第63話 真面目に不真面目
「と、いうわけですアッシュブレードさん。フィリップス市長からの指名依頼です。どうかサー・クベーラと戦ってはもらえませんか?」
紅の足音全員に冒険者ギルドへ来てほしいという要請があり、やってきた全員を前にジョンソンは開口一番に言った。
市長直々に、しかも七雄サー・クベーラ率いる軍相手に、冒険者たちを纏め上げて応戦して欲しいという凄まじい依頼に対してヘイザは、
「いいだろう。金貨百億枚くれたらやってやるでござるよ」
酒を飲みながらふざけた返事をした。
「ヘイさん! あのジョンソンさんがヘイさんを頼るなんて、相当なんですから、ちゃんと真面目に話を聞いてあげましょうよ!」
「サー・クベーラってどっかで聞いたことあると思ったら七雄の一人か。なんで? 死んだんじゃねえのか?」
「ええ。ルチアーノ氏とリチャード氏以外の七雄は、嘗ての独立戦争で全員亡くなりましたよ。しかしクベーラ将軍は死体を確認されなかったため、生存説は前々から囁かれていました。本当に復活したのか、名を騙る別人かは未だ不明です。ただ確かな情報としてサー・クベーラの腹心だったロス中尉が副将としてついているとか」
サー・クベーラは常に南蛮胴と面頬で姿形を隠していた男だ。その正体はハルノ・クリアスカバードと七雄しか知らないという。ある意味、一番名前を騙りやすい七雄であるといえた。他の七雄だとそうはいかない。特に珍しい身体的特徴をもつジョッシュ(巨体)とロクサーヌ(巨乳)は猶更である。
「引き受けて頂ければ大金貨100枚、成功報酬で300枚。別に撃退しろだとか、討ち取れなどとは言いません。既にリチャード氏や各地の一級、二級の冒険者に依頼を出しています。彼らが駆け付けるまで耐えてくれるだけで結構です。いかがですか?」
目を瞑って塾考するヘイザ。
敵はサー・クベーラを騙る者とサー・クベーラの腹心だったロス中尉。率いている兵というのも恐らくはサー・クベーラが率いていた軍の生き残りを中核に、そのシンパで増強したものだろう。
そんな者たちを相手に戦ってくれと依頼され、不真面目な冒険者ヘイザ・アッシュブレードはどう答えるべきか。
考えるまでもないことだった。
「……すまんが割に合わん仕事を引き受けるつもりはない。帰ってくれでござる」
ヘイザの答えはNOだった。
「そうですか……分かりました……しょうがないですね」
ジョンソンはあっさりと引き下がる。
「では用件がそれだけなら拙者たちは行くぞ」
「ちょっと待ってくださいよ!」
「ご主人!」
キクコとジャックが呼び止めるも構わずヘイザは冒険者ギルドを出ていく。そして二人がヘイザに追いついてギルドから出てくると、ヘイザは言った。
「んじゃジャック、キクコ。準備をするでござるよ!」
「準備? 依頼は受けないんじゃ……」
「アホーーーーーーーー! ここは戦場になるんでござるよ!! 面倒ごとに巻き込まれる前にとっとと財産持って夜逃げするでござる!」
「財産……?」
ジャックがお前に持って逃げるような財産でもあるのかよ、という視線を向けてくる。
心外だった。ヘイザにも持って逃げるだけで事足りる程度の全財産くらいはある。
「えぇ~、夜逃げするのに僕の名前がないのはどうしてだい?」
「来たけりゃ来ればいいでござるよ」
「いや……僕はちょっとサー・クベーラとその率いてる連中が興味あるから、見物がてら斥候に行ってくるよ。それと――――他人から逃げることはできても自分からは逃げられないよ。だって人間の体は一つっきりで、生まれたその体で一生を過ごすしかないんだからさ」
「…………」
ヘイザは自分の体を見下ろす。そこにあったのは生まれてからずっと付き合い続けてきた自分の体。
ルサルカから逃げるようにヘイザはその場から立ち去った。
ルサルカから逃げたヘイザがやって来たのは緋桜の家だった。
断じて自分の財産ではないが、ヘイザがアダムズ市から一番連れていきたいものは誰かと言えばそれは緋桜だった。
「あらヘイさん。こんな夜更けにどうしたでありんすか?」
食器を洗っていた緋桜が振り返りながら言った。
「いやぁ参った参った。サー・クベーラが軍勢を率いて攻めてくるそうでござる! 拙者たちはこれから夜逃げをすることにしたでござるが、緋桜も一緒に逃げようでござるよ!」
「ヘイさんは、本当に逃げたいでありんすか?」
本心は決まっていた。
これからアダムズ市にやってくるのはサー・クベーラを騙る者と、サー・クベーラの腹心だったロス中尉。そして嘗てサー・クベーラに率いられた兵士たちである。このまま何もせずにいたら、どういう結末を迎えるかは容易く想像できる。
しかしヘイザ・アッシュブレードは不真面目な冒険者だ。
「あったり前でござるよ! サー・クベーラなんて化物と戦うなんて、命がいくつあっても足りぬでござる! マイライフイズベストでござるよ!」
そう笑顔で言った瞬間、パシッと音が鳴った。
頬がひりひりと痛む。ヘイザは自分が緋桜に引っ叩かれたのだと少し遅れて理解した。
「痛いではござらんか」
「一緒に逃げろと言うなら、もっと心から笑ってきなんし! そんな鬱々としたものを抱えながら言われても迷惑でありんす!」
「拙者は真面目な人間ではないでござる」
「真面目だの不真面目だの言葉遊びに囚われてはいけんせん。ヘイさんのやりたいように、思うようにやりなんし」
「…………っ」
緋桜に言われて、ヘイザは自覚する。自分は不真面目であることに真面目に過ぎていたかもしれないと。本当に不真面目にやるなら、自分の信条をその場で都合よく曲げるくらいで丁度いいかもしれない。
そう思ったらヘイザの心の重荷が軽くなったような気がした。
「…………末路が見えるのだ。それを防ぎたいと思う」
「なら、そうすればいいでありんす。抱きたい女を抱いて、救いたい相手を好きに救いなんし。不真面目に、ルールも気にせず、自由に」
「分かった。ではそうしよう」
ヘイザは緋桜の家を出て行った。向かう場所は市庁舎である。フィリップス市長に会わなければならない。
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