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第8話  二人目

 奴隷として購入したジャックを連れ帰るや否や、宿屋へ上がり込んだヘイザは、ペスカトーレに言った。


「ってわけで奴隷を買ったが持て余してるでござる! ペスカトーレ! 今なら定価で譲るでござるよ!」


「いらん。だいたい奴隷に定価なんてあるか! 幾ら使ったんだ?」


「俺の値段なら大金貨九枚です」


 ジャックが他人事のように答える。ジャックは余りにも酷い主人なら撲殺して身包みはがして逃げる算段でいたが、取り敢えず今のところ暴力を振るわれる気配はないので保留にしていた。


「病気もなにもない成人した男の奴隷にしては安いほうだな。体格が少しひょろいからか?」


「腕力はあるほうなんですけどねぇ」


 ジャックは拳をにぎにぎさせながら言った。

 細いのは満足いく食事を与えられてこなかったからである。ジャックには兄弟姉妹が一人ずついるが、四人が上流階級らしい優雅な食事をとっている間、ジャックが与えられていたのは犬の餌だった。比喩ではなく、本当に犬の餌だったのだ。これでは肉がつくはずがない。


「拙者は魔法がバリバリ使える奴隷が欲しかったんでござるよ! 労働力とかそういうのは求めてないでござる!」


「魔法が使える奴隷なんて、そんな高価なもんが大金貨九枚程度で買えるはずないだろう」


 ペスカトーレが冷静に指摘した。

 冒険者として活躍できるレベルの魔法が使える奴隷となると、安くても大金貨五十枚は必要だ。病気持ちで余命僅かだとか、よぼよぼの年寄りでもない限り大金貨九枚程度で買える筈がない。

 ぐぬぬ、と悔しそうにしながらも、買ってしまったものは仕方ないとヘイザはジャックへ向き直る。


「ではジャックよ! なんか特技はあるでござるか!?」


「言った通り魔法の才能はゼロだし、学もなにもねえですけど、家じゃ召使い扱いされてたんで家事はできますし、あと……拳有りのなんでもありの喧嘩なら、俺は兄弟の誰よりも強いですよ」


「ほう、あのバルザードの子供らより強いとは大きく出たでござるなぁ」


「大きくなんて出てねえですよ。事実っすから」


 ジャックの父、ファウスト・バルザードは歯に衣着せずに言うと魔法至上主義の糞野郎である。優れた魔法の使い手にはどんな身分や出自の者でも敬意を持って接する一方で、魔法の素養の低い者を劣等と見下し、魔法の素質がゼロの者に至っては人間以下の非人扱いする男だった。ジャック以外の彼の子供たちも父の悪癖を受け継ぎ、立派な糞野郎と糞アマに成長し、魔法の使えないジャックをサンドバッグ兼奴隷にしていた。

 ジャックがそう身の上話をしているとペスカトーレのみならず、不真面目が服を着て歩いているヘイザまでが同情の視線を向けてきた。


「で、いつか連中に目にもの見せてやろうと密かに体を鍛え続けてたんですよ。そんであいつらが魔法戦闘の訓練って建前でいつものように俺をリンチしようとした時に、逆にあいつら全員の顔面を拳で粉砕してやったんです。いやあ! ムカつく奴をぶん殴ることほど気持ち良いことってないっすね!」


「まあ否定はせんでござるよ。事実お主の話から聞いただけだというのに、バルザード一家の顔面が粉砕されたと聞いて胸がすく思いをしているでござるからな」


「でもそのせいで一文無しで追い出され……いつの間にか奴隷商人に身売りすることに……」


 がっくりとジャックは肩を下ろす。

 悪い者をぶん殴ればハッピーエンドが待っているというのが勧善懲悪のお約束だが、現実は物語のようにはいかなかったのだ。


「ファウスト・バルザードといえば俺でも知っているくらいの大魔術師だぞ。そりゃ大魔術師であって戦士じゃなかったのかもしれんが、それでも拳一つで倒すなんて尋常なことじゃない。それが本当だとしたら、相当だぞ。とても大金貨九枚程度で買えるような奴隷じゃない」


 ペスカトーレに言われ、ヘイザは最高の玩具を見つけた子供のように笑うと、


「ふむ。表へ出ろ、ジャック。拙者と一手立ち会ってみるでござる」


「えぇ!?」


 ジャックが主人から受けた最初の命令は、主人と戦う事だった。




 そしてヘイザとジャックは宿屋の庭で向き合っていた。唯一の観客であるペスカトーレは腕を組んだまま様子を見守っている。

 拳で戦うジャックは兎も角、ヘイザの方は万が一にも殺す訳にはいかないので、握っているのは真剣ではなく、模擬試合用の木剣だった。実はイングリッドとの決闘で彼女から渡されたのを借りパクしたものである。


「それじゃあご主人。ルールはどうすんです?」


「ルールか、それは……」


 瞬間だった。なんの脈絡もなくヘイザがどん、と強烈な踏み込みでジャックとの間合いを詰めた。

 驚愕で目を見開きながらもジャックは、振るわれた木剣の軌道を見て捉える。そうして反射的に木剣が正確に首の頸動脈――――急所に向かっていることを認識した途端、左のアッパーで木剣を殴りつけ、軌道を逸らした。


