手にダイオウイカは巨大な足でからみついて絞め殺そうとするが、幽霊のキクコにはそんなものは通用しない。伸ばされた足はすり抜けて、逆にキクコはその様子をまじまじと観察できた。
「ヘイさんに敵の戦力はできるだけ事細かに報告するようにって教わったし、目を皿にしてっと。白魔法は攻撃魔法はないけど、障壁の魔法をぶつけて挑発したりしてみましょ!」
幽霊であるキクコはメモを書く事は出来ないので、ダイオウイカの様子をじっくり観察して、頭の中に叩き込んでいった。
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