第64話 日頃の行い
市庁舎は紛糾していた。
その理由はヘイザに断られた後、リーダーにと声をかけた『エターナル・レスト』のリーダーのベネディクトにも断られてしまったからである。
「いやいやいや! 俺はクエストで三十人くらいのリーダーはしたことあるけど、千人を超える冒険者と自警団の連合軍の総指揮なんて無理だって! リーダーは他の経験豊富な奴にしてくれよ!」
これがベネディクトの返事だった。
しかし他の経験豊富な奴と言われても、アダムズ市の冒険者にベネディクト以上にリーダー適性の高い冒険者など他に誰もいなかった。
「どうしよう……報酬を弾むことである程度の冒険者は動員できても、肝心のそれを纏める人間がいない」
「いっそ市長が指揮をとられては?」
ノーマンがダメ元で提案すると直ぐにフィリップス市長は却下した。
「剣すらろくに握ったことのない僕に、荒くれ者の冒険者の指揮をとれですって? 無茶を言わないでください! できるはずないでしょう!」
冒険者は金で動く存在だ。大金を払えば市長をリーダーとした冒険者の軍団を組織することはできるだろう。しかしそれで集まった冒険者たちを自由に動かせるかと言われればNOだ。冒険者たちは戦いの経験ゼロの市長を見下し、その指示に素直に従おうとはしないだろう。
そして市長自身、自分に隠れた将軍の才能が眠っていて、実戦になれば的確な指示を出して大活躍できるなどと自惚れてはいなかった。素人の自分が指揮をとれば、的外れな指示を連発するであろうとちゃんと自己分析ができていた。
しかしこうしている間にもサー・クベーラ率いる軍勢は刻一刻と迫っている。ベストどころかベターですらない人選でも、纏め役を強引にでも選定しなければならない。
そんな時だった。市庁舎の会議室の扉が開き、一人の男が入ってくる。
「市長、ジョンソン! 前の依頼だが、やっぱり受けることにしたでござる!」
それはヘイザ・アッシュブレードだった。
「ほ、本当ですか! アッシュブレードさん!」
「そのかわりこの戦いに関することについては拙者に任せてくれるのでござろうな?」
「え、ええ。それはもちろん」
ヘイザの問いに市長は藁をもつかむ勢いで頷いた。
「ならまず冒険者たちに出した依頼内容を書き換えるでござる。サー・クベーラを名乗る反乱勢力から街を守る、ではいかん。『サー・クベーラの名を騙る盗賊から街を守れ』とな。ああ。その前にこうも発表するといい。『斥候を送った結果、サー・クベーラの正体はただの賊徒でロス中尉も偽物であることが分かった』とな」
「ま、待ってください! それは本当なのですか?」
「いいや、出任せでござる。だが戦に臨むにはまず数を集めねばならん。そのためには傍観者気取りの冒険者や、知らぬ存ぜぬを決め込んでいる市民どもの尻をひっぱたいて数を集めねば」
「ま、待ってくださいよ! それでサー・クベーラが偽物じゃなくて本物で貴方が負けるようなことがあれば、必要以上に恨みを買ってしまうじゃないですか!?」
「なあなあで命を長らえたいなら、今すぐにでも降伏するか逃げるかすればいい。だが命も地位も財産もすべて失いたくないのなら、抗戦する他ない。ただの抗戦ではないぞ、徹底抗戦だ。徹底しなければ意味がない」
「……っ!」
ヘイザの目がやるからには半端じゃ済ませないと告げていた。
フィリップス市長は前線で戦った経験など何一つない。しかし決して帝国本土の生まれながらの貴族のように、世襲で権力の椅子を得たわけではない。自分の力で市長の椅子を手に入れたという自負があった。そして自分の力で手に入れたものだからこそ、絶対に奪われてなるものかという思いもある。
「ご決断を、市長」
ノーマンの言葉に、フィリップス市長は重々しく頷いた。
「分かりました、言う通りにしましょう。責任は僕がとります、好きにやってください」
「あい分かった。そなたの決断を英断にしてやろう」
ヘイザはこくりと頷くとノーマンと共に戦の準備のため会議室を出ていく。
周囲から不良冒険者の代名詞のように言われる背中が、市長には歴戦の名将のように頼もしく思えた。
アダムズ市から数km離れた丘で、ヘイザは手ごろな岩に腰掛けその時を待っていた。すると馬に乗ったノーマンがやってくる。
ノーマンには冒険者ギルドでジョンソンと一緒に冒険者で構成された義勇兵の募集をして貰っていた。
「で、どれくらいの数が集まった?」
市長も金は惜しまなかっただろうから最低でも五百、多ければ二千は集まっているだろう。そう思いながらヘイザが尋ねると、ノーマンはバツの悪い表情を浮かべると、なにやらヤケクソ気味に叫んだ。
「てんこぉおおおおおおおおおおおおおおおお!」
「いーち!」
ルサルカが手をあげた。
「にー!」
ジャックが手をあげた。
「さーん!」
キクコが手をあげた。
「よーん!」
ノーマン自身が手をあげた。続いてノーマンの部下である自警団の男たちが次々に点呼に応じていく。そして、
「さんじゅう!」
「以上、三十名全員だ」
「………………は?」
呆気にとられ周囲を見渡すと本当に三十人しかいなかった。紅の足音のメンバー以外は全員ノーマンの子飼いの部下たちで、他の冒険者の姿は一人もいない。
「ど、どういうことでござる!? あ、自警団と拙者のパーティーメンバーだけ先に合流したってだけで、冒険者の一団は後でくるのでござろう?」
「いや、残念ながら総勢でこの三十人、君を含めても三十一人で全部だよ」
「なにゆえ!?」
「その、言いにくいことなのだがな。防衛の司令官がヘイザ・アッシュブレードだと聞くと、冒険者全員が真面目に受け取ってくれなくてね」
「くそっ! 普段の素行があまりにもあかんかった!」
ノーマンの説明にヘイザが膝をついて大地をどんと殴る。八つ当たりの代償に手が傷んだ。
日頃の行いが悪いといざという時に誰も信用してくれない。おとぎ話の寓話にできそうな自業自得の話だった。
「言ってる場合っすかご主人! これでどうすんですか!?」
「むむむ……」
ヘイザはその場で腕を組んで考え直す。
最低でも五百は集まる計算で、その前提でサー・クベーラを騙る者達をどうにかする算段であったので、全て考え直しであった。
「ところでノーマン団長はどうして来てくれたんですか?」
「自警団団長としての責務があるし、彼は信頼に値する人間だと個人的に知っているからね」
キクコの問いにノーマンがさらりと答える。
もしもノーマンがここに来ていなければ彼の子飼いの自警団も誰一人として来ずに、紅の足音の合計四人で立ち向かう羽目になりかねなかったため、彼の参加はありがたい話である。
「それにしても三十人……三十、か」
情報によればサー・クベーラの名を騙る者たちは数千人規模らしい。相手が数千となると四人も三十人も真っ当に戦えば誤差のようなものだ。
つまり真っ当に戦うという選択肢は、最初から消えるということである。
「こうなれば三十という少人数を活かす策をとる他あるまい」
「というと?」
「街からサー・クベーラの噂を聞いて、駆けつけた信奉者の数として、三十というのは実に自然な数であるとは思わんか?」
ヘイザは悪い顔でそう言った。