「こ、のッ!」


 そうしてお返しとばかりにジャックは右手を振るいヘイザの顔面を狙う。相手は一応自分のご主人であるなどという考えは、いきなり問答無用でやられかかった事で脳から吹き飛んでいた。だが、


「剣に意識が行き過ぎでござるよ」


「わっ!?」


 そんなのほほんとした声と反する、鋭い足払いでジャックはその場に転がされてしまった。

 ジャックは急いで立ち上がろうとするが、それよりもヘイザが木剣を鼻先に突きつける方が早かった。


「……参りました。ああくそっ、大魔法を自在に操る糞オヤジより遥かに強ぇ。やっぱ強さはフィジカルだな」


「確かに今のは拙者が勝ったが、剣の軌道を見切って防いだのは勿論、よくもまあ不意打ちに対応できたでござるな。本当なら不意打ちで瞬殺されて文句をぶーたれるお主に『実戦はルール無用、この程度の不意打ちでやられるようじゃ強力な魔獣や盗賊相手にあっさりやられるでござるよ~』と説教する気満々だったのに台無しでござる」


「まあ家にいた頃は、よく糞オヤジと兄弟姉妹から不意打ち喰らってましたから」


「……そ、そうか」


 ヘイザとペスカトーレのジャックを見る目が、また一段と優しいものになった。


「ペスカトーレ……この強さ、よもやジャックはかなりの掘り出し物ではないか?」


「あ、ああ。実力だけなら五級……いや四級以上……三級相当あるかもしれない。これが大金貨九枚ぽっちなんて破格もいいところだ! その五倍から十倍の価値はあるぞ!」


 ペスカトーレの言葉を聞いた瞬間、ヘイザの脳裏に雷鳴のような発想が轟いた。


「それだ!」


「ど、どうしたんですご主人?」


「クーリングオフが駄目なら転売でござるよ! ジャックを冒険者稼業で大活躍させて、ジャックの価値を三十倍くらいまで釣り上げてやれば、拙者はジャックを売って大儲けできるでござる!」


「まあ大金貨270枚の高級奴隷ともなれば、庶民以上に良い暮らしができるだろうし、ジャックにとっても悪い話じゃない、か?」


 言葉は悪いが高額な奴隷は、高級な絵画や宝物と同じである。よっぽど酷い浪費家でもない限り、健康維持などの管理は念入りにされるだろう。高級奴隷の愛人を妻以上に大事に扱ったせいで、妻に逃げられたなんて事件も実際にある。


「よしジャック! お主は野宿の予定でござったが、特別に拙者の物置を半分使うことを許すでござる!」


「ぐ、グレードが上がって物置の半分? せめて丸ごと使わせてくださいよ!」


 驚いたジャックはクレームをつけるが、ヘイザは何食わぬ顔で返答する。


「丸ごと使わせたら拙者はどこに住めというのでござるか!」


「え……? 嘘でしょう? 奴隷を買うような人が、物置に住んでるのか?」


「残念ながら本当だ」


 溜息をつきながらペスカトーレが応える。


「それに住む場所だけじゃないぞヘイザ。奴隷の主人になった以上、ジャックの食事や衣服もお前が責任をもつんだ。ジャックが病気や怪我したら医者に見せないといけないし、ジャックが問題を起こせば主人であるお前の責任にもなるんだからな?」


「え~~、そんなの面倒くさいでござるよ~~~~~」


「奴隷を買うっていうのはそういうことだ。言っておくが下手に扱ってジャックが病気やなにかで死んだり、酷い待遇に脱走したりしたら、損するのはお前だからな。奴隷が逃亡したら、連れ戻すのは自腹だぞ」


「……なんかこう、契約したら主人に絶対服従するようになる首輪とか、そういう便利アイテムはないんでござるか?」


「あるわけないだろう」


 ペスカトーレはばっさりと切って捨てる。

 しかしこれは困ったとヘイザは頭を抱えた。自分が住んでいる家の半分を譲り渡すという破格の好待遇を与えようというのに、ジャックはそれに不満なようで、ペスカトーレもそれに同感らしい。となるとジャックの為に新しくアパートを借りねばならない事になるのだが、奴隷のために主人がそんな労力を払っては主従逆転だ。

 そんなヘイザを見かねてペスカトーレが助け舟を出す。


「……じゃあこうしよう。丁度俺も男手が欲しかったことだし、冒険者としての仕事がない時は、ジャックを俺のところで働かせるというのはどうだ? そしたらジャックを空いてる部屋に住まわせてやるし、飯も出すし、衣服の世話くらいはしよう」


「おお! それはナイスアイディアでござるな! なにより拙者の懐が痛まぬのがよい! お主もそれで良いな、ジャック!」


「は、はぁ。分かりました」


 こうしてジャックはペスカトーレの宿屋で住み込みのアルバイトとして働く事になった。バルザード家で召使いのように扱き使われていたことで、ジャックは体力もあって家事も熟せる働き者で、ペスカトーレは良い従業員ができたと満足顔であった。


「にしても奴隷の俺が宿屋のベッドで寝てるってのに、なんでご主人は物置小屋で寝てるんだよ……」


 ジャックは宿屋のベッドで横になりながら、変わり者というにはハチャメチャ過ぎる主人を思い、そう呟いた。



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ヘイザの不意打ちを回避って、今考えると無茶苦茶な素養だな…
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