第12話 汝は糞親父、罪ありき
ヘイザは海中から帰還したキクコの報告を、腕を組みじっと聞いていた。表情は珍しく真剣そのものである。
そして報告を聞き終え暫し試案していたヘイザは、途端に表情を弛緩させた。
「その程度の強さならジャックにキクコがサポートにつけば、たぶん負けることはないでござろう。ってわけで拙者は海の幸を肴に、酒を飲んでるから後は任せたでござるよ」
そう言うとヘイザは軽く手を振って立ち去ろうとする。これに溜まらず驚愕したのはジャックだった。慌ててヘイザを呼び止める。
「ちょ、ちょっと待って下さいよ! ご主人は戦わないんですか!? 他にやることないのに!」
確かにジャックはオーク退治の依頼を、一切ヘイザの手を借りる事なく一人でこなしはした。だがそれはヘイザには魔法の使える仲間を探すという別の大事な仕事があったからである。けれど今はそうではない。
「だって拙者、働くのが嫌いでござるから。拙者が働かずにどうにかなる事なら働かないでござる。働かずに食う飯サイコーでござるよ!」
そう言うとヘイザはふらふらと何処かへ立ち去っていった。きっと酒場で酒でも買ってくるのだろう。
自分の主人の後姿を見送ったジャックは呆れたように呟く。
「ほ、ほんとに行っちまったよ」
「ま、まあそれだけジャックさんを信用してるってことですよ。たぶん」
「だといいんだがなぁ」
ジャックとキクコはヘイザについて愚痴りながら、海岸へ向かった。
「水中行動自在」
キクコに水中行動自在の魔法をかけて貰って、ジャックは必要ないと知識では分かっていたが、目を瞑りながら海へ飛び込んだ。
水飛沫をあげ海中へ沈むジャック。魔法の効果なのか、不思議と海水の冷たさは感じなかった。恐る恐る目を開き口を開けると、海の中なのに何故か呼吸ができた。
「……やっぱ魔法ってのは便利だな」
魔法の利便性を思い知らされたジャックは、父や兄弟達があれだけ増上慢になった理由が分かるような気がした。だからといって許すつもりはないが。
「ジャックさん、ダイオウイカはあっちですよ」
「ああ、分かった」
キクコの指差した方向に泳いでいくジャック。すると光源を見つけたからか、巨大ダイオウイカが海底よりぬっと姿を現す。赤黒い肌にうねうねと動く巨大な足は、オークなどの地上の魔物より遥かにグロテスクで冒涜的な姿だった。
ジャックは思わず逃げ出したくなったが、ここまできたら背を向けて逃げ出すより戦う方が生存の目が高い。覚悟を決めてジャックはダイオウイカに殴りかかった。
「銛でぶっ刺すイメージで、突くべし!」
水中行動自在の魔法を受けているからだろう。水の抵抗力を殆ど受けることなく放たれた拳はダイオウイカを思いっきり殴り飛ばした。そしてジャックはもう一撃加えようと腕を振り上げようとして、
「か、絡みつかれた。う、うわあ!」
ダイオウイカの巨大な足がジャックの胴体に巻き付いて、縛り上げようとする。
対魔法使いとの戦闘経験は豊富だが、対魔物戦の経験が薄く、しかも本来なら人が活動できない海中での戦いということもあってジャックはパニックに陥りつつあった。
「ああくそっ! あの糞オヤジに比べれば全然弱いはずなのに、なんでこうもっ! 離せ! 離せよ!」
実力では勝っているはずなのに、予想外の事態でパニックになってしまい、そのままやられる。新米冒険者にはよくある死亡パターンだった。もしジャックが一人だったら、ここでそのパターンの一例を増やしていたかもしれない。だが幸いジャックには仲間がいた。
「落ち着いてくださいジャックさん! ジャックさんが傷ついたら私が治癒します! 溺れないよう私が水中行動自在の魔法をかけ続けます! だから――――」
「キクコ、ちゃん……! ふっ、女の子にああ言われて、ビビってちゃ格好悪いよな……」
男のプライドで、ジャックはパニックから回復して冷静さを取り戻す。そして手刀をダイオウイカの足に叩き込んで拘束から脱出した。
改めて巨大ダイオウイカを見据えたジャックは、自らの心を奮い立たせるために名案(迷案)を思いつく。
「そうだ! イメージだ! あのイカをにっくきファウストだと思うんだ!」
「は?」
キクコの困惑を余所に、ジャックは妄想に埋没する。
あれはファウスト、あれはファウスト、あれはファウストとぶつぶつと呟きながら自己暗示をかけていった。
すると巨大ダイオウイカがジャックの目には憎き父親の姿に見えてくる。
「お前、俺のオヤジだろ? その細長ぇ顔つきとかそっくりだ。見せてやるよオヤジ。テメエが見下してきた無能のカスは、テメエを殴り殺せるくれぇ強くなったぞ」
「――――――」
完全な冤罪を擦り付けられ、巨大ダイオウイカも困惑しているようだった。
だがジャックはそんな事も気にせず、猛獣のように巨大ダイオウイカに飛び掛かる。
「ぶち殺してやる馬鹿オヤジ! 糞オヤジ! カスオヤジ! 死ね死ね死ねぇええええええええええええ!!」
自分の負傷も気にせず、ひたすら父(と思っている巨大ダイオウイカ)を殴り続けるジャック。復讐の愉悦にジャックの顔には笑みが広がる。
やがて巨大ダイオウイカがピクリとも動かなくなるが、ジャックはまだまだ足りぬとばかりに殴り続けた。
「どうしたァ! 悲鳴の一つでもあげろよ! 面白くねえだろうがぁああ!」
「ちょ、ストップストーップ! もう死んでますから!」
「はっ!?」
キクコが前に飛び出して、漸くジャックは我に返る。
見下ろすと巨大ダイオウイカの死体が浮かんでいた。
「今日は本当にありがとうございました、冒険者様! お陰でこれから安心して漁に出れます!」
討伐完了の証の巨大ダイオウイカの亡骸を見た村長は、涙すら滲ませてジャックに感謝を告げる。
生まれのせいで碌に褒められたことのないジャックにとって、こんな風にストレートに謝意を告げられるのは新鮮な気分だった。あったかいものが胸に広がる。
「いやぁ、一番頑張ったのは俺じゃなくてキクコちゃんですよ」
「何を言ってるんですか。ジャックさんもかっこよかったですよ」
最後はひきましたけど、とこっそりキクコが付け足す。
「それともう一人の冒険者である侍の方ですが……」
「おお、ジャック! キクコ! 戻ったか! 飯代を浮かせるために魚を釣ってたでござるよ!」
桶一杯に魚を入れたヘイザが、へらへらとやって来た。
「村長、塩があったら分けてくれでござる! やっぱ焼き魚は塩でござるよ!」
「……まあジャックさんとキクコさんの『二人には』迅速に対応してもらったので、お土産にお分けしますよ。『二人には』美味しい魚を召し上がって欲しいですしね」
村長がやたら『二人には』を強調しながら言う。ジャックやキクコには暖かい眼差しを向ける村長だったが、ヘイザに向ける目は冷たかった。しかしその程度の冷たさでは、デイリー・ベースの絶対零度の眼差しでもビクともしなかったヘイザの面の皮を貫く事は出来ない。
「ははははは。海の幸を食いつつ酒を飲み、のんびり魚釣りを楽しみ、更に金まで貰える! 良い仕事でござったなぁ!」
ヘイザは機嫌よく言うと、村長は呆れた様な顔をする。
ともあれ、こうして三人のパーティーの初めての冒険は終わった。
色々主人に言いたい事のあるジャックだが、それはそれとして新鮮な焼き魚は楽しみだった。
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